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【連載】価値観を変えた生のマッシュルーム/onodela「アナーキーアイドル」#5 アイドルを辞めてシアトルへ逃亡した話

2024.12.18 19:00
まだ見慣れぬ土地に困惑する、シアトルに着いたばかりのわたし

2019年7月に、ステージ上でいじめを告発した動画がバズり、アイドルを引退した「小野寺ポプコ」。その後、早稲田大学を卒業、カリフォルニア大学バークレー校へ留学し、卒業生代表としてスピーチをしたことも話題だ。そして、現在はonodelaとして活動している。物議を醸したあの日から一体どんな未来に繋がっていったのか、自身の言葉で書き綴るエッセイ「アナーキーアイドル」。連載第5回は、「シアトルへの逃亡」についてお届けします。

#5 アイドルを辞めてシアトルへ逃亡した話

2019年7月末にアイドルを脱退してからDJデビューを果たし、翌8月中にはDJセットを背負って新宿、渋谷、秋葉原と東京各地を飛び回っていた。結論から言うと、芸能活動での実りはなかったが、楽しく過ごした一夏だった。

そんな中、8月にほぼ初めての恋人ができた。以前、サークルの新歓で出会った同級生だった。たまにLINEが届く程度の関係で、深く交わることはなかった。所属していたアイドル事務所には恋愛禁止のルールはなかったものの、自分の中では「恋人がいない」というステータスが一種のお守りのような感じだった。

夏休みが始まり、向こうから「遊ぼう」とお誘いが来た。当時、わたしがアイドルだったことを知らなかったようだ。ただ、ちょうどアイドルを退いたばかりで、タイミングが絶妙だった。そして、デートで意気投合し、付き合うことになった。

夏の終わりに、このまま日本で芸能活動をするか、それとも留学に踏み切るべきか選択を迫られることとなった。DJとしてはまだ道半ばで、急激な飛躍を望む段階にはないことは分かっているが……。

ある日、集客が思うように伸びない現場で、ふと「このまま一生ブレイクを果たせないのではないか」恐怖に襲われた。ステージに乱入して脱退したことが話題になったものの、わたしはただの一発屋に過ぎないのではないかと、誰よりも自分自身を疑ってしまった。学生時代からビジネスを学び、順調にキャリアを積んで……と、アイドル活動を始めるまでは両親が敷いてくれたレールの上をただ歩むだけよかったから、何の心配もなかった。安泰な道を周囲の仲間たちと同じように生きればいいだけなのだから。だけど、学業以外の才能で誰かに見つけてもらいたかったから、芸能活動を頑張ってみたのだった。

カリスマ性を観測したくて芸能活動を始めたものの、もしかしたら目の前にいるファンを落とす魅力がわたしにはないのではないかと、不安が心を掻き乱した。その瞬間、元の道に戻りたいという衝動に駆られた。

次の日、インターンをしていた会社や友人、そして恋人に留学へ行くと伝えた。そして、最後の思い出作りとして、恋人と二人で広島旅行に行った。海を眺めながらご当地の牡蠣を堪能し、夜には広島タワーで成人したばかりの私たちゆえの特別なカクテルを手に、少し照れながら乾杯した。帰りの新幹線で、こんなに楽しい時間を共にできる相手と離れても暮らしていけるだろうかと不安が込み上げ、こらえきれずに静かに涙が零れたら、相手も同じように一筋の涙が頬を伝っていた。

留学の初日に起きたトラブル

留学する前日までライブに出演し、迎えた2019年9月17日。成田空港で恋人とお別れをし、シアトル行きの飛行機に乗り込んだ。短い交際期間から遠距離恋愛が始まったのに、なぜか強く「また会える」と思っていた。これほどまでに相手を信じ、疑念を抱くことなく心を託せてしまったのは、人生のなかで最初で最後の経験かもしれない。

こんな純粋な気持ちだけど、それがかえって寂しさを呼び起こしてしまう。だから、東京で溜めたストレスと共に、アメリカで新しい刺激に浸ってすべてを忘れたいと願った。まるで意地悪な神様がその願いを叶えてくれたかのように、シアトル空港に到着してわずか10分で早速トラブルに見舞われた。

「I-20」という、留学生であることを証明する重要な書類を持っていなかったから、入国審査で見事に引っ掛かってしまった。入国に必要不可欠な書類で、留学生ならみんなカバンにしっかりしまっているはずだけど、その重要性を理解せずに、受け取ってすぐに捨ててしまっていたのだ。

こうして噂の「別室送り」になり、審査官が学校と連絡を取り、わたしの身元を確認することになった。別室はかなり混んでおり、なんと5時間も拘束されることになった。スマホの使用は禁止され、流れているニュース番組をぼんやりと眺めるしかなかった。途中、大勢の審査官グループが部屋に入ってきて、瞬時に皆の視線を集めた。どうやら新しい審査官の講習が行われていたらしく、ベテランの警察官が新人に向かって「ほら、ここにいる奴ら全員、子犬のような目でこっちを見てるだろう?みんな早く出たがってるんだよ」と言い放った。きっとわたしも子犬のような目をしていたのかもしれない。

そしてようやく学校との確認が取れ、無事に釈放されたのだった。

アメリカ生活を彩った“勘のいい人”

到着した翌日、早速オリエンテーションが始まった。同じ早稲田大学から来ている学生が数十人程度いた(大人数だった!)。その中で、「昨日ずっと来なかった人?」とわたしが巻き込まれたトラブルを察した「勘のいい人」がいた。実は、一緒に来た早大生たちが合同で予約した送迎車に、わたしだけ乗れなかったのだ。入国審査に引っかかり、予定より遅れてしまったせいで、置いていかれることに。噂はすぐに広まり、「送迎車に乗り遅れた人」として周りに認知されてしまった。

そんなハプニングもありながら、ついにアメリカ生活がスタートした。初めてのアメリカ生活に「カルチャーショックは大丈夫だった?」とよく聞かれるが、この新しい環境もまるでワンダーランドのように楽しんでいた。多少変わったこともすんなりと受け入れていた。

人生初の寮生活が始まっても、一日二食は基本的にお米がメインの手作りごはんだった。どこにいても変わらない食生活を送るだろうと思っていたけど、大学のカフェテリアで出される生のマッシュルームでその考えが少し変わった。初めて食べた瞬間、雨が上がったばかりの森を裸足で歩くような、湿り気のある香りと独特の食感が口の中に広がった。多くの留学生たちはその独特な風味のせいで口にしないようだが、私は一気にこの奇妙な味の虜になってしまった。当時、異なる文化に触れるたびに、「生マッシュルーム」を口に入れたときのように、「とりあえず騙されたと思って何でも試してみよう」という気持ちで挑戦していた。最初は変だと感じた文化の一部にも、案外、気づけばすっかり魅了されてしまうことが多かった。

真新しい文化の数々にも、生マッシュルームをサクサクと頬張るように楽しんでいたら、あっという間に2ヶ月が過ぎ、初めてのアメリカでのホリデーシーズン、サンクスギビングが目前まで迫ってきた。

ホリデーをどうやって過ごそうかと頭の中で思い描いていたら、たまたま授業で隣の席に例の「勘のいい人」が座った。まだ一緒に遊んだこともない間柄だったが、2人1組のグループワークをさっさと終えた後、「もうすぐやってくるサンクスギビング、暇だよね」と何気ない雑談をした。そしたら、その場で「そうだ、サンフランシスコに行こう」とトントン拍子で話が進み、思いがけない旅が決まった。

実は、彼とは何となく同じ匂いを感じ取っていた。後にわかったけど、明確にやりたいことがわかっていなくて、日常的に「つまらない」と嘆く、いわゆる「自分探し」をしているタイプの人間だった。私と同じだ。だからこそ、旅の話もこんなに早くまとまったのだろう。

そして、サンフランシスコへ。初めて訪れたサンフランシスコは、街全体が黄色の光と曖昧な影に包まれており、その煌めきは目を奪うほど鮮やかだった。照明が織りなすユニオンスクエアの景色はまるで夢の中にいるかのようで、忙しなく行き交う人々や車の動きと相まって、活気に満ちた魅力的な雰囲気を醸し出していた。

愛と第二の反抗期と

この旅をきっかけに、「勘のいい人」とはすっかり気の合う友人となり、頻繁にシアトルの未知なる場所へ一緒に冒険するようになった。新しい場所に足を踏み入れるたびにワクワクし、ときめく高揚感を共有する中で、吊り橋効果も相まったのかもしれない。ある晩、深夜のPier 66(シアトルにあるターミナルクルーズ)を共に彷徨っていたら、不意に二人の関係性について意識がよぎり、心臓が一瞬止まりそうだった。

こんな出来事を恋人に報告すべきか、ギリギリのラインで心が揺れていた。しかし結局、勘のいい人とは友達から一線を超えることなく留まった。そして、当時の恋人とも、コロナ禍を経て帰国する直前に二度と会うことなく別れた。理由としては少し奇妙かもしれないが、当時の私は、そもそも「恋人が必要な人間ではなかった」んだと思う。

私はずっと自己中心的というか、ある意味で強い自己愛を抱いていた。今振り返ってみれば、当時は恋人への気持ちは真剣で純粋だったけれど、どこか冷めた気持ちでいた。なぜなら、その頃の私は孤独を感じていなかったし、何より自分自身を欠点も含めて受け入れ、愛していたからだ。1人でいても満たされていたから、誰かに癒してもらう必要もなく、「完全体の人間」だったのだ。

そのため、恋人への気持ちは、あくまで「日常の一部を切り取ってシェアしたい」といった軽い感覚で始まっていた。だから、シェアする相手がいなくなっても、自分の本質には何も変化がなかった。その後の人生に絶望し、自分のことをどうしようもなく憎み、他者の愛にすがらずには生きられないような孤独を味わうことで初めて生まれる盲目的な愛と全く別物だった。

時が経ち、コロナ禍で対面授業がなくなり、人々がお互いに会うことさえためらうような時期も、この街で過ごしていた。帰国前の夏、シアトルで「CHOP」と呼ばれる地域を訪れた。これはブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動の一環として、シアトル警察署が一時的に撤退した後、市民たちが占拠して自治的な運営を試みた場所だった。抗議者たちは、警察の介入を受けずに自由で平和なコミュニティを築こうとしており、その場には彼らの理想が具現化されたような独特の空気が流れていた。

食べ物は無料で配給され、通りの壁には数多くのストリートアートが描かれ、燃えた草の匂いがあたりに漂っている。チルでファンキー、そしてヒッピーな雰囲気に包まれ、心の奥深くでそのリベラリズムに惹かれている自分を感じた。

自分にとって西海岸は、日常と非日常が交差する空間で、どこか幻想的でありながらも確かな温もりが漂い、胸が高鳴るものだ。今思えば、留学の醍醐味とは、まさにこうした非現実の楽園に解き放たれることなのかもしれない。日常から一気に遠ざかり、まるで違う世界に迷い込むような感覚。それは一種の「逃避」でありながらも、ただの逃避以上の何かがあった。

一つの価値観に縛られた環境で育っていると、無意識のうちに偏見が染み込んでしまうもの。しかし、異文化に飛び込むことで、自分を見つめ直し、客観視する力が養われると実感した。

シアトルのカルチャーは、常に自己批判を求められてきた私に初めて、「自分を許し、自由に表現する余地」を与えてくれたと思う。まるで第二の反抗期を迎えたかのように、抑え込んでいた思いを解放し、嫌がっていたものや、縛られていると感じていたものを手放す勇気を与えられた。同時に、自分の中に秘めていたものを見つける楽しさに夢中になっていった。

この一年で人間としてたくさん成長できたのは、この街にいたからなのか、あるいは単に年齢を重ねたからなのか。それとも、両方の相乗効果だろうか。いずれにしても、あの時シアトルにいなければ、いま大人になっても自由奔放で、自分の手に入れたいもののために全力投球する自分は存在しなかったかもしれない。

当時の日記には、こんなふうに綴られていた。

ーーシアトルの仲間とパーティーを楽しんでいると、ふわっとした目眩と心地よい浮遊感に包まれ、まるで幻の中にいるような感覚が広がる。まだ愛と希望を強く体験したことないけど、期待で胸がいっぱいになる。

シアトルで初めて免許を取り、広大な土地を自由に運転する感覚には、想像以上の解放感と安心感があった。風を切って走るとき、自分が広い世界に溶け込み、ひとつの広がりとなっているような気がする。

人間関係も少しずつ対処できるようになってきた。まだぎこちない部分もあるけれど、以前よりは少しは慣れてきたかな。異なる縁の形を模索し、欲望や苛立ちに向き合いながら、少しずつ成長している自分がいる。

オーガニック野菜を食べる、運動を欠かさずにする、自己管理に努める。大人になろうと必死に努力する日々だが、やはりティーンの幼かった時代が恋しい。複雑で重い感情かもしれないけど、こうした葛藤を抱えながら生きることこそが20歳なのかな。今ここにいる貴重な瞬間も含めて、人生の一コマ一コマに心から感謝したい。

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