銀座フレンチ『エスキス』の至高の一皿について【特別インタビュー】

銀座フレンチ『エスキス』の至高の一皿について【特別インタビュー】

2019.03.25 10:42

2019年2月2日、『エスキス』がリニューアル!

日本のフランス料理界にとって欠かせない存在となった、銀座『ESqUISSE(エスキス)』。『ミシュランガイド東京・横浜・湘南 2013~ミシュランガイド東京 2019』で二つ星の評価を受け続けているフランス料理店『エスキス』が、リニューアルのため約1カ月間休業し、2019年2月2日に再オープンした。

確固たる地位を築いた店は、7年目にしてどのような変化を遂げたのだろうか。

エレベーターのドアが開いた瞬間から広がる世界観に高揚する。

以前はナチュラルで温かみを基調にしていた内装が、エレガンスでシックな印象へと変化した。この空間を手掛けたのは、ウォールアートを高い技術で評価され国内外で広く活躍する左官職人の久住有生(くすみなおき)氏だ。塗りと削りを繰り返し何層にもなった壁に、照らされてできる光と影によって表情を作り、これから始まる美食の時間を期待させる。ランチでは自然の光の煌めきを感じ、ディナーではライティングディレクター武石正宣氏による照明が時間とともに変化。夜は昼間とは違う落ち着いた雰囲気を演出する。

丸みのあるテーブルと椅子はやわらかさと洗練された美しさが備わり、心地よさを約束する。落ち着いた床の色は、地面から上に昇る生命のエネルギーのような大地の力強さを感じさせる効果を生み、不思議と長居したくなるのである。

そしてリニューアルの最も大きなニュースは、シェフパティシエの交代である。

リオネル・ベカ エグゼクティブシェフ(写真上・右)が当時シェフを務めていた東京・新宿の『キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ』で研鑽を積み、その後、フランスの『Troisgros(トロワグロ)本店』でシェフパティシエを務めた経験を持つ後藤裕一さん(同左)が就任したのだ。『トロワグロ』で長年同じものをみて感じ、学んできた後藤さんはリオネル シェフの世界観を理解し、その感性あふれるコースを締めくくるデザートを作る。

後藤さんが作り上げるデザートについては、後ほどゆっくりご紹介したい。

エグゼクティブシェフ、リオネル・ベカ 氏の卓越した皿はこうして作られる

『エスキス』の意味は素描(そびょう)。この「烏賊 山菜 塩たらこのナージュ」(写真上)はまさにそれを表現している。イカ墨のソースは獲られそうになったイカが逃げながら墨を吐いた最後の生命の証をイメージした。言葉を持たない食材の声を皿の上で料理というフィルターを通して伝えることが自身の役割でもあると話すリオネル シェフ。この皿には「命をいただくこととは」というメッセージが込められている。

口へ運ぶと、リモンチェッロで香りづけしたイカ、山菜のコゴミ、タラの芽、野菜のsuc(シュク・凝縮したうまみ)、アニスシード、ブロッコリーのピューレ、タラコのだし……、次から次へと食材の食感や味わいが湧きでてくる。食べながらもワクワクが止まらない。彼ら(食材)の生きた証は、リオネル シェフの手によって食べ手の記憶に残るのである。

『エスキス』のシェフともなれば皿の上に“最高においしい作品”を描かなければならない。日々の鍛錬で技術を体に刻み込み、それを自由自在に操り一つひとつの作品を生みだし続けている。1日に盛り付ける皿はランチ、ディナーそれぞれ最大300皿。かなりの体力と集中力が必要だ。盛り付けはすべて頭の中に入っていて、何がどこにあるか、どの要素をどのように盛るかを瞬時に判断しなければ間に合わない。体も頭も同時に動いており一種のトランス状態だと言う。

自分の手を離れた瞬間からその皿はお客さまのもの。だから、どこから食べてもおいしいと言われるように盛り付けは綿密に計算し尽くしているそうだ。

リオネル シェフの皿にはたくさんの要素が詰まっていて、それらが記憶にある何かを呼び起こす。小さい頃行った海、家族との時間、聴いたことがある音楽、飼っていた猫、感動したあの味……、あぁ、素晴らしい。これが数多の賞賛を受け続けているシェフの料理なのだ。
この感覚は筆舌に尽くしがたい。自ら体験し、脳裏によぎる光景を大切な人と語り合っていただきたい。

至高の料理のプロセスを特別に公開

リオネル シェフは料理の工程を語ることはしない。なぜならどう感じるかは食べる人の自由であると考えるからだ。イメージする味に導くためにロジックを駆使しているが、それは単なる道具にすぎない。だからひとつの料理ができるまでの工程を料理人が語ることは無意味だと言う。

しかし今回特別に、この「鰆 姫レモン オリーブと帆立醤のソース」(写真上)のサワラについて、プロセスを伺うことができた。

うっすらとピンク色が残るこのサワラに費やした時間と工程は想像を超えた。まず頭を落として捌いたサワラに昆布塩水をつけ水分を抜くのに数時間、表面を洗い砂糖を振り余分な水分を抜き、冷蔵庫で乾燥させるのに24時間、フロマージュブランなどの下味をつけて一晩寝かせ、低温調理で1~1時間半、これが仕上げの火を入れるまでの事前準備だ。

リオネル シェフはこの工程をキュイソン(火入れ)と同じだと捉えており、実際に火を使うのは皮目を焼くくらいなのだそう。それにしても限りなくシンプルな見た目とは裏腹にここまで多くの、しかも正確な工程があったことに声も出ない。お客さまが“自分の料理を食べる”ということに料理人としての責任を持っているため、何ひとつ手を抜くことはできないと話す。

最強チームの誕生とともに『エスキス』の第二章が始まった

最後に後藤シェフパティシエのデザートを紹介する。

こちらは2種出されるうちの最初のデザートで「苺 グリーンピース カモミールとシェーブルチーズのアイス」(写真上)。

冷蔵庫の中で脱水して味を凝縮させたものやシェリービネガーでマリネしたもの、シート状にしてパリパリに仕上げたものにジュースから作ったソースなど、様々な仕立てを施されたイチゴの中からグリーンピースのムースとメレンゲで作った軽い食感のパンケーキが覗く。豆とベリーは後藤シェフがフランスの『トロワグロ』でも出していた組み合わせなのだそう。デザートにグリーンピースがどうにも結びつかなかったが、食べてみるとパンケーキもムースも甘さはかなり控えめ。デザートにはない食感の組み合わせは、むしろ“料理”と言っても良いほどである。

「“春らしさ”を考えた時にヨーロッパの草原のイメージが沸いたんです。そしてリオネル シェフと話す中でミルクの要素を入れようということになり、彼が子供の頃に飲んでいたような“野”を感じる昔ながらの牛乳の話になりました。そこで、そのアイデアを具体化するためにフレッシュな山羊のミルクを使い、さらにカモミールの香りを加えてアイスにしました」と話す。アイスとしては斬新だがシェーブルチーズがほのかに香る爽やかな甘みは感動的な味わい。

リオネル シェフの料理に寄り添いながらも主役に匹敵する皿を作り上げる後藤さん。最強のコンビネーションの誕生だ。

リオネル シェフは今でこそ日本の食材を多く取り入れているが、実は長い間封印していた。「日本人がどうやってその食材を食べていて、どう食べたいと願っているか」「和食で活かされている日本の食材をフランス料理でおいしいと思ってもらえるか」、それをシェフ自身が体験し昇華することができるまで使わなかった。例えば和食を超えたとまで評される鮎料理を提供したのは、来日してから7年経ってからだ。

リオネル シェフはフランス人としてのアイデンティティーを持ちながらも日々食べているのは日本の食材。外食するときも和食を選ぶ。直感を大切にするが、論理的でもある。閃いたものが正しいかどうかを自問自答し、これだと思える道ができるまで極め続けるのだ。これだけ名声と栄誉を手にしても決して驕ることなく食材に対して真摯に向き合っている。

リオネル シェフの料理の原点はフランス南東部・地中海に吹く風「ミストラル」。その香りはハーブや柑橘などに形を変え皿の中に漂う。源は変わらないが、この新しい空間にいることで味もテーマも盛り付けも、以前にも増して研ぎ澄まされピュアになったと語る。
レストランは「美しさ」「歓び」、そして良い意味での「驚き」を与えるところでありたいと言う。

2019年2月2日、『エスキス』の第二章が始まった。

撮影:八木竜馬

【メニュー】
シェフの創作によるコース料理Menu spontané(ムニュ・スポンタネ)のみ
LUNCH 11,000円、15,200円、19,200円
DINNER 22,000円、27,000円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込(別途サービス料12%)です。

ESqUISSE

東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座9F
03-5537-5580(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
月~日
ランチ 12:00~13:00
(L.O.13:00)
ディナー 18:00~19:30
(L.O.19:30)
不定休日あり
https://r.gnavi.co.jp/229p8n6h0000/

この記事の筆者:高橋綾子(フードパブリシスト)

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