“こんなふうにつながるのか!”という驚きも…「ライオン・キング:ムファサ」“ヴィラン”となるタカの心情を丁寧に描いた物語に感銘
「ライオン・キング」の主人公・シンバの父・ムファサと、かつては“タカ”と呼ばれたその弟の“ヴィラン”スカーという、“宿敵”として知られる彼らの知られざる真実を描いた“はじまりの物語”であるディズニー最新作となる超実写版「ライオン・キング:ムファサ」が、12月20日(金)に公開。公開に先駆け、音楽をはじめ幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が試写会で同作を視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、ネタバレを含みます)
豊富なエピソードのてんこ盛り
1994年にアニメーション映画「ライオン・キング」(ディズニープラスで見放題独占配信中)が公開されてから、早くも30周年。広く知られた「ライオン・キング」の物語の“前日譚”が、同アニバーサリーイヤーのラストを飾る。最新作のタイトルは「ライオン・キング:ムファサ」。“ムファサ”とはマナゾト語(アフリカの言語の一つ)で「王」を意味するようだが、「ライオン・キング」シリーズ以外でマナゾト語に接したことはない。クリスチャン・ヴァンデのコバイア語(創作言語)のようなものか、違うか。
さて、内容はというと「前作に至るまでの豊富なエピソードのてんこ盛り」といった感じ。のめりこんで見ていくほど「あの箇所がこんなふうに『ライオン・キング』に流れていくのか!」など、点と点がつながって一本の太い線になっていくような快感をもたらしてくれる。もちろん本作をきっかけにして、「ライオン・キング」に見進んでいっても大いに楽しめることだろう。
「ライオン・キング」は息子のシンバを命懸けで守った王・ムファサと、ムファサの命を奪ってしまったスカーのバトルが一つの軸となっていたが、彼らも別に最初から対立していたわけではない。それにスカーはもともとタカ(スワヒリ語で“欲望”という意味)という名前だった。しかも、“野良ライオン”とそしりを受けるムファサとは異なり、子どもの頃から他者にヘイコラされるような地位にある、名門の御曹司なのだ。
2頭は考えを共にしていたこともあるし、気が合い過ぎるほど合っていた時期もあるし、ムファサにとってタカは命の恩人であるということも本作ではしっかり描かれている。なのに、成長していくうち、彼らの間には溝が生まれていく。
ムファサとタカの“勝ち負け”を描くものではない
ムファサはある意味、何も失うことのない立場である。ステータスを持たない彼にとって、いわば毎日がサバイバル・ゲームだ。そんなムファサが鋭いカンを働かせ、冒険心の赴くままに振る舞えば振る舞うほど、何から何まで恵まれている環境にいるはずのタカが周りには弱々しく、しょぼく見えてくる。ムファサは才能にも運にも恵まれていて、人望(獣望?)もある。だからキリンや鳥たちにも信用される。だがタカへの評価はそうはいかず、しかも風見鶏的な性質があった。より狡猾な考えを持つ別の種族のライオンに、いとも簡単にだまされて、仲間を裏切ってしまう。
だが、この作品は単に両者の勝ち負けを描いているわけではない。タカも悩みに悩み、大いに自分を顧みて、失恋に耐えて、結果、「かなりいびつな道」を自分で選ぶ…ということが、実に丹念に描かれている。自ら名前を「スカー」(英語で傷という意味)に変えてヴィランに徹していくなんて、並大抵の決意ではない。
映像描写は、2019年に公開された超実写版「ライオン・キング」同様、非常にリアルなもの。ライオンの動き一つとっても、動物園でよく寝ている「ホンモノ」こそ実は偽りのライオンなのではないかと思えてしまうほど、「百獣の王」感にあふれている。映画館のスクリーンで見ると、まるで自分が行ったことのない野生の王国の住民になって、いろんな動物たちのコミュニケートの場に立ち会っているような気分になってくるはずだ。
監督は「第89回アカデミー賞」で作品賞などを受賞した「ムーンライト」で名を上げたバリー・ジェンキンス、アフリカン・ミュージックの要素を実にポップに取り入れた音楽は名手リン=マニュエル・ミランダが担当している。
ミーアキャットのティモン、マンドリルのラフィキなど脇役も充実しているし、まだガオー(roar)よりニャー(meow)が似合いそうな子ライオンのキアラ(シンバの娘)も内容に一種の軽みを加えている。このキアラの母の名前はナラというのだが、本国版ではこの母娘ライオンの声をビヨンセ・ノウルズ=カーターとブルー・アイビー・カーター母娘が担当しているのも大きな話題だ。声といえば、超実写プレミアム吹替版では尾上右近、松田元太(Travis Japan)、渡辺謙ら豪華キャストが声をあてていることも最後に触れておこう。
◆文=原田和典
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