

名古屋は「エスカレーター立ち止まり利用」先進国? 市民の意識を変えた取り組みの“ヒミツ”
名古屋のエスカレーターの乗り方に全国から驚きの声が!? 市民の間で、立ち止まっての利用が全国でいち早く浸透。条例の施行から2年足らずで、立ち止まって乗る人が9割以上と成果を上げている。その裏には涙ぐましい取り組みと、名古屋人気質の影響が……!? ※画像:筆者撮影
「名古屋のエスカレーター、みんなが両側に乗っていてスゴい!」「全員立ち止まっていて歩いて昇る人がほとんどいない!」
このところ、名古屋のエスカレーターの乗り方がさまざまなメディアで報じられ、全国から驚きの声が上がっています。両側に2列で乗って歩いたり走ったりしない、立ち止まり利用が全国に先駆けて浸透しているのです。
片側乗り、歩く・走るがもたらすデメリット
国内ではこれまで、エスカレーターは片側を空けて乗るのが常識でした。利用者は片側にまとまって乗り、急いでいる人は空いている方を歩いて上り下りするのです。東京や名古屋は左側乗り、大阪は右側乗り、というローカルルールも広く知られています。
ところが、実はこれは正しい利用法ではないのだとか。日本エレベーター協会では、エスカレーターの利用について「歩いたり、走ったりしないでください」とWebサイトで呼び掛けています。理由は、バランスを崩して転倒する危険があるから。
同協会の調査によると、2018年1月~2019年12月の2年間で1550件のエスカレーター利用者災害が発生し、うち半分以上の805件は乗り方不良が原因とされています(他は酔っ払い、キャリーバッグなど)。
また片側がふさがっていると、体の障害などで手すりを特定の側しかつかめないという人の安全の妨げになるともいわれています。加えて片側を空けておくより両側に2列で乗った方が輸送効率がよいという実験データも。さらにはエスカレーターは両側に立ち止まって乗る前提で作られていて、片側乗りや歩いたり走ったりすると故障の原因にもなるともいわれます。
このように両側2列乗り・立ち止まり利用の方がさまざまな面でメリットがある、という声もまた近年広がりを見せていました。しかし、長年の生活習慣を変えるのは心理的抵抗も大きく、エスカレーターの片側乗り・片側歩きは今も全国で一般的なものとなっています。
名古屋でエスカレーター条例が施行。さまざまな啓蒙活動を展開
対して、エスカレーターの立ち止まり利用に積極的に取り組んでいるのが名古屋市です。2023年10月に「名古屋市エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」、いわゆるエスカレーター条例を施行。自治体によるエスカレーター条例の制定は2021年の埼玉県に次いで全国2例目です。
違反しても罰則はない努力義務ですが、市ではこれを徹底させるためにさまざまな啓蒙活動を展開してきました。エスカレーターの壁や床に「走らない」「歩かない」の注意書きを大きく貼り出す。「立ち止まって利用しましょう」とアナウンスを流す。
エスカレーターを歩いている人をAIで感知して警報音と注意喚起アナウンスを流す(実証実験)。黄色い手の平型のボードを背負った「なごやか立ち止まり隊」がエスカレーターの右側に立って注意喚起するというユニークな活動も話題になりました。

こうした取り組みによる効果はてきめん。名古屋市の行った実態調査によると、図1のような大きな変化が明らかになっています。

このデータを見る限り、ほとんどの人が立ち止まり利用をしているということになります。
注意書きの貼り出しは駅ごとにかなり差があり、中には「走」「ら」「な」「い」「歩」「か」「な」「い」と1枚ずつデカデカと壁に貼り出すところも。美観はさておいてもルールを徹底させようという強い意志を感じ、こういうなりふり構わない姿勢も一定の効果につながっていると感じます。
ただし、日ごろ地下鉄を利用している筆者の肌感覚では、立ち止まり利用はかなり浸透してきている一方で、両側2列並びを実践している人は6割程度という印象です。それでも、ごく短期間で立ち止まり利用する人が増えたことは間違いありません。
立ち止まり利用浸透の背景に名古屋人気質が……?
その理由を、名古屋市の担当部署、スポーツ市民局の担当者はこう語ります。
「もともとエスカレーターを歩くのは危険だという潜在的な意識があったから、立ち止まり利用をすんなり受け入れてくれたのではないでしょうか。立ち止まり隊に対しても、懸念していたトラブルなどはなく、むしろ激励していただくケースが少なくありませんでした」
さらに“名古屋人の気質”にも要因があったのでは?とも。
「2000年にゴミ分別の細分化を実施した際も、当初は『こんな細かくできるのか?』と懸念されましたが、皆さんがきちんと実践して定着しました。決められたルールは率先して守るという市民性がもともとあるのかもしれません」
名古屋市では、地下鉄にとどまらず、百貨店やスーパーなどの商業施設に対しても啓発への協力を呼び掛けています。ジェイアール名古屋タカシマヤでは、市のエスカレーター条例施行に合わせて館内でアナウンスや看板の掲出を実施(看板は現在は撤去)。
「データは取っていませんが、立ち止まり利用のお客さまが増えたと感じます。エスカレーター上を歩いている方はほぼお見かけしません」と言います。
松坂屋名古屋店でも「エスカレーター付近に『両側にお立ちください』と貼り紙をし、店内放送でも注意を促しています。かけ上がりのリスクが見られるのはお目当ての限定品や催事へダッシュする開店時におおむね限られますが、その予見がある際には社員が声掛けを行っています」と安全利用の徹底に取り組んでいます。
立ち止まり利用・2列乗りは全国に広まるか?
現在開催中の大阪・関西万博でも、大屋根リングへと向かうエスカレーターでは2列並びが定着していると報道され、会場最寄りの夢洲駅では片側空け防止機能搭載のエスカレーターも登場しています。今後、この動きは全国へ広がるかもしれません。
名古屋市民の間では着実に浸透しているエスカレーターの立ち止まり利用ですが、観光客など他地域から来た人にも同様に利用してもらうことができるのかも課題となります。それにはやはり市民による立ち止まり利用の徹底が何より効果的。
みんなが立ち止まっていれば、それにならおうという心理が働きますし、何より両側2列並びが徹底されていれば、歩くことはできません。
エスカレーターの立ち止まり利用、2列並びに対する安全面、輸送効率の効果については、明確なエビデンスが出ていないと疑問視する声もあります。名古屋の利用法が今後も市民の間で定着するか、さらには全国にも広がるか、その鍵は利用者が安全性やスムーズさを実感できるかにかかっているとも言えそうです。
他地域の人も、名古屋に来たら立ち止まり利用を体験し、その効果の有無を考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか?
愛知県常滑市出身。大学卒業後、名古屋の出版社に勤務し、その後フリーライターとして独立。雑誌や新聞、Webメディアなどに名古屋の情報を発信する。著書は『間違いだらけの名古屋めし』(ベストセラーズ)『名古屋の喫茶店 完全版』(リベラル社)など多数。
執筆者:大竹 敏之(名古屋ガイド)
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