150 ans de l’impressionnisme ― 印象派150年(松井孝予)

2024.09.02 06:00
提供:繊研plus

画家のデヴィッド・ホックニー(2017年~)とピート・ドハーティ(1979年~)との共通点は?

なにゆえこの突拍子もない質問でこのレポートが始まるのか。それは次の答えにあります。

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ふたりとも英国人(正確にはイングランド人)である_

ごもっともな共通点。でもこの答えにもうひとつ加えたいことがあります。

さらに重要な共通点、それはホックニーとドハーティがEnglish men in Normandy / Normandie(←フランス語表記)であるということ。彼らはノルマンディーの英国人なのです。

2020年のパンデミックの前年あたりから、ふたりはノルマンディーの住人になりました。ホックニーは愛犬ジャックラッセルのルビーちゃんと共に、ドハーティはノルマンディーのエトルタ(ドラクロワの絵画で有名な)にある一軒家で、妻のKathia de Vidasと2匹の愛犬と共に暮らしています。昨年、ふたりの間に女の子が誕生し、家族が増えました。

パンデミックをきっかけに、この地にすべての活動拠点を移したのは、ホックニーやドハーティだけではありません。私の知る限りでも、同じようにこの地に魅了されたアーティストがどれほどいるか。ノルマンディーは常に「インスピレーション」を与えてくれる場所です。150年前に遡ってみれば、そこには印象派の画家たちが活躍していたではありませんか。

Normandie  Impressionnisme 2024
ノルマンディー インプレッショニスト 2024

ノルマンディーのあちらこちらで。9月29日まで。

1874年、パリ。あるグループの画家たちが開催した展覧会が、画壇に衝撃を与え、美術史に新しいエコール(流派)、印象派を開きました。今年はこの印象派150年の節目とあり、久しぶりにNormandie Impressionnisme 2024 ノルマンディー印象派2024のいくつかの展覧会を見たいと思い、パリから汽車で出発しました(これからご紹介する展覧会のほとんどは、パリ・サンラザール駅発の普通列車で2時間ほどで行けます)。

この Normandie Impressionnisme は、フィリップ・プラテル Philippe Platel の秀逸したディレクションのもと、今年で5回目の開催を迎えます。

今年は印象派誕生150周年を祝う大規模な企画が展開され、展覧会だけでなく、スペクタクルやコンサートなど、そのイベント数は「150」を超えます。

このフェスティバルは、ノルマンディーで活動した印象派の画家たちの遺産を讃えるだけでなく、現代のアーティストがどのようにその精神を継承し、再解釈しているかを体感できる場でもあります。

結論から言うと、モネやルノワールといった巨匠たちのモノグラフ(企画展)はひとつもありませんが、当時の印象派に大きな影響を与えたジャポニスムに焦点を当て、日本の現代アートを通じて印象派を再発見する展覧会が目玉の一つとなっています。

フィリップ・プラテル
©Benoît Deney
Église Saint-Nicolas CAEN 
Sean Scully 
サン・ニコラ協会 カーン
ショーン・スクリー展
9月29日まで

ノルマンディーの中心都市のひとつ、カーンにあるサン=ニコラ教会(L’église Saint-Nicolas)。荘厳なロマネスク様式のこの教会は、白い石灰石で造られており、時を超えてもその表情は変わらず、その美しさに圧倒されました。

教会に一歩足を踏み入れると、ステンドグラスから差し込む柔らかな光が静寂の中に幻想的な雰囲気を漂わせ、その空間にはショーン・スクリーの大規模な絵画とモニュメンタルなインスタレーションが施されていたのです。スクリーの作品が放つ色彩と構図の力強さは、教会の荘厳な空間と見事に響き合い、感覚が研ぎ澄まされるようでした。

印象派とアメリカ抽象画を融合させたスクリーの絵画表現は、ゴッホやロスコとは異なるものであり、彼が影響を受けた禅の思想が、作品に静かな深みと精神的な余韻をもたらしているのかもしれません。

教会に隣接した「眠れる墓地」を散歩すると、自然の中に生い茂る緑の中で、ふとスクリーの彫刻に出会え、永遠の時の流れを感じました。

Sean Scully Eglise St Nicolas
ⒸCécile Schuhmann

ノルマンディー半島へ

HOPELESS SKAY
Flora Moscovici
ホープレス・スカイ
フローラ・モスコヴィッチ
9月22日まで

カーンでのスクリー展の次に目指すのは、コンタンタン半島(日本ではノルマンディー半島と呼ばれています)。

ふっ、と微笑んでしまう地名なのですが、フロマージュ(チーズ)好きにとっては、まさに、ノルマンディーの中でもいちばん美味しいカマンベールで知られ、それにペアリングしたら右にでるものがないシードルで生産地でもあります。そして第2次世界大戦時のノルマンディー上陸作線が展開されたのが、この半島の東岸。第1次世界大戦をきっかけに、1917~1919年には軍事目的でコンクリートのエスコースヴィル飛行船格納庫が建築され、現在は歴史的建造物に指定された観光スポットのひとつになっています。そのLE HANGAR ル・ アンガー(ずばり「格納庫」の意)で開催中のフローラ・モスコビッチの展覧会へ、バスで向かったのでした。

見渡せば畑ばかりの風景に、突然、大聖堂よりも「巨大」なものが視界に飛び込んでくる。SF映画にでも迷い込んでしまったのか?、あまりにもの大きさに恐怖感が走った。強烈なビジュアルだ。これだけで十分に展覧会の域ですが、その建物の中に足を踏み入れると、思わず息をのむほどの驚きに包まれた。

ル・アンガー

フローラ・モスコビッチは、この格納庫の床一面に広がるにカラフルな絵画で、まるで水平線状に浮かぶ壮大な壁画のように完成させました。来場者はエアロプルームでその上空を自由に舞いながら、色彩を大気のように体験できます。

地の輝きを見ながら、空を泳ぐ_

なのに展覧会のタイトルは « HOPELESS SKY »

なぜゆえに?

「自分が描きたかった絵とまったく違う作品になりました。飛行機と対極にある船。空を泳ぐ船に乗りながら瞑想する。空は、今、戦場の場になっていますが、そこに希望を見出したかった。自分が描きたかったタイトルとは異なる、光がいっぱいの絵が完成しました」とフローラが話してくれました。

これを聞いて、ベルトリッチが映画化した、ポール・ボウルズの『シェルタリング・スカイ』を思い出した。タイトルの印象とは裏腹に、「空」が人間の孤独を象徴する物語でした。

フローラは空の素材に、歴史的建造物を傷めないよう、もっともエコロジーなチョークを選び、3人がかりで噴霧器で3時間かけて完成させたそう。印象派的な色彩のフローラ絵画は、この場所の造形と溶け合いながら、作者が語るように時を希望へと導いているようでした。

高所恐怖症の方にはお奨めできませんが、ぜひ飛行船エアロプルームに乗り、オールで空間を漕ぎながら絵を鑑賞するという極めて稀な体験ができます。

フローラ・モスコヴィッチ

ル・アンガーから再びバスに乗り、コンタンタン半島の主要都市シェルブールへ。途中、同都市近郊トゥルラヴィル(Tourlaville)に位置するラヴァレ城(Château Ravalet)に立ち寄り、「ô dingos, ô château」と題した風変わりな現代アートを一堂に集めた展覧会を鑑賞。展覧会もさることながら、16世紀後半に建てられた美しいルネサンス建築と見事な庭園には、思わず心を奪われました。

ラヴァレ城

友人たちが住む港町シェルブールに来るのは初めてだったので、街に到着後、まずは初心者向けにジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』の舞台となった店舗で記念撮影をし、それから港で開催中のダニエル・ビュラン(Daniel Buren)の「Voile/Toile — Toile/Voile」へ。帆(Voile)と画布(Toile)と直訳できますが、ビュランは帆を1枚の絵画とみなし、水面をその展示空間にするという試みから、ストライプの布が絵画でありながら、帆でもあるという二面性を表現しています。

それにしても、シェルブールが予想以上に美しく、ノルマンディーの奥深さを知る新たな発見でした。

ダニエル・ビュランのストライプが帆となり絵となり
シェルブールの港は美しかった
ジャポニスムと現代アートとのダイアローグ
Les Franciscaines DEAUVILLE
Mondes flottants, du Japonisme à l’art contemporain

シェルブールから、またバスに乗りドーヴィルへ。

「シャネル」が、ペネロペ・クルスとブラッド・ピットを起用したフィルムを2024/25秋冬コレクションショーで紹介したことは記憶に新しい。これはフランス映画史に残る愛の物語、クロード・ルルーシュ監督『男と女』(1966年)へのオマージュであり、舞台となったドーヴィルは時代を超えた魅力を放っていた。この海岸の街は過去と現在が交差する特別な場所なのかもしれない。(ちなみに、ピート・ドハーティの義父はルルーシュの作品のプロデューサーだったそう。)

ノルマンディー印象派ツアーの最後は、冒頭にご紹介したこのフェスティバルの目玉の一つ、MONDES FLOTTANTS, DU JAPONISME À L’ART CONTEMPORAIN(直訳:浮世の世界、ジャポニスムから現代アートへ)を見にドーヴィルへ。

2021年にドーヴィルに開館したLes Franciscainesでは、ジャポニスムの歴史とその現代アートへの影響を、東京の森美術館の作品を通じて辿る展覧会が開催されています。

アジアの現代アートを牽引する森美術館。今回の展覧会では、同館のコレクションから厳選された作品が、フランス印象派の名作と対話を織り成します。たとえば、森村泰昌の作品は、単なる再解釈を超え、19世紀の印象派が受けた美的衝撃を現代に甦らせています。また、片山真理や畠山直哉の写真は、19世紀末のフランス絵画を想起させつつも、現代日本のリアリティや哲学を映し出します。李禹煥や梅津洋一の彫刻は、形と空間の対話を見事に表現し、観る者に過去と現在の繋がりを新たな視点で問いかけます。

浮世絵がフランスに与えた衝撃と、その影響が21世紀の日本でどのように再解釈され、進化しているのか。この展覧会は、その問いに対して一つの視点を示し、森美術館の作品が新たな発見と驚きを広げ、この芸術的対話に深みを与えています。

Une Moderne Olympia 2018, Morimura Yasumasa
©Muto Shigeo
光に溢れる美術館
Musée des Beaux-Arts ROUEN 
David Hockney Normandism
9月22日までPlace de la Cathédrale ROUEN
Robert Wilson 
Isabelle Huppert, Maya Angelou, Philip Glass Star and stone: a kind of love... some say
9月28日まで

今回の印象派2024の小旅行はドーヴィルまで。ルーアンにも行きたかったのですが、叶わず…。次の機会があれば、ここで開催されているデヴィッド・ホックニー展、そして夜には、モネが描いたあのルーアン大聖堂で、ロバート・ウィルソンによるプロジェクション・マッピングを鑑賞したい!

ウィルソンは、光と影、イザベル・ユペールの声、そしてマヤ・アンジェロウの詩を巧みに織り交ぜ、大聖堂のファサードに幻想的なインスタレーションを描き出しています。ウィルソンは、光と影、イザベル・ユペールの声、そしてマヤ・アンジェロウの詩を織り交ぜ、大聖堂のファサードに幻想的なインスタレーションを展開し、その独創的なクリエイションが高く評価されています。

デヴィッド・ホックニー ノルマンディーのアトリエで
Bob Wilson – Star and stone a kind of love… somme way. Cathédrale de  lumières.
© Robert Wilson

パリから汽車で1時間半足らずのルーアン。フェスティバルが終わる前に、ぜひ足を伸ばしたい街です(美味しいレストランも待っている!)。

それでは、アビアント(またね)!

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松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。

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