木村拓哉、ジャニー喜多川さん死去に追悼コメント
2019.07.10 00:29
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ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(享年87)が9日、午後4時47分に都内病院にて亡くなったことが、同日事務所ホームページにて発表された。これを受け、俳優の木村拓哉が自身のWeibo(微博)にてコメントした。
木村拓哉、ジャニーさんを追悼
中国語圏最大のソーシャルメディア・Weiboの公式アカウントを持つ木村は、中国語で「ジャニーさん、今日までずっと懸命に走り抜きました。安らかなご冥福をお祈りします。拓哉」とジャニーさんを追悼した。1991年、SMAPとしてデビューした木村。歌手活動だけでなくドラマ・バラエティー・MCなどでも活躍できるアイドルとして躍進し、誰もが認める国民的グループに。
俳優としても確固たる地位を築く木村だが、演技に向き合うようになったきっかけは、ジャニーさんからの紹介で出会った演出家・蜷川幸雄さんの舞台に16歳で出演したこと。ラジオ番組などでは「蜷川さんに出会っていなければ演技をしていなかった、今いないと思う」と、蜷川さんと結びつけてくれたジャニーさんへの感謝を度々語っていた。
ジャニー喜多川さん、死去
ジャニーさんは、先月18日に体調の異変を訴えて救急搬送されて入院し、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断されたことが今月1日に報じられていた。事務所が発表したコメントによると、搬送後、集中治療室にて延命措置を行った結果、一般病棟に移動。毎日年長のタレントからJr.までが入れ替わり病室に訪れ、ジャニーズの楽曲を流しながら同じ空間でジャニーさんとの思い出を語り合い、ジャニーさんの好物を食べることが日課に。また、危険な状態に陥ることもあったがタレントたちの呼びかけによって何度も一時的に危機を脱したという。
通夜、告別式は、“子供”であるタレントとJr.のみで行う家族葬。また、別途お別れ会が行われる予定。
ジャニー喜多川さんの功績
ジャニー氏は、1963年に「ジャニーズ事務所」を設立し、「男性アイドル」というジャンルにおける圧倒的第一人者。その功績は「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのNo.1シングルをプロデュースした人物」などギネス世界記録として認められるほどで、これまで少年隊、光GENJI、SMAP、嵐など、数え切れないほどの人気グループを誕生させてきた。(modelpress編集部)
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