「ベビーカーが邪魔なんですけど」と私を睨んだ女性。半年後、同じ席で目が合った日のこと
平日午後の小さなカフェ
息子が8カ月になった頃のことです。家から歩いて10分ほどの場所にある、こぢんまりとしたパン屋兼カフェ。育児で気を張りつめていた私にとって、そこでコーヒーを一杯飲む時間が、ささやかな救いでした。
その日もベビーカーを押して店に入りました。レジ前は通路が狭く、ベビーカーをどこに置けばいいか少し迷いながら、なるべく端に寄せたつもりだったのです。後ろからヒールの音が近づいてきたのは、ちょうど注文を伝えている時でした。
「ベビーカーが邪魔なんですけど」
「ベビーカーが邪魔なんですけど」。振り向くと、30代くらいの女性が私をまっすぐに睨んでいました。低くて、感情を押し殺したような声でした。
「あ、すみません」。とっさに頭を下げて、ベビーカーをぐっと寄せました。
「すみません、すみません」。気がつくと、もう一度同じ言葉を繰り返していました。女性は何も言わず、私の横を通り過ぎていったのです。受け取ったコーヒーを持つ手が、少しだけ震えていたのを覚えています。
言えなかった夜
家に帰って夫に話しました。「そんなに邪魔だったかな」と聞いた私に、夫は「気にしなくていいよ」と言ってくれました。それでもベビーカーを押して街を歩くたび、誰かが眉をひそめていないか、無意識に視線を探すようになっていたのです。
あのカフェには、しばらく行けませんでした。店が悪いわけではないのに、扉の前まで来ては引き返すことを何度か繰り返しました。ベビーカーの中で、息子は何も知らずにすやすや眠っていました。
そして...
半年が経ちました。息子はもうよちよち歩きができるようになり、私もずいぶんと力を抜けるようになっていたのです。ある平日の午後、ふと思い立って、あのカフェに足を運びました。窓際の席でコーヒーを飲んでいると、視線を感じて顔を上げました。
斜め向こうの席に、あの女性がいました。一人で、目の前のカップに視線を落としていた人が、私のほうを見ていたのです。目が合った瞬間、彼女がほんの少しだけ、頭を下げるような仕草をしました。気のせいかもしれません。私はとっさに微笑むことも、目をそらすこともできませんでした。彼女は会計を済ませると、そのまま店を出ていったのです。
あれは謝罪だったのか、ただの偶然だったのか、今でもわかりません。けれど彼女のあの仕草を見たとき、半年間ずっと心のどこかにつかえていた何かが、ほんの少しだけ軽くなった気がしました。
(20代女性・看護師)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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