

アンダーグラウンドの旋律 シャンパーニュ・ポメリー 現代アート展(松井孝予)

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クレイエールに広がるアートと音の世界
毎年のように訪れてきた、シャンパーニュ地方ランス/Reimsのドメイン・ポメリー/Domaine Pommeryで開催される現代アート展「EXPERIENCE POMMERY」。
地下30メートル、ひんやりとしたカーヴの中で出会うアートには、独特の没入感がある。石灰岩を採掘してできた空間「クレイエール」(crayère)は、ひんやりと静かに広がり、訪れる者を異世界へと誘う。
いつも楽しみにしているが、18回目を迎えた今年は、作品と空間がこれまで以上に強く呼応し合う瞬間に出会えた。
展覧会のタイトルは《Mélodies en sous-sol(地下室のメロディー)》。 ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞したアンリ・ヴェルヌイユ監督による名作(1963年)と同タイトルだ。アラン・ドロンとジャン・ギャバン主演のケイバー映画を思わせるように、今年の展示は視覚と音が交錯する“アートの譜面”のように構成されている。
キュレーションを手がけたのは、『Beaux Arts Magazine』編集長のファブリス・ブーストー/Fabrice Bousteau。映像、音、彫刻、ドローイング、ガストロノミーなど、国際的なアーティストやミュージシャン、シェフら33人が参加し、分野を横断する体験が地下空間を満たしている。


Ⓒmathilde-giron
その空間で、最も強く心を揺さぶられたのが、ナム・チュンモ(韓国)の《Spring》。韓国モノクロームの流れを汲む作家によるこの作品は、シャープ記号(♯)のような線が垂直に浮かび、空間全体に譜面のようなリズムを与えていた。
ステンレスと樹脂で構成されたフォルムが、光と湿度のなかで静かに揺れ、音のない音楽が流れているようだった。

続いて目を奪われたのが、「KENZO」や「ラコステ」でクリエイティヴディレクターを務めた後、アーティストへと転身したフェリペ・オリヴェイラ・バプティスタ/Felipe Oliveira Baptistaの《Ivresse(イヴレス)》。
12枚のステラ(立体的なドローイングパネル)に一筆で描かれた流線。その線は、人間の身体の断片や、獣のようなフォルムをなぞりながら、連なり、ほどけ、また繋がる。線と線が空気のなかで震え、“酩酊(イヴレス)”を引き起こす。
フェリペは、ファッションの世界で培った構成力とリズム感を手放すことなく、純粋な線の動勢へと昇華させた。


クレイエールの静寂に浮かび上がるこの《Ivresse》は、レリーフと呼応しながら、私たちが抱える矛盾や不確かささえも肯定する、新しい酩酊を描いているようだった。
パブロ・レイノーソ/Pablo Reinosoもまた、同じタイトル《Ivresse》で、鋼鉄をしなやかに変容させる彫刻を発表。カーヴの中で、有機的にうねるその曲線は、まるで生き物のように壁に絡み、1884年に掘られた浅彫りのレリーフと時を越えた対話を交わしていた。
終盤に響いたのは、Soundwalk Collectiveとパティ・スミスによる《The Runoff》。氷河の融解を記録した映像と詩、そして水音が重なり、石灰岩のカーヴにわずかに残る水の音と共鳴する。
削られた氷と削られた岩、記憶と音の残響──静かで強い“地下のメロディー”が、観る者の内部にゆっくり沈殿していく。
YOSHIKIのピアノとともに──
同展には、YOSHIKIの名前も記されていた。本来ならこの日、彼は地下30メートルのクレイエールで特別なピアノコンサートを行う予定だった。しかし、ロサンゼルスで発生した火災の影響により、渡仏は叶わず、コンサートはやむなくキャンセルとなった。
地下深く、彼のシャンパーニュが眠るセラーからは、静かにピアノの旋律が流れてくる。湿った石灰岩の空気と溶け合いながら、音はゆっくりとクレイエールを満たし、空間そのものに染みこんでいった。
姿はない。けれども、この響きのなかに、確かに彼自身の気配が感じられた。静かな深みをたたえたピアノの音色に、自然と耳が奪われた。

セラー・カルノーでシャンパーニュを
クレイエールでの展覧を終え、階段を上がった先に広がるのは、セラー・カルノー/Cellier Carnot。19世紀、マダム・ポメリーが熟成前の樽を保管するために設けた空間だ。
彼女は、夫の死後にメゾンを引き継いだ未亡人であり、当時甘口が主流だったシャンパーニュにおいて、初めて「ブリュット(辛口)」スタイルを打ち出した革新者でもある。その挑戦は、現代のシャンパーニュ文化の礎を築いた。
1891年にはサディ・カルノー大統領の訪問を記念してその名が与えられたこの場所は、今もなお、静かな威厳を湛えている。
ここで披露されたのが、YOSHIKIのために特別にアッサンブラージュされたシャンパーニュだった。YOSHIKIは、2022年にメゾン・ポメリーと共同で「Y by YOSHIKI × CHAMPAGNE POMMERY」というシャンパーニュブランドを立ち上げている。
メゾン・ポメリーの10代目セラーマスター、クレモン・ピエルロ Clément Pierlot は語る。
「音楽の創造とアッサンブラージュには、どちらも理性と非理性の両方が存在します。Yoshikiの音楽に耳を傾けるように、ひとつひとつの要素を時間をかけて組み立てました」
グラスに注がれると、ピノ・ノワールとムニエに由来する、やわらかなゴールドの光沢がひそやかにきらめく。香りは静かに広がり、繊細な果実のノートがエレガントなニュアンスを添える。ひとくち含めば、きめ細やかな泡がやわらかく弾け、フレッシュさと芳醇さが絶妙なバランスで交錯する。
アッサンブラージュは、ピノ・ノワールとムニエが65%、シャルドネが35%。音楽のように折り重なる要素が、ひとつのハーモニーを奏でていた。
「Y by YOSHIKI × CHAMPAGNE POMMERY」は、日本ではすでに公式サイトで展開されているが、フランスではポメリーのドメインのみで味わうことができる。

芸術への情熱──Vranken-Pommeryグループ
この展覧会を支えるのは、ポール=フランソワ Paul-François とナタリー・ヴランケン Natharie Vranken 夫妻の揺るぎない芸術への情熱だ。2003年から続く「EXPERIENCE POMMERY」では、ダニエル・ビュラン、川俣正、ジャン=ミシェル・オトニエルら国際的なアーティストがこの空間を舞台に表現を展開してきた。
Vranken-Pommeryグループは、仏文化省から「グラン・メセナ・ドゥ・ラ・キュルチュール/Grand Mécène de la Culture」の称号を受け、国内外の美術館や音楽祭とのパートナーシップを広げている。2021年には「Société à mission(使命をもつ企業)」として、文化遺産保護に取り組む姿勢を明確にした。


■Vranken-Pommery
https://www.vrankenpommery.com/visites/en
ランスへの誘い
なお、会場となるランスは、パリからTGVで約45分。日帰りでも訪れやすい場所にありながら、ユネスコ世界遺産のノートルダム大聖堂を擁し、古き良き町並みと洗練されたレストランも楽しめる、美食と文化の街だ。
これからの季節、アートとシャンパーニュの響きを感じに、ふらりと足を運んでみるのもいいだろう。
それではアビアント(またね)!
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松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。
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