<小室哲哉 会見全文>50分間の激白…不倫疑惑報道、頭にあった“引退”、KEIKOの容態など

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【小室哲哉/モデルプレス=1月19日】音楽プロデューサーでglobe小室哲哉(59)が19日、「週刊文春」にてA子さんとの不倫疑惑を報じられたことを受けて会見を行った。ここでは会見の全文をまとめる。
小室哲哉(C)モデルプレス
小室哲哉(C)モデルプレス
会見で改めて男女の関係を否定した上で、「KEIKOだったり、家族、ファンのみなさん、お相手の方にお詫び、そのお話をすると同時に、僕なりのこの騒動のケジメとして、引退を決意しました」と発表。約50分にわたって、ひとりで思いの丈を語った。

以下、会見全文。

一問一答はコチラ


目次

  1. 1. 引退を発表
  2. 2. KEIKOの容態
  3. 3. 不倫疑惑報道に言及
  4. 4. 仕事への心境
  5. 5. 頭に浮かんでいた引退

引退を発表

本日はお忙しい中、わざわざ足を運んでいただいてありがとうございます。今回の報道により妻であるKEIKO、家族、ファンの皆さま、その他スタッフの方々、いろいろな方々にご心配をおかけし、お相手の方にもご迷惑したことをお詫びいたします。

言動が支離滅裂になると申し訳ないので、自分で文章を作ってきたので、少しずつ目を通しながら話させていただきます。よろしくお願いします。

重複しますが本日お忙しい中、本当に有難うございます。これから、報道によるKEIKOであったり、ファンのみなさまに対してご迷惑を抱えたことへのお詫びの話をすると同時に、僕なりのこの騒動のケジメとして引退を決意しました。

KEIKOの容態

2010年まで遡らせていただきます。金銭問題による、執行猶予付きとは言うものの有罪判決を受けまして、2010年から5年の歳月を過ごしました。その中で妻KEIKOの突然の病気、予期せぬ事ではあったのですがとにかく病気がありました。救急搬送から入院期間のサポートということで、戸惑った時期でしたが、仕事を続けて参りました。幸い、KEIKOの後遺症というのは、介護されている方、身体的な介護されている人たちのご苦労は僕には計り知れないですが、幸い身体的な後遺症が無く、高次機能障害ですか、脳の障害ということで、少し欲がなくなったりとか、僕から見る限り女性ということから女の子みたいな形の凄く優しげな性格みたいな感じになったのかなという感覚を覚えました。

歌手ということで、KEIKOという存在に歌はやっぱり大きな存在だったと思うんですが、そこは幸いではなく残念なことに、音楽の部分が脳のどこなのかは分からないですけれども…音楽への興味がなくなってしまって、そのあとカラオケに誘ったり、音楽のネットを見せたり、CDを聞かせたり、一緒に聞いたり、色々それなりの、僕なりの誘い…試みたんですが、残念ながら音楽に興味を持つことが日に日に減ってきました。今年で7年目になるんですが、その中で、初期になんとか無理やりレコーディングスタジオに連れて行って、未発表曲になってはおりますが、1曲その時の僕とKEIKOの心境を自分で歌詞にしたためまして、なんとか1曲なんとか歌って貰ったんですが、それ以降はいいんじゃないのって…それから約4年、5年近くですかね。ほぼ歌うことはなくなりました。それがいま現状です。

これもお恥ずかしい話なんですが、今は小学校4年生くらい漢字ドリルとかがすごい楽しいみたいで、全てがそのレベルではないですが、なにか学んだりとか欲といったりといったことは、一例ですがそういったレベルのこともあります。

そういう中で、夫婦というところで、大人の女性に対してのコミュニケーション、対話というのが、日に日に出来なくなってきて、電話であったりとか、対話して話すこととか、1時間、10分、5分、3分とか、非常に間が持たなくなって…。非常にかわいそうだなあって気持ちもあるんですが、そこを諦めてはいけない、献身的なサポートっていうことは重々承知の上だったのですが、何度も繰り返しの質問だったり、ちょっと僕も疲れ始めてきたところが3年前くらいからあったと思います。

僕自身はですね、エイベックスのみなさんの支援、周りの色々な音楽関係者、色々なエンターテイメントの人たちに本当に恵まれていまして。色々な仕事をいただきまして、こういう立場にもあるにも関わらず、本当に色々な素晴らしい仕事させていただいて…恵まれているんだろうなあと。まあそれまで当たり前だと思っていた仕事が当たり前ではなく、本当にありがたいなあっていう仕事の仕方をしてきまして。非常に年々、日々、どんどん、仕事が入ってきて、本当に幸せだなあと思う日々が続きました。

年々仕事が増えて、日々が音楽に対する時間が増えまして、どうしても僕がずっとKEIKOのサポートで隣にいることが困難になってきたこともありました。どうしてもスタッフの方たちから、ご家族の方たち、そういう方たち支援がないと、仕事が追いつかなくなってきたという状況が3年くらい前から始まったと思います。

最初のうちはご家族の方も心配されて、3ヶ月、半年というくらいの実家の滞在もあったんですけど、少しずつ僕も自分で診るようになってきたんですけど、 2~3年ほど前から、大体1年の2~3ヶ月だけですけど、実家の家族の支援。後は、僕と僕のスタッフのサポートといったような生活。何がしたい、音楽がしたい、歌いたいとかそういったことを協力するのではなく、毎日どうやって起きて、どうやって食事をして、どうやって余暇を楽しんで、どうやって寝るかっていう日々のサポートをしてきたつもりです。それがここ数年です。

不倫疑惑報道に言及

このへんから、今回の報道による所になりますが、その前にC型肝炎になりまして、それが2年前。KEIKOと2人でいると、2人共病気がちというか、病気みたいな形になってしまいました。当たり前ですが、KEIKOは普通の家庭の奥さん、妻であるというわけではないので、闘病に関して、看病だったり、見舞いであったりとか、言葉をかけてもらうとか、そういうことはちょっと難しい状態なので、1人で闘病生活をして半年治療をしました。その後、今も闘病は続けております。

今さらですけど、その時に仕事を縮小したり、芸能活動を縮小したりして、2人の生活を基本に考えるべきだったのかなあとは思いますが、ついついみなさんの期待に答えたいという気持ちが強くてですね、病気の中でもテレビであったり、音楽活動の創作だったりをやめずに続けてしまいました。その間にKEIKOが何を思っていたかっていうのは、一般の脳の考え方ではなかったと思いますので、どういう風に思っていたのかなっていうのは想像の域に脱しません。

C型肝炎が陰性になりまして、仕事に復帰した一昨年、2016年くらいからですかね、副作用もありまして、そこから骨折したり…。2017年、先程夏前に実家にお世話になったと行った頃から、突発性の難聴に近いものになりまして、現在も今、左耳がほぼ聞こえないです。今も、キーンという音が鳴りっぱなしです。原因は不明ですが、まあストレスだろうという事しかないみたいです。

診断書によるとストレスから摂食障害、耳鳴り、睡眠障害みたいなことで8月に入院を1人でしました。A子さんを含む、複数のお医者様、看護師のみなさま、そういう方に日を増し、協力を得ることが増えました。退院をしましたが、不規則な生活もありまして、通院のみでは不可能な時期もたくさんありまして、

幸い都内っていうのは優れたところで、往診ということで色んな場所にお医者様が来てくれる環境がありますので、そういうことを使わせていただき、なんとか仕事を続けてきました。順調に戻れたと思っていましたが、まだ治っていませんし、すぐ熱っぽくなります。その中で今回の報道のA子さんのクリニックは早朝、お昼休み、時には深夜、イベント終了後、ホテルの滞在場所、複数で来てくれることもありましたが、どうしても不可能なこともあり、医療看護としてA子さんが来てくれる日が増えてきました。

急に体調が悪くなり、急な往診をお願いするようにもなりました。当然という言い方は違うかもしれませんが、自宅にKEIKOがいるときにも来ていただいたこともあります。残念ながら記憶にちゃんとないと伺っていますが、現実にはそういうこともあります。

そういったことも含めて、ここからは僕の甘さが出てきますがなんとなく容認してもらっているかなって。今お話したように、つい普通の会話、雑談をすることがほぼない状態が数年続いていたので、メンタルケアというのがキレイな言い方ですが、言ってみれば雑談に付き合ってもらいました。確実に僕の甘えなのですが。点滴をしてもらうこともありました。すべて薬事法、医師の指導によるものです。その前後のケアという言い方はキレイですが、雑談で心にゆとり、笑いを僕がちょっとしたふだん出来ないこと、話せないこと、楽しめないことを、ついついそういうことに時間を費やして、そういうことを聞いてもらいました。17年の8月の後半ぐらいですかね、始まりました。

当然、看護師さんという立場から、相手の方も自分のことを話してくれるようになって、仲のいい、1番信頼できる看護師さんになりました。看護師さんは女性であって、施術によって誤解を与えてしまう行動もあって、密室になってスタッフが外にいる状態なので誤解を生む状態ではありましたし、報道にあったように時間が長すぎたことも誤解、怪しい、おかしいんじゃなと思うことは当然だと思います。

C型肝炎のお話をしましたが、体調不良で来てもらっていて、女性として来てもらったことは1度もない。それから僕が体調不良で非常にお恥ずかしい話ですが、男性としての女性を呼び込みたいといったような欲求とは少しかけ離れていまして、心から本当にそうなんですが、男女の関係というのは全く考えてないです。ありません。間違いなく誤解を生じさせてしまいましたし、男女でそういうことがあり得るのかっていう、そういうことを想像させるような誤解もあったと思います。

最近みなさんで使ってらっしゃる言葉で、使わせていただきますが「不徳致すところ」という言葉意外にはありません。本当にそこは重々承知しております。申し訳ありません。世間の皆様に不快な思いをさせて、特にみなさま、特にそういった環境にある方には不快な想いをさせているなと思いますので、本当にお詫び申し上げます。

仕事への心境

体調不良は本日も変わらず、残念なことに耳鳴りがどうしても治らなくて。今まで滞ることが無かったんですが、3日、1週間…締め切り、納期が滞りまして、小室哲哉だったらこんな音を作るだろう、こんな音をやってくれるだろうっていう期待に応えられるのかどうかっていうのも、2017年の秋くらいから制作によっては自問自答する日々でした。特に歌手の方に提供する楽曲は評価がいいものになるか、その歌手のためになるかということで、1週間くらい悩み、やり直し…みたいな日々もたくさんありました。

本当にそれは10年前、20年前、90年代の頃には考えられなかったことですが…なんでだろうなって思ってはいるんですが、去年くらいからですかね、公務員のみなさんとかかが定年というのが一般的に60歳、65歳の方もいらっしゃるとは思いますが、去年58歳の時点で、2018年には還暦、60歳を迎えるということである種60歳というのは、1つ大きな節目なのかなと。

やっとの思いで出来上がって次の仕事に、といって懸念、不安、自信のなさみたいなものが増えてきまして。KEIKOにも簡単な言葉ですが、先程もお話ししましたように、今は音楽に興味がないという風になっているので、そうなんだっていうことくらいだったのかもしれないですね。不安はさらに続きました。そんな中でですね、医療・精神的な知識を持ったA子さんっていうのが、なんとなくそういうことをしてくれるような日々が続きまして、ついつい相談ごととかが増える…年末年始、2017年~2018年は特になってしまいました。

先程も申しましたけど、そういった誤解を招く環境の中、年末に風の噂なのかな?自分も正直何かわからないんですけども、なにかこういった事態が起きるだろうという胸騒ぎはしていました。こんなことをしてまかり通るわけないなってずっと思っていました。思っていたんですけど、自分の体調もわかってもらいたいんだけど、わかってもらえない、聞いてもらいたいんだけど、聞いてもらえない…もらえないわけじゃなく、聞いてはくれるんですけども、理解をしてもらってるのかな?って。ピアノのフレーズをちょっと弾いても、30秒も聴くのがもたないくらいの奥さんっていう。そんなところで、非常に依存が彼女の方に強くなってしまいました。そういったリーク、自分でも胸騒ぎというか、もう終わるだろうなって思っていた矢先というかタイミングというか、週刊文春さんが。僕からいったら戒めみたいなこいとなのかなって今思っていますが。

頭に浮かんでいた引退

もう1回2010年に遡らせていただきますが、僕はこんな今すごい席に立たせていただけていますが、2010年には裁判所にいました。裁判官から主文を聞いて、執行猶予つきというものの有罪判決ということになって、頑張りなさいねと叱咤激励を裁判官からされまして。そのときの判決を聞いた時のような気分と、文春さんの取材を受けた時は同じような気持ちになりました。僕は珍しい、稀な状況でこのような職業をさせていただいているのは、本当に恵まれた存在なのですが、自分の思い込みなのですが、そういった罪があれば、必ず罰も受けなければいけないという感覚は、2010年のときにひしひしと感じたことなので、その時と同じ感覚を持ってしまった。

話ししたことが長くなってしまったんですけど、去年から頭に掲げてきました、音楽生活が本当に自分にとって優れたものなのか、優れていないものなのか、定年に近い人間が、今の現代のすごい目まぐるしいエンターテイメントの状況で役目は何があるのか。そういった引退みたいな言葉がどんどんどんどん頭を溶けてきまして、常に頭に浮かんだのは、皆さんに「お疲れ様」って祝福していただいて、グランドの中に立って、スポットライトを浴びて、「ありがとうございました、長年」という、アスリートの方とか、野球選手の方とかの引退セレモニーみたいなことを、夢を見た日も、ここ1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、正直ありました。

しかし、そう自分の環境で、こういった素晴らしい場所ではあるものの、決してそういった優待される方とは離れたこういった状況で、今回の報道による罪を償うとともに、自分の身体的な限界であったりとか、この音楽業界の、エンターテイメント業界に僕の才能が本当に必要なのかって。もはやここまでなのかなって。音楽の新しいさみたいなものを作れるのかなっていう自問自答をずっと続けてきましたが、報道されたというか、報道していただいたという言い方かもしれませんが、僕は音楽の道から退くことが私の罰であると思いました。

年末、つい最近まで自分が作り上げた楽曲。子どものようなものですけど、楽曲がその中でも愛着がある楽曲もあります。自分でも出来栄えが良かったな、良いんじゃないかなっていう曲もあります。エイベックスにとっても非常に大事な曲なのかなって思うときもあります。ほかのレコード会社のアーティストの方にとっても大切な曲かなって思ってもらえる曲もあったかなって思います。そして、今後もうこの曲いいな、歌いたいな、聴いていたいなっていう、そう思ってもらう曲もあるのかなって思っています。そういう楽曲は退かないで生きていって欲しいなって思います。僕のものではなくて、歌う方のものなので、楽曲は。その方が生かしていただけるのであれば、そうなって欲しいと思えば思うほど、僕の今のようなふらついた考え、自信のない考え、芳しくない体調。そういうところでの、ネガティブ、否定的というか、あんまり明るくないこういった状況みたいなのが、自分が作る曲に影響がいってしまうのは、1番僕が望んでいないことです。

少しというか、1年以上かもう少し早まってしまったのですが、作詞家というか、音楽家というかそういうのを始め、音を作るもの自分ですし、すごい技術があるわけではありませんが、ピアノとかそういったライブ演奏をやったりとか、そういった音楽に関する仕事をすべて退きます。僕はついつい、罪と罰に置き換えてしまっていまして、そういう風な認識としまして。現在提供させていただいている仕事はたくさんあります。もちろん皆さん、そういう方とはまだお話ししてないですし、まだまだのグループ、プロジェクトもあります。そういう方たちとの話し合い、それからどういう思いを抱いているかということを聞かなければいけないのですが、それは望まれるのであれば期待に応えるべく、最低限のことを全うしていきたいと思っていますが、自発的な音楽活動は本日をもって終了します。

本当はですね、芸能人になりたくて始めたわけじゃなくて、音楽をやりたくて始めたので、自分もヒット曲を作る人間なんだと思ってやっていたわけではなく、好きな音楽をやれたらいいなと思ってやっていたんですけど、90年代の自分でも全く今でも想像がつかない枚数であったり、売り上げ、そういうことでの歌詞であったりとか、そういうものから来る慢心っていうんですかね…枯渇していっている能力、飽きてきている…自分でも飽きてきている、皆さんも飽きてきているという、そういった認識の甘さだったりとか、そういうことが大体20年くらい経っているので、お騒がせした今回の意味を含めて、そこの時期を過ぎたのかなと思っています。

メンバーや近い人間とお話するのが最初であるべきかもしれなかったのですが、このメディアの皆様、支援してくださった方、一般の方、興味を持たれている方、興味を持たれていない方も含めて、皆さんが報告をしていただくことになるので、まずは皆様のこういったカメラ映像などを通して、お伝えするのが先決かなと思いまして、急遽こうして集まっていただいた次第であります。

僕の言葉だけではまだまだ足りないと思いますが、音楽を依頼してくださっている皆さんとこれからお話しをしないといけない。メンバーもそうですし、特に妻のKEIKO。当然、昨日まで経緯を話していますが、これからどうやっていこうかということも少しだけ時間をいただきたいというのが甘えですが、考えです。僕はですね、基本的にテレビを中心とする芸能の方の仕事とは多少違うので、本日退きますといって、姿を消すというのはなかなか見えにくい職業でもあるので、段取りを重ねてお話しさせていただいていますが、今回皆様も含めて、皆様の向こう側にいらっしゃる、応援してくださる、共演の方も含めて、ご迷惑をかけた償いとして音楽生活の引退発表とさせていただきます。

僕にとって、今までの皆さんの報道の対応の仕方とは少し様子が違うかもしれません。取材を受けてまだ5日しか経っていないですね。今後は生き方であったりとか、身の振り方は少し時間をいただいて考えたいと思っています。そこには、KEIKOのことも含めてですが、一緒に考えていきたいと思っています。勝手な苦渋の決断ではあります、本当に。でも今回お騒がせしたことは、僕の形での償いとしては精一杯です。これから生活水準とかもどうなるのか計り知れませんが、全くわからないのですが、ただ、こういった場所でこういった皆さんに注目していただけることはもしかしたら今日が最後なのかなと思っています。謹直にいければと思っています。TM NETWORKから始まって、35年になります。本当に関係者やスタッフの方から、メディアの皆様、35年近く本当にありがとうございました。心から感謝しています。まだ本当に1週間足らずなので、戸惑いも正直ありますが、まずは皆さんの報道というもの通して、皆さんの向こう側にいる方たちに知っていただくのが先決かと思って、いま座っています。少し長くなりましたが、心より感謝いたします。ありがとうございました。(modelpress編集部)

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