津田健次郎

津田健次郎のTikTok提訴は何を変えるのか 声優業界が注視する"声の権利"の分岐点

2026.05.29 17:34
提供:ENTAME next

人気声優の津田健次郎が、自身の声を模倣した動画が無断で公開されているとして、TikTokの運営会社に動画の削除を求めて東京地裁に提訴していたことが5月23日に分かった。声優の「声」の無断利用を巡る訴訟は初めてとみられ、日本俳優連合も公式SNSで津田を支持する声明を出すなど、大きな注目を集めている。生成AI時代に、声優の声はどこまで守られるのか。この裁判は、業界にとって重要な分岐点になりそうだ。

問題となっているのは、氏名不詳者のアカウントがTikTok上に投稿していた動画だ。津田の声に酷似したナレーションで、都市伝説やオカルト、雑学などをテーマにした動画を188本投稿したとされる。昨年11月の提訴時点で投稿者のフォロワー数は21万人以上にのぼり、一連の動画によって、月50万~75万円ほどの収益を得ていたとされる。

近年は声優や歌手の声をAIで無断生成し、SNSに投稿する行為が相次ぎ、声優業界では2024年から山寺宏一、かないみか、梶裕貴らが、声などを無断利用しないよう呼びかける「NOMORE無断生成AI」運動を展開。今回、津田がこの問題を法廷に持ち込んだ形だ。

津田といえば、独特の「艶のある低音ボイス」で知られる人気声優。アニメ『呪術廻戦』の七海建人役や『ゴールデンカムイ』の尾形百之助役などで知られ、ナレーションや吹き替えでも活躍。近年は俳優として実写のドラマや映画への出演も増え、声優の枠を超えた人気を集めている。

津田側は、声を模倣した動画が公開されたことで、著名人らが財産的価値を独占できる「パブリシティー権」を侵害されたと主張。一方、TikTok側は「ナレーションは普遍的な男性の声」であり、違法性はないと反論しているという。また、投稿者は外部サイトで「友人の声をAIに学習させて作った」と説明しているとされる。訴訟は今夏にも第1回口頭弁論が開かれる見通しだ。

これに対し、ネット上では「司法があれを許したら日本の声優業界は終わる。今すごい歴史の分岐点にいる」「声はご本人にとってお仕事の武器であり、財産」「権利は守られてほしいけど法律の判断が難しそう」といった声が寄せられている。

最大の争点は、「声のパブリシティー権」が認められるかどうかだ。パブリシティー権や肖像権は法律に明文の規定がなく、判例を通じて形成されてきた権利だ。そのため顔や名前と異なり、判例の少ない「声の権利」は現時点では明確に確立されていない。ただし、4月に開かれた法務省の有識者検討会では、声も肖像と同じく人物を識別する情報であり、人格を象徴するものだとの見解が出され、権利保護の対象になるとの見方が示されている。今回の裁判で、津田側の主張が認められれば、「声優の声は法的に守られるべき」という大きな指標になるだろう。一部では「声のパブリシティー権」が広く認められるようになれば、人気声優に似た声の同業者や配信者らの活動にも影響するのではとの懸念が指摘されている。だが、単に顔が似ているだけで権利侵害とはならないように、声についても「似ている」ことと、「著名人の声を勝手に利用して収益を得る」ことは分けて考えるべきだろう。

その一方で、今回の件で難しいのは、投稿者が「友人の声をAIに学習させて作った」と説明している点だ。本当に津田本人の声を学習素材にしていなかった場合、「似た声」が法的にどう判断されるのかという問題になる。これに違法性があるとなれば、ものまね動画や偶然似た声のナレーションまで問題視される可能性がある。逆に権利侵害に当たらないと判断されれば、著名声優の声を連想させるAI音声の横行が拡大する恐れがある。投稿者の説明の真偽は重要な焦点だ。

この裁判で問われているのは、「AI音声は悪か」という単純な話ではない。本人の許諾、学習元の透明性、利用範囲、収益化の有無などを、どう整理するかが大切になる。

裁判によって「声のパブリシティー権」が確立されれば、むしろ正当なAI利用は進みやすくなるとの見方もある。たとえば、権利関係が整備された上で、アニメやゲームで声優のセリフをAIによってそのまま多言語化すれば、海外ファンも日本の視聴者と同じようにオリジナル声優の声を楽しむことができる。実現すれば、日本のアニメ文化や声優の魅力を海外に届ける新たな手段にもなり得るだろう。

AIの進化によって、声も簡単に複製されるようになったが、法的な問題はグレーのままだ。だからこそ、声優の声をどこまで守るかという司法判断が出されることは、クリエイターが安心してAI技術と向き合うための土台を作ることにもつながる。今回の裁判の行方は、声優業界だけでなく、エンタメとAIの未来を左右する重要な一歩になるかもしれない。

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