ザ・ビートルズ、“人目をかいくぐって”クラブでダンス 移動中の列車でジョーク 初訪米時の貴重な姿に感慨<ビートルズ‘64>
ザ・ビートルズ(THE BEATLES)の完全新作ドキュメンタリー「ビートルズ‘64」が11月29日に配信された。同作は、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターがかつてないほどの名声を手にするまでの日々を捉え、舞台裏により深く切り込んだ完全新作のドキュメンタリー。音楽業界の分岐点ともいえる彼らの活躍と栄光に焦点を当てながらも、新しく撮影されたザ・ビートルズに情熱を捧げたファンへのインタビューを交え、彼らが作った「時代」を解き明かしていく。今回は、音楽をはじめ幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が今作を視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、ネタバレを含みます)
ザ・ビートルズの訪米から60周年
2024年はイギリスが世界に誇る20世紀最大の音楽的・社会的現象ともいうべき、ザ・ビートルズのアメリカ上陸60周年にあたり、11月22日には『ザ・ビートルズ:1964 U.S.アルバムズ・イン・MONO』と題された8枚組LPがリリースされた。そして11月29日にディズニープラスのスターで配信されたのが御年82歳の名匠マーティン・スコセッシが製作を手掛けた完全新作ドキュメンタリー「ビートルズ ‘64」だ。世界的なザ・ビートルズ旋風が巻き起こっていくさまを、目と耳の双方で、かつてない作品クオリティーのもとに追体験できることとなった。
ザ・ビートルズにはいろんな“前史”があるのだが、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人組に確定したのは1962年8月のこと。同年10月5日にEMIを親会社とする“パーロフォン”からデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」を発表、翌年リリースのシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」「シー・ラヴズ・ユー」「抱きしめたい」、アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』『ウィズ・ザ・ビートルズ』はいずれも全英チャート1位を記録。王室主催のショー「ロイヤル・バラエティ・パフォーマンス」でもパフォーマンスしたのだから、この時点でもうイギリスでは国民的な存在だったことが分かる。
アメリカへの進出と成功はスタッフやメンバーの誰もが望むところであったろう。パーロフォンはアメリカの大手レコード会社“キャピトル”と提携していたので、プロデューサーのジョージ・マーティンは、イギリスでの人気が爆発する以前から、キャピトルでザ・ビートルズのレコードを出せないものかと交渉していたとも伝えられる。
すでにフランク・シナトラは独立していたものの、ナット・キング・コールやジュディ・ガーランドといった大御所がおり、ロックバンドではザ・ビーチ・ボーイズが若者の間で絶大な人気を獲得、日本における提携先の東芝音楽工業の音源である坂本九の「上を向いて歩こう」(英題:Sukiyaki)のアメリカ盤を出して全米ヒット・チャートのトップに送り込んだのもキャピトルだ。ザ・ビーチ・ボーイズと同様にアイドル性を持つバンドで、坂本と同様に“アメリカ人ではない”ザ・ビートルズは、当初、キャピトルからはじかれた。結果、ブルースやジャズを中心に出していたヴィー・ジェイ社、そこよりもさらに弱小のスワン社から、彼らのレコードがそれほど宣伝されることのないまま出た。
各方面(ザ・ビートルズ側のプロデューサーやマネジャーに限った話ではなかったに違いない)からのプッシュも強まる一方であったであろう中、1963年の秋ごろ、ついにキャピトルが重い腰をあげる。新聞やテレビなどのマスコミも乗ってきた。あとは歴史が語る通り。
貴重な映像もふんだんに登場するドキュメンタリー最新作
「ビートルズ ‘64」は、彼らの“歴史”が作成されて間もないころのあれこれを、実に丹念に、多角的に描き出す。初訪米時、ニューヨークの「プラザ・ホテル」に投宿し、電話取材などを受ける4人の姿。人目をかいくぐってクラブ「ペパーミント・ラウンジ」でダンスをする姿、ラジオで頻繁にかかる自分たちの曲に喜ぶ姿、移動中の列車でジョークを飛ばす姿、どれもが非常に生き生きしており、「初めての地で歓待を受けて喜びいっぱい」な様子が、鮮明な画像と音質によって、こちらに伝わってくる。
むろん、時折挿入されるライブシーンの歌や演奏も非常に卓越している。このシンプルな楽器セッティングで、モニタースピーカーすらない状態で、ここまでガッチリ歌ってハモって演奏できるのは文句なしのすごさだ。特にリンゴ・スターのドラムが放つドライヴ感は絶品というしかない。
“近年の”ポール・マッカートニーやリンゴ・スター、“後年の”ジョン・レノンやジョージ・ハリスンが、実に感慨深く1964年周辺を振り返る映像が挿入されているのも興味深い。64年はまた、アラバマ黒人教会爆破事件やケネディ大統領暗殺の翌年にもあたる。異なる肌の色の持ち主に対する憎悪も、「暴力に勝るのは暴力のみ」的な風潮も強かったはずだ。そこに、そよ風のように現れた“ボーイズ”がザ・ビートルズだった。
“ブラックミュージック”への敬意も
腰を振ってセクシャルな歌を歌うわけでもなく、圧たっぷりのマチズモ(男性優位主義)で迫るわけでもない。スーツを着て「君の手を握りたい」「僕から君へ」「愛する気持ちを全部、君に贈るよ」といった意味合いの曲をハモリつつ歌いかけて、1曲ごとにしっかりお辞儀をして、ジョークを交えながらインタビューに応え、笑顔でファンに手を振る。そして、しっかりアメリカ黒人音楽への敬意を表明する。当ドキュメンタリーに、ザ・ビートルズが楽曲をカバーしたスモーキー・ロビンソン(ザ・ミラクルズ)やロナルド・アイズリー(ジ・アイズリー・ブラザーズ)など、ブラックミュージック界の偉人たちへの取材が挿入されているところに、私はスタッフの慧眼を感じてやまない。
なお、ディズニープラスではすでに「ザ・ビートルズ:Get Back」「ザ・ビートルズ:Let It Be」が配信されている。グループの“白鳥の歌”というべき前述2作品と、本作に横たわるザ・ビートルズの歳月は約5年間。その間に人間関係が、音楽性が、こんなに変わるとは。まとめて鑑賞すれば、言葉を探しあぐねるほどの壮大な感慨が沸き起こるに違いない。
◆文=原田和典
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