「タイ料理=屋台料理」の概念が覆る!渋谷の新名所『チョンプー』で出逢う、新しいタイ料理の世界

「タイ料理=屋台料理」の概念が覆る!渋谷の新名所『チョンプー』で出逢う、新しいタイ料理の世界

2020.11.02 18:00

幸食のすゝめ#107、新しい景色には幸いが住む、渋谷

「え、このフルーツ、辛い!?」
「嘘っ!? あ、ほんとだ、めちゃくちゃ辛い」
「私、全然平気、辛さ的には無」

入り口近くのテーブルに座った3人の女性が、一見ちっとも辛そうに見えないフルーツの小皿を前にはしゃいでいる。

季節のフルーツを各種のスパイスで和えた「フルーツのヤム」は、タイ料理として辛い部類に入るものではないが、フルーツ×辛いスパイスという認識がない日本人にとっては未知の味だ。もちろん、日本人の多くがタイ料理のすべてを知っているわけではない。それどころか、僕らはみんな、タイ料理の奥深さについて、まだほとんど知らない。

旅行で訪れたバンコクあたりのナイトマーケットで飛び込んだ屋台の味が、日本人のタイ料理の原点なのかもしれない。だから、未だほとんどの日本人にとって、タイ料理の二大要素は、激辛とパクチーだ。その辺りは、魯肉飯(ルーローハン)ばかりがもてはやされる台湾料理と少し似ているのかもしれない。

ガストロノミーの果てのタイ料理

「子どもの頃からパクチーとか唐辛子は普通だったし、朝ご飯の目玉焼きには唐辛子を漬け込んだナンプラーをごく普通にかけていました」、そう話す『Chompoo(チョンプー)』のプロデューサー森枝(幹)シェフは、日本の中では極めてユニークな環境で育った。

父は『食は東南アジアにあり』で有名な写真家で食のジャーナリストでもある森枝卓士氏、実は日本で「トムヤンクン」を有名にした人物だ。家のキッチンにはあらゆる国や地域の食材やハーブ、調味料があり、自家製の柚子胡椒なども父が手作りしていたという。

小さな頃の遊び場として思い出すのも、父に同行した食の名店や生産者だった。また、世界のベストレストランに名を連ねるオーストラリア『Tetsuya’s(テツヤズ)』の和久田哲也シェフとも親交があったので、料理学校を卒業した後、渡豪し、厨房に入る。海外に赴いて感じたことは、自身のアイデンティティとしての和食への知識への欠落と、当時台頭し始めていたモダンなタイ料理のムーブメントへの憧れだった。

帰国後、割烹、分子料理レストランを経て、人気店のシェフとして活躍。自由な発想から生まれるサスティナブルなガストロノミーで、東京の食通たちの話題のレストランとなる。その後、新宿ゴールデン街のレモンサワー専門バーの味を構成。世にレモンサワーブームを巻き起こしたのは、まだ記憶に新しい。

そんな森枝シェフが新しくチャレンジしたのは、タイ料理。オーストラリア時代から、ずっと持ち続けていた憧憬を新生「渋谷パルコ」の40席という大箱でスタートさせた。

カラフルな絵の具で繊細な絵を描く

日曜日の午後、ある日のお昼のコースを覗いてみよう。

ウエルカムドリンクは、新宿ゴールデン街のレモンサワーの仕掛け人らしくタイ風の「レモンサワー」(写真上)。1枚添えられたバイマックルー(こぶみかん)の香りが、一気にチェンマイの風を運んでくる。

(※お酒の提供については、現在、国や自治体の要請に準じています)

前菜は2種、おなじみの「生春巻き」(写真上・左)と前述の「フルーツのヤム」(同・右)だ。

生春巻きは見た目も、味も、今まで食べてきたものとはまったく違う。食材とだし、スパイス、香草が複雑な重層構造になっていて、優しい滋味が口の中を満たす。

「そうか、辛くないんだ」と思いながらフルーツに手を伸ばすと、意外な辛味とミントの涼感に目が覚める。この段階で既に、未知の世界の扉が開かれようとしている。

優しい味の「シーフード」(写真上)を挟んで、今日の「ゲーン」(写真下)。

ゲーンはタイのスープ。さまざまなバリエーションがあり、海の豊穣、山の豊穣をすべてゲーンの中に閉じ込める。

レモングラスや野菜本来の土っぽい味とタイのフレッシュハーブ、複雑な香りと具が一体感となって、トムヤンクンだけではないタイの“ゲーン”の世界に驚かされる。乾燥唐辛子のインパクトある辛味がゲーンの味をより一層引き立てている。

続いては、これも一見おなじみに見える「春雨」(写真上)。だが、干し海老と丁寧にローストしたピーナッツやセロリの香りがたまらなく食欲を刺激して、ひと口目から優しくて深い味の応酬にしばらく箸が止まらなくなる。

厨房のギャプシェフ(写真上)の実家はチェンマイの食堂だったという。そこで、この春雨を出されたら、もち米をノンストップで食べてしまいそうだ。今まで、ただ辛いだけだったタイの春雨に対するイメージが払拭されるひと皿だ。

そして、登場する一品は、間違いなく『Chompoo』の時間のハイライト、「カオヤム」(写真上)だ。バタフライピー(蝶豆)で染められたブルーのお米を取り囲む10種類以上の季節の野菜たち。その色彩のロンド(輪舞)は、画家、アンリ・マティス晩年の傑作、カラフルな切り絵で構成された『ジャズ』の1ページをめくったようだ。

色彩が踊る未知の味覚の頂点へ

「和食の世界は味だけでなく、シンプルな水墨画のようなヴィジュアルも評価される。でも、すごくカラフルな色を使いながら、ちゃんと整った絵を描けるって、実はすごいことだと思う」、この時になって初めて、森枝シェフがこのレストランを作る頃に語っていた言葉の意味を理解することができた。

皿に乗せられたのは、旬の野菜たちだけではない。通常は季節を通して手に入る鯖が入れられるが、この季節は鮎が乗せられている。そこに、伝統的な魚醤と発酵した海老のソース、ライムを絞りかけ、客たちの目の前でスタッフが一気に仕上げて行く。

口に含むと、見た目の衝撃以上に、初めて出逢う味覚に瞳孔が開いていく。

この世界には、まだどれだけ、自分たちが知らないおいしいものがあるのだろう!? まだどれだけ、自分たちが知らない新しい景色があるのだろう!? チェンマイ育ちのギャプシェフの確かな経験と実力、そこに森枝シェフの斬新な閃きが加えられた時、モダンなタイ料理の世界は渋谷の公園通りで斬新なケミストリーを展開する。

「カオヤム」の興奮を鎮めるように届けられた「タイの蒸し鶏」(写真上)。味も、身も限りなく優しく、深いコクのある少しだけスパイシーなソースが、またもや未知のうまみを教えてくれる。見た目のシンプルさと裏腹にギャプシェフの確かな実力に驚かされるひと皿だ。

そして、鮮やかなピンク色に染まった「イエンタフォー」(写真上)。ピンク色の正体は、中華の腐乳でもおなじみの紅麹だ。ピンクのスープの中に麺とシーフードが入り、揚げワンタンが器に橋を架ける。ワシワシした麺は卵麺だろうか。ブルーのご飯にピンクのスープ、ドキドキするヴィジュアルに慣れてきた頃、懐かしい風景の野菜炒めが届く。

空芯菜のような、食べたことのない青菜は、実は南瓜の茎だという。日本ではめったに食べない茎の味が、こんなにも深い味わいを持っていたことに驚き、まさにチェンマイの街のどこかで出されているような青菜炒めにホッとする。これはギャプシェフの実家でも出されていたのだろうか。

人がおいしいと思う形を編集する

その時そこにある青菜や卵で手早く炒め物を作って、ゲーンやご飯と食べる。特別な日には、「カオヤム」や、チェンマイの伝統料理をたくさん盛り込んだ「カントークプレート」を作る。タイの人たちのハレとケ、オンとオフには、人々が暮らしてきた生活の指針のような、静かで明確な哲学が息づいている。

そんなことを考えていると、厨房から香辛料の香りを油にまとわせるための、刺激的な煙が流れてきて目と鼻を襲った。みんなの咳に気づいて、森枝シェフがギャプシェフとの間に仁王立ちして、煙を逆に仰いでくれている。その姿に微笑んでいると、先ほどの煙の正体「クアキン」(写真下)がやってきた。

南の地方の豚挽肉炒め、ご飯を添えるとキーマカレーを思わせるヴィジュアルになる。千切りにされたバイマックルーや輪切りにされたレモングラス、油自体に焼き付けられた各種のスパイスが分かち難く1つになっている。

通常は入れないスペシャリテを挟んで届けられたデザートは「自家発酵ココナッツヨーグルトのアイスクリーム」(写真上)。ココナッツミルクにヨーグルト菌を入れて発酵させた自家製ヨーグルトに、米粉で作ったバナナケーキが添えられる。発酵の酸味に句読点を打つのは、トロピカルフルーツの香りがするシチリア産の『セドリック・カサノヴァ』のオリーブオイルと、長崎産の塩。『Chompoo』の午後は、前菜からデザートまで、おいしさのあらゆる可能性と未来を教えてくれた。

「人がおいしいなと思う形に、料理を編集すること」

出逢った頃、自分の仕事について森枝シェフはそう語ってくれた。『Chompoo』で出逢うオーセンティックでモダンなタイ料理の一つひとつは、いつのまにか食の冒険から遠ざかりがちだった僕たちに、おいしさの新しい景色を見せてくれる。

新しい景色には、幸いが住んでいる。

【メニュー】
・チョンプーのタイ料理Tastingsコース 4,000円/6,000円/8,000円
・ヴィーガンタイ料理コース 3,500円
・カントークプレート 1人前 1,800円 2〜3人前 2,500円
・カオヤム 鯖1,200円 鮎1,500円
・タイの(選べる)スープセット 1,800円
・鶏と舞茸のガパオ 1,000円
・和牛と松茸のガパオ 4,000円 
・オムニポークのガパオ 1,200円
・ゲーンハンレー 1,200円
・自家製2種類の焼豚ライス 1,000円
・カオマンガイ 1,000円
・カオソーイ 1,200円
・タイが元祖の焼豚油そば 1,000円
・イエンタフォー 1,300円
・トムヤムチェンマイ 2,000円
・ゲーンオンパッ 2,000円
・ナンプリック 500円
・ナンプラーキャベツ 500円
・フライドポテト 500円
・ソムタムパーラー 1,400円
・ヤムウンセン 900円
・フルーツのヤム 900円
・青菜炒め 1,000円
・サイウア 600円
・スパイシー鶏の唐揚げ 500円
・焼豚盛り合わせ 1,000円
・タイの蒸し鶏 500円
・ニャオマムアン 1/2 1000円/ホール1,800円
・バナナケーキ 1カット100円/ホール(テイクアウト)1,200円
・トロピカルフルーツのアイスクリーム 500円
・自家発酵ココナッツヨーグルトのアイスクリーム 500円
※本記事に掲載された情報は、取材時点のものです。また、価格はすべて税別です

Chompoo(チョンプー)

〒150-8837 東京都渋谷区宇田川町15−1 渋谷PARCO 4F
03-6455-0396
ランチ&カフェタイム11:30〜16:30、ディナー17:00〜23:00(22:30 L.O.)
不定休(パルコ休館日に準ずる)
https://www.instagram.com/chompoo_shibuya/
https://r.gnavi.co.jp/mbddc94h0000/

この記事の筆者:森一起(ライター/作詞家/ミュージシャン)

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