「気持ち悪い」と母が言った日から、妻が休日のキッチンに来なくなった。一人で焼き続けた理由
食卓に並べたパンと、母のひと言
お盆の食事会、妻がいつも手土産にしているカンパーニュとくるみパンを、その日も二人で焼いて持参しました。母はテーブルの上の包みを開け、ひとつ口に運んでから、こう言いました。「夫婦で同じ趣味なんて気持ち悪い」。
笑いを含んだ声でしたが、棘がありました。「男にエプロンつけさせて、パンなんて焼かせるもんじゃないわよ」と母は続けます。俺は何を言えばいいのかわからず、湯のみに目を落としていました。視界の端で、妻が笑顔のまま固まっているのが見えていました。
「私一人でやるから」と切り出した妻
帰宅した翌朝、新聞を読んでいると、妻が声をかけてきました。「私一人でやるから、休日はゆっくりしてていいよ」。声は明るかったのですが、目を合わせてくれませんでした。
その瞬間、わかってしまいました。妻は母の言葉を真に受けて、俺の時間を奪っていると思い込んでいる。違うと言いたかった。俺は好きで一緒に焼いていたのだと、伝えたかった。けれど「うん、じゃあそうしようか」としか言えませんでした。否定すれば、妻が更に思い詰めるのが目に見えていたからです。妻の意志を尊重するふりをして、俺は逃げたのです。
一人で焼き続けた週末
翌週の休日、妻はキッチンに立ちませんでした。次の週も同じでした。俺は何も言えず、早く出かけて遅く帰る日々が続きました。家にいると、何も話せない自分が情けなくなるからです。
ある朝、妻が眠っている間に、一人でこっそりこね台に向かいました。生地をこねて、発酵を待って、焼き上げるまで2時間。けれど、出来上がったパンを齧っても、何の味もしませんでした。それでも翌週も、その次の週も、俺は一人で焼き続けました。妻と続けてきたものを、完全に手放してしまうのが怖かったのです。
そして...
数週間後の早朝、物音に気づいたのか、妻がキッチンに現れました。エプロンをつけてこね台に向かう俺を見て、立ち止まったまま動けなくなっていました。
俺は思わず照れて笑いました。「美味しくないんだ、これ。やっぱり二人で作ったやつのほうがいい」。妻は小さな声で「気持ち悪いって言われて、無理させてたのかと思って」と返しました。その言葉で、ようやく腑に落ちました。妻もこの間、ずっと同じことで苦しんでいたのです。「俺は好きでやってた。母さんの言葉に振り回されて、何も言えなかったのは俺の方だ」と、俺はちゃんと声に出して伝えました。
その朝、二人でパンを焼きました。失いかけて初めて、この時間が二人にとってどれほど大切だったのかを、俺は理解できたのです。
(30代男性・メーカー勤務)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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