親友を一方的に切った日から5年。私が便箋に綴れなかった、「親友らしい」一言
限界に近づいていた頃の私
28歳から29歳にかけての私は、何もかもがうまくいかない時期にいました。長く付き合っていた恋人と別れ、職場の人間関係にも疲れ、実家とも距離があった頃のことです。
そんな中、月に1度会っていた親友は、結婚を控え、仕事も順調そうでした。彼女に悪気がないのはわかっていました。それでも「早く落ち着いた人を見つけなよ」「若いうちが大事だよ」という言葉が、当時の私には少しずつ重なって積もっていったのです。
カフェで告げた、たった一言
ある土曜の午後、いつものカフェで彼女と向かい合いました。注文したアイスティーには手をつけられないまま、私は深く息をついて、テーブルの上の自分の手を見つめながら告げました。「ごめん。もう連絡してこないでほしい」。
彼女は「どうして?何があったの?」と聞き返しました。私は首を横に振りました。「理由は言えない。ただ、もう無理なの」。本当の理由を伝えれば、彼女を傷つけるのがわかっていたからです。お会計を済ませて店を出るとき、振り返れませんでした。それが最後でした。
5年後、初めて便箋に向き合った夜
結婚して、引っ越して、ライターの仕事も少しずつ軌道に乗りました。ようやく当時の自分を客観的に見られるようになったのは、30代も半ばに差しかかった頃のことです。冬のある夜、書きかけの原稿を置いて、便箋を広げました。1行目に「あの日、私はあなたの上手くいっている姿を見ている事がつらくなってしまったため『もう連絡してこないで』と告げてしまいました。」と綴りました。
そして...
便箋3枚に綴れたのは、当時の自分の状況と、5年間ずっと言えなかった気持ちでした。最後の1行には「ただ、あなたが幸せに過ごしているのを願っていました」と書きました。封を閉じてから、ポストに投函するまでにまた何日もかかりました。返事が来るとも、来てほしいとも思っていません。許されたいわけでもありません。ただ、あの日のカフェで言えなかったことを、5年遅れで伝えたかっただけです。彼女が手紙をどう受け取るかは、もう私には決められないことだから。
(30代女性・ライター)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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