「子連れは迷惑でしょ」が聞こえた瞬間、私が母子の隣に立つと決めた理由
平日の午後の展示室
私が担当している特別展は、子どもにも気軽に来てほしいという思いもこめて企画したものでした。来館者の年齢は幅広く、平日の午後には未就学児を連れたお母さんの姿もちらほら見かけます。音声ガイドの読み上げ速度を遅くしたり、解説パネルのフリガナを増やしたり。小さな工夫を重ねてきた展示でした。
その日も巡回しながら、母娘の姿が目に入りました。娘さんは絵に向かって何度も指を差しては、お母さんに小さな声で話しかけていました。微笑ましい光景でした。
「子連れは迷惑でしょ」が聞こえた瞬間
第2展示室に入ろうとしたとき、低い声が耳に届きました。 「子連れは迷惑でしょ」 40代くらいの女性が、お母さんに向かって言った言葉でした。お母さんが「すみません」と頭を下げる声が、続けて聞こえました。私は手にしていたタブレットを脇に挟み、迷わずその親子のほうへ歩み寄りました。
「どの絵が一番気になりましたか?」 母娘の隣に立ち、できるだけ柔らかな声で、けれどはっきりと話しかけました。発言した女性は、私のほうを一瞥すると、何も言わずに別の展示室へ歩いていきました。
かつて、私も同じ言葉を投げられた
こうしているのには、理由がありました。5年前、まだ息子が3歳だったころ、私は別の街の美術館で同じ言葉を投げかけられたことがあったのです。あのとき、誰も助けてくれませんでした。私は息子の手を引いて、そそくさとその館を出ました。帰り道、息子に「ぼくがわるかったの?」と聞かれて、なんと答えていいかわからなかった夜のことを、私はずっと覚えています。 それから、同時に学芸員として仕事をしている自分は、どうあるべきなのかという疑問にずっと引っかかっていました。
そして...
あの日、娘さんが私に「お姉さん、絵にも家族がいるの?」と聞いてくれました。「いるんですよ。この絵を描いた人にも、お母さんがいたんです」と答えると、娘さんはふんわりと笑いました。出口でお母さんに「またいつでもいらしてくださいね」と声をかけたとき、お母さんが少し涙ぐんだ表情でうなずいてくれたのを、覚えています。 あの場で間に入ることが正解だったかは、いまもわかりません。けれど、5年前の自分が一番ほしかったのは、隣に立ってくれる誰か、ただそれだけだったのです。だから私は、今日もまた展示室を歩きます。次に来てくれる親子のためにも。
(40代女性・学芸員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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