俺が一番に駆け込んだのは、「楽でいいよね」と笑った相手の席だった
余裕のない日々の八つ当たり
毎月の売上目標に追われ、未達が続けば詰められ、達成しても翌月にはリセットされる。それが俺の日常でした。夜10時に会社を出て、翌朝8時にはクライアント先に向かう。移動中の電車でようやく座れたとき、ふと事務のフロアを思い出しました。定時に帰り、席で淡々と作業をしている姿が目に浮かび、どうしようもなく羨ましかった。
ランチの席で「事務職って楽でいいよね、定時で帰れるし」と口にしたのは、本音でした。悪意があったわけじゃない。ただ、余裕がなさすぎて、誰かを羨まずにはいられなかった。彼女が「そうですかね」と返したとき、少しだけ目が笑っていないのに気づいていました。でも、気づかないふりをしました。
データが飛んだ朝
月曜の朝、出社してすぐに部下から報告が上がりました。「今月の受注データが全部消えてます」。午前中のクライアントへの見積もり提出が迫っていました。部下たちが焦って騒ぐ中、俺は原因を調べる方法すら知りませんでした。
営業として数字を取ることには自信がある。でもその数字がどこに保存され、どう管理されているのか、考えたこともなかった。当たり前のように毎朝画面に並んでいたデータは、誰かが毎日手をかけて維持していたものだったのです。
あの席に走った俺
気づけば、事務のフロアに向かって歩いていました。彼女の席の前に立ち、「バックアップから戻せないか?」と頭を下げました。「やってみます」。彼女は一瞬だけこちらを見て、すぐに画面に向き直りました。その横顔に、普段俺が見ていなかったものが全部詰まっている気がしました。
3時間、彼女は休憩も取らずに作業を続けていました。俺は途中で何度か「まだかかる?」と声をかけてしまい、そのたびに自分の無力さを思い知りました。
そして...
夕方、データが戻ったとき、「助かった。本当にありがとう」と伝えました。彼女は小さくうなずいただけで、すぐに自分の作業に戻っていきました。その背中を見て、ようやく気づいたのです。俺は彼女たちの仕事を「楽」だと思っていたんじゃない。「見ていなかった」のだと。
あの日から、俺は事務のフロアを通るたびに少しだけ足を止めるようになりました。ただ、あのランチの日に言った一言を撤回する勇気は、まだ出せずにいます。楽な仕事なんてないと、今ならわかっているのに。
(30代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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