異例尽くしのTVer初オリジナルドラマ『潜入捜査官 松下洸平』は唯一無二のエンタメ
松下洸平の初主演ドラマにして、TVer初のオリジナルドラマ『潜入捜査官 松下洸平』は異例尽くしだ。
主演の松下含むほとんどの出演者が本人役を演じ、その舞台は芸能界。ただ現実と異なるのは、松下がもう一つの顔を持っているということ。人気俳優でありアーティストである今の姿は敵を欺き近づくための仮の姿で、実は芸能界に潜入し捜査する「潜入捜査官」が彼の正体という設定が加わる。追われる側はメキシコマフィアの幹部だと噂される大物俳優・佐藤浩市。実在する2人の人気俳優にはそれぞれ裏の顔があるのだ。
また、本作では実際の人気バラエティ番組との豪華コラボが展開され、テレビ局の垣根を超えたドラマとバラエティの融合という今まで誰も目にしたことがない新しいエンタメが繰り広げられる。
芸歴15年の松下の俳優人生やリアルなプロフィールが潜入捜査官としてのキャリアというフィクションに上手く織り交ぜられる設定の妙も光る。売れない俳優の面倒を見るのが好きだというターゲット・佐藤に近づきさえすればよかったものの、朝ドラ『連続テレビ小説 スカーレット』(NHK総合)出演を機にブレイクを果たしてしまった松下は、今や売れすぎて多忙を極め、思うように潜入捜査に時間が割けないというジレンマを抱えている。リアルではないのに、なぜだか“あり得るかもしれない世界線”と思えてしまえるのは、どんな場面にもすんなり溶け込めてしまえる松下の演技力あってこそのものだろう。
お茶の間を巻き込み時に視聴者をも欺く潜入捜査官・松下洸平!在京5局の制作協力で実現したドラマとバラエティの融合
潜入先が芸能界とだけあって、また売れっ子芸能人の証として松下が実在の人気バラエティ番組に出演する様子も差し込まれる。通常のバラエティ番組を収録しながらも、ドラマの設定も踏襲しながら振る舞う松下は、ある意味バラエティ番組放送時に既に共演者のみならず視聴者をも欺いていたことになり、劇中の“潜入捜査”が実際にお茶の間をも巻き込んで進行していくのがまた画期的だ。
『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)、『あざとくて何が悪いの?特別編』(テレビ朝日系)、『ラヴィット!』(TBSテレビ系)、『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』(テレビ東京系)、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)にゲスト出演したシーンだけでなく、収録後ほとんどがアドリブだという共演者の芸人との楽屋シーンなどが盛り込まれる。『全力!脱力タイムズ』では収録後の反省会になぜかゲストの松下まで呼び出され、佐藤に近づけるまたとないチャンスを目前に足止めを食らってしまう。MCの有田哲平にダメ出しされながらも、繰り出される無茶ぶりの数々に応え続ける松下の気持ちの良い巻き込まれぶりは必見で、笑いなしには観られない。
フィクションと現実が見事に折り重なる圧巻の直接対決は目が離せない
バラエティ番組とのコラボによるコメディ要素もありつつも、最終話の松下と佐藤の直接対決に向けてどんどん物語は重厚感を増していく。最終話で観られる松下のキレのあるアクションシーンもお見事だった。
警察の人間として追う側の松下と、マフィアの幹部として追われる側の佐藤。警察官という仕事に生涯を捧げる覚悟で“芸能界潜入”という任務を引き受け俳優になった松下と、全ては芝居のため、役作りのためにマフィアのアジトに潜入しそこから絡みとられてしまうことになる佐藤。警察官としての任務遂行のため芝居をする松下に、俳優であり続けるために組織から抜け出すことを許されず言いなりにならざるを得ない佐藤。
互いに2つの顔を持ち、その狭間で揺れ動き続ける中で自分は一体何者なのか、“本当の自分”はどこにいるのかと思い悩む姿は互いにリンクする。
そんな彼らが決着をつける場所はやはり“お互い対等”に自身をさらけ出さざるを得ない“キャメラの前”しかない。
台詞になぞらえながらも本音をぶつけ合う最終回シーンでは、互いに発する言葉全てがダブルミーニングを持ち、共鳴し合う。
「俺はずっとあなたを追ってました。諦めそうになるほど遠かったあなたの背中を」という松下の言葉には潜入捜査官としての役目はもちろんだが、それ以上に俳優として、一人の人間としてという意味合いも含まれていたのだろう。「追いついた気分はどうだ」という佐藤からの問いかけに「追いついていません。こうやって向き合っても全然追いつけた気にはなれません。それほどあなたはすごい人です」と迷いなく答える松下。
佐藤に接近するためだけに俳優として一心にキャリアアップしてきた松下にとって念願の顔合わせシーンのことが思い出される。佐藤のオーラや人柄に圧倒され、どうにかもっとこの人に近づきたいと願う松下はあの頃から、いやそのずっと前から佐藤の背中を追い続けどこかで憧れ続けてきたのだろう。実際に本作が佐藤との初共演となる松下からの役を超えたリスペクトが溢れ出しているかのようだった。
撮影現場ではフランクに共演者やスタッフと談笑し相手に気負わせてしまうことがないようにと気さくに振る舞うベテラン大物俳優の顔と、一方でいつ誰が殺されるかもわからぬ緊張感漂うマフィアのアジトで自身を押し殺しながらも組織の命令に従わざるを得ない哀愁に満ちた表情を佐藤が瞬時に切り替え見せてくれた。同じく本人役で出演した馬場ふみかや「干さないでください」が口癖の新人女優・堀川梨心とのアドリブ感満載の軽妙なトークや、古田新太とのプライベート感溢れる掛け合いも相まって、物語序盤からマフィアとしての裏の顔が彼の本心ではないだろうことは松下同様視聴者にも伝わってきた。だからこそ、後ろめたさを抱えながらも第一線で俳優業を続けてきた佐藤は、どこかで誰かに気づいて欲しかったのだろうし止めて欲しかったのではないだろうか。
世代を超えた俳優同士の矜持がぶつかり合うラストシーンは圧巻そのもので思わず息を呑んで見入ってしまった。互いに追われ追う相手が他の誰でもない目の前にいる松下と佐藤で良かったと心底思った。
新たな取り組みが多数詰め込まれた本作は、バラエティ番組とのコラボや随所に散りばめられた小ネタにくすりと笑いを誘われながらも、本格的な人間模様が描かれラストには“表現者の業”のような深部にまで斬り込んだ。またいつかどこかで潜入捜査官・松下洸平に出会えることを期待したくなる。
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