「食堂はおしゃべり厳禁」「108回連続で五体投地」韓国のお寺に泊まる“テンプルステイ”で感じたこと

2024.08.08 21:50
提供:All About

韓国では、全国にある200以上の寺院で、韓国仏教体験ができる「テンプルステイ」を行っている。今回は世界遺産の「海印寺大蔵経板殿」がある海印寺(ヘインサ)のテンプルステイを紹介する。

深い山の奥にある海印寺。自然に囲まれている
深い山の奥にある海印寺。自然に囲まれている


初夏、新緑の緑がみずみずしく、頬をかすめる柔らかな風が心地よいころ。韓国は慶尚南道(キョンサンナムド)陜川(ハプチョン)郡に位置する寺院、海印寺(ヘインサ)を訪れた。

韓国仏教界では最大規模の曹渓宗の寺院で、敷地内には世界遺産に登録された「海印寺大蔵経板殿」があることでよく知られている。

今回、筆者がここを訪れたのは「テンプルステイ」に参加するためだ。テンプルステイとは、寺院に滞在しながら、仏教の世界観に触れるプログラムのことで、韓国の200以上の寺で実施されている。

主に心と体を休めることを目的とした「ヒーリングタイプ」と、修行体験を目的とした「体験タイプ」があり、日帰りのものもあれば、宿泊を必要とするプログラムもある。

老若男女、誰でも参加可能で、通訳(主に英語)が同行する外国人専門のプログラムも旅行客らに人気がある。

寺院で過ごすひととき

筆者は昨年初めてテンプルステイに参加した。

何年も前から一度行ってみたいと思いながら実現できずにいたが、友人の1人が「自分を見つめ直す時間がほしい」と言ったのをきっかけに、女性3人で日常からしばし離れてみることにした。

普段は夢の中にいる、まだ辺りが暗い時間に起きて祈りを捧げる。早朝のピンと張りつめた空気が心地よく、梵鐘が鳴り響く音に心洗われる。

そのとき、参加したのはヒーリングタイプのプログラム。

定時の礼拝行以外は自由に散策したり、部屋で休息を取ったりするもので、比較的自由な時間が多かった。そのおかげで、久々に「何かをしていなくてはいけない」という、常に何かに追われているような焦燥感から解放された時間を過ごすことができた。

筆者の横で寝転がる友達の1人は「こんなにリラックスした時間を過ごすのは何年ぶりだろう」とつぶやき、散歩から戻ってきたまた別の友人は「境内にただ座ってぼーっとしていただけだけど、なんかよかったなぁ」とつぶやいた。

どこかの観光地へ旅行に行って気分転換をするのとはまた違う「癒やし」があるようだった。寺院の厳かな雰囲気と匂いに包まれて過ごすことで、なんとなく心が穏やかになっていくような気がする。

こうしてテンプルステイがすっかり好きになってしまった筆者は、訪れる寺院を変えて今回海印寺にやってきたというわけだ。

今回参加したのは、体験型のプログラムで、2日間(1泊2日)海印寺に滞在しながら、 普段見ることのできない「大蔵経板殿」の見学、寺院内巡礼、本堂での礼拝行、数珠づくり、大蔵経の印刷体験などを行うもの。

一連の内容をこれから紹介しよう。

1日目

いよいよテンプルステイが始まる。動きやすい服装に着替える
いよいよテンプルステイが始まる。動きやすい服装に着替える


海印寺のテンプルステイエリアに到着すると、まず部屋へ。部屋は4人部屋、2人部屋、1人部屋の3種類あり、ベッドか布団を選択できる。今回筆者は1人部屋の、布団を使う部屋を使用した。

入室する前に、きちんとのりのついた洗濯済みの布団カバー一式を渡されるので、これを自分で布団にかける。このとき一緒に受け取った作務衣にも似たチョッキとズボンを着用したら講堂へ。

寺院でのあいさつや礼拝の仕方を教えてくれる。外国人には通訳士が説明してくれる
寺院でのあいさつや礼拝の仕方を教えてくれる。外国人には通訳士が説明してくれる


オリエンテーションがあり、韓国仏教とスケジュールの説明を受ける。筆者が訪れた日は韓国の人だけでなく、複数の国から来た外国人も数人おり、彼らには通訳がついていた(英語)。

和尚さんが仏教の歴史や、建物の解説をしてくれる
和尚さんが仏教の歴史や、建物の解説をしてくれる


その後担当の和尚さんが境内の案内と各建物の説明をしてくれる。話し上手な方で、時々冗談を交えながらテンポよく、面白く解説をしてくださった。

そういえば、昨年訪れた別の寺でも、担当の和尚さんは説明上手な方だった。話すことが好きな方が担当されているのか、それとも担当しているうちに話し上手になるのか……。

食事は공양(ゴンヤン/供養)といい、食堂でいただく
食事は공양(ゴンヤン/供養)といい、食堂でいただく


きっかり18時5分、夕食の時間。もちろん精進料理だ。食器を持って列に並び、バイキング形式でおかずを自分の皿によそう。食堂ではおしゃべりは厳禁。

アルミの食器に箸が当たるカシカシという音だけが響いている。

食事時間は15分のみ。短いけれど、食べることに集中しているので時間は意外にも十分であった。

梵音具によって音色が違う。いつまでも聞いていられそうだ
梵音具によって音色が違う。いつまでも聞いていられそうだ


食事後は仏殿四物とよばれる梵音具(ぼんのんぐ)を使った仏教儀式を見学する。

梵音具とは、音が出る仏具のことだが、韓国の寺院では、大きな釣り鐘の梵鐘、太鼓、魚の形をした大きな木魚、鉄製の楽器で雲のような形をした雲板の4つのことを指す。

18時38分きっかりに、4人の和尚さんがそれぞれの梵音具を鳴らし始める。胃の底の方まで振動が伝わってくるような、梵鐘の荘厳な響きが良い。20分ほど見ていたが飽きなかった

五体投地をして玉を通し、また立ち上がる。完成した数珠はもちろん持ち帰り可
五体投地をして玉を通し、また立ち上がる。完成した数珠はもちろん持ち帰り可


続いて室内にて数珠づくりだ。これは修行らしさがある。なぜなら、五体投地を108回連続で繰り返すからだ。糸に主玉を1つ通すたびに五体投地をする。

立ち上がって、そしてしゃがんで、床に頭がつくほど前傾になってから、玉をひとつ糸に通し、また立ち上がる。

これを108回繰り返すのだが、実際にやってみると結構きつい。昨年は太ももが筋肉痛になったし、今回はなぜか上腕二頭筋まで痛くなった。

誰かがつぶやくのが聞こえた。「これ、ある種の運動だな」。そうそう! 心の中で同意する筆者。祈りが体をも鍛えてくれるなら一石二鳥だ。

1人部屋、きちんと管理されているようでとても清潔。奥にシャワー兼トイレの空間がある。Wi-Fiはない
1人部屋、きちんと管理されているようでとても清潔。奥にシャワー兼トイレの空間がある。Wi-Fiはない


数珠づくりが20時20分に終了し、この日のスケジュールはおしまい。部屋に戻り就寝の時間だ。

もちろん起きていようが、すぐ寝ようが勝手だが、なにせやることがない。パソコンがないから仕事もできないし、片付けなければいけない家事もない。

そうしてふと思う。「たまにはこういう日が必要かもしれない。何もしない日があってもいいんじゃないかな」と。

テンプルステイ参加者の宿所。昼間の景色も美しいが、夜はまた幻想的な雰囲気があり良い
テンプルステイ参加者の宿所。昼間の景色も美しいが、夜はまた幻想的な雰囲気があり良い


部屋を出て建物の周りを少し散歩する。静かだ。近くを流れる川のせせらぎと風鈴の音がかすかに聞こえるだけ。

星は見えなかったが、黒いシルエットとなった山の稜線(りょうせん)と、その上にぼんやりと見えるおぼろ月が美しかった。

2日目

早朝4時の風景も美しい
早朝4時の風景も美しい


2日目が始まる。まだ辺りは真っ暗な4時に起床。アラームを設定していたはずなのに、なぜか鳴らなかった。

時計を見て焦った。偶然にも起きるべき時間にふと目が覚めたのが幸いだった。

早朝の祈りの時間
早朝の祈りの時間


毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)が安置されている大寂光殿に移動し、4時40分から朝の礼拝。厳粛な雰囲気の中、大勢の和尚さん、お弟子さんたちに混ざって祈る。

筆者にとっては、完全なる非日常の空間。お経が美しい音楽のようで感じ入る。いつまでもこの空間に座っていたい気持ちだったが、テンプルステイのメンバーは20分ほどだけ参加をしていったん宿舎に戻り、しばし休む。

6時5分から朝の食事。昨日と同じく、食事の時間は15分。

食堂内は写真撮影が禁止であったためメニューはお見せできないが、 白米、キムチ、きゅうりの漬物、大豆の煮もの、果物が入ったサラダ。そしてトックグク(小さく切った餅が入った韓国の伝統的なスープ)。

トックグクが抜群においしかった。

昨年、初めてのテンプルステイに出かける前までは、かなり食事のことを心配していた。

シンプルな味付けの、シンプルなおかず、当然肉類はないし、何か物足りなさを感じるんじゃないだろうか。お腹がすごく空くんじゃないだろうか、と。

ところがこの心配は杞憂(きゆう)に終わった。お寺の食べ物はとてもおいしい。大好きな肉類がなくても全く平気なぐらいに。

上手に、丁寧に調理されているからというのもあるだろうし、今ここでいただけるものを食べておかなくてはいけない、という状況もまたプラスに作用しているのかもしれない(夜中に小腹が空いても、コンビニなどないのだから!)。

おかずを1つひとつかみしめて食べる。しかもおしゃべりをしないから、食べることだけに集中している。

集中することで、しっかりと目の前の食材の味をかみしめることになる。今日もこんなにおいしい食事ができてなんとありがたいこと! そんな気持ちにさせられる。

大蔵経板殿の中には8万1340枚の経版が収められている
大蔵経板殿の中には8万1340枚の経版が収められている


さて、いよいよ「八万大蔵経板」が収められた大蔵経板殿の見学の時が来た。海印寺大蔵経板殿は、韓国の国宝第52号であり、ユネスコ世界文化遺産にも登録されている。

「八万大蔵経板」とは、8万枚以上の版木に経典が刷られているもので、現存する版木の大蔵経の中では最も古い。しかも高麗時代に完成した当時の状態のまま大蔵経板殿の中に保管されているのだ。

大蔵経板殿は、扉、窓などの位置や大きさを工夫することで殿内が常に適正温度に保たれており、それでいて風通しもいいという。

近代的な保管システムではない、限りなく自然の知恵を生かした大蔵経板殿を目の当たりにし、先人の知恵に驚かされた。

一歩中に入っただけで、歴史の重さをずんっと感じる。膨大な量の版木が整然と並ぶ様子に圧倒された。きちんとラベルが貼られており、経典の順番に並んでいる。

そこに刻まれた文字が見えるが、1つひとつの繊細さは目を見張るものがある。700年以上前に行われた緻密、かつ膨大な量の作業を想像すると気が遠くなりそうだ。

多くの見学者が嘆声を漏らしていた。見学は立ち止まってみることはできず、ゆっくりと歩きながらごく短い時間だけだったが、充実のひとときであった。

現在、毎週土曜日と日曜日、1日2回ずつ完全予約制で見学ができるほか、今回筆者が参加したテンプルステイの海印寺大蔵経板殿見学が含まれているプログラムに参加することで実物を見ることができる。

印刷した紙はお土産として持ち帰り可
印刷した紙はお土産として持ち帰り可


最後は「八万大蔵経」が刻まれた経版に墨をつけて紙に写す体験だ。ローラーで墨をしっかりとつけ、薄い紙を載せ、上から均等にこする。紙をゆっくりと剥がすと、文字が印刷されている。

学生のときに学んだ版画を思い出しながら、まんべんなく圧力をかけたつもりだったが、ある文字は濃く、ある文字は薄く、とても印経本にはできないレベルで仕上がった。

均等な濃さで文字を写し取るのは意外と難しく、そこにもきっと技術が必要だったのだろう。

鍵を閉めて退室。また来るぞ、と心に誓って
鍵を閉めて退室。また来るぞ、と心に誓って


2日間の日程も終わりのとき。最後は部屋の片付けをして、布団からカバーを外し、指定の場所に返却する。ごみは自分でごみ捨て場に捨てに行く。

自分が2日間過ごした宿所を去るのはなんだか寂しい気がするから不思議だ。たった2日なのに……。

規則正しい過ごし方が良かったのか、仏教の世界に身を置くことで自分の中の何かが変化したのか、あるいはおいしかった精進料理に未練があるのか……。

今回筆者が体験したテンプルステイのプログラムは1泊2日で成人10万ウォン(※約1万700円)、1人部屋の使用料は13万ウォン(※約1万3900円)だった。金額は寺院やプログラムにより異なる。

予約は各寺院のホームページから、あるいはテンプルステイのホームページから可能だ。人気がある寺院の予約は早く埋まってしまうため、常にチェックしておくことをおすすめする。

「自分のことを見つめ直したい」、そう思ったときが出発のときかもしれない。

※レートは2024年8月7日時点のもの

<参考>
テンプルステイ

松田 カノンプロフィール

翻訳家・カルチャーライター。在韓16年目、現地のリアルな情報をもとに韓国文化や観光に関する取材・執筆、コンテンツ監修など幅広くこなす。著書に『ソウルまるごとお土産ガイド(産業編集センター)』などがある。All About 韓国ガイド。


執筆者:松田 カノン(翻訳家・韓国専門カルチャーライター)

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