

シネマ歌舞伎20周年で『野田版 鼠小僧』が上映! 見どころ&中村鶴松に聞く孫さん太、勘三郎との思い出
歌舞伎を気楽に楽しめると人気のシネマ歌舞伎。20周年を迎え、2025年度最初の作品はシネマ歌舞伎第1弾として上映された『野田版 鼠小僧』です。シネマ歌舞伎の魅力、『野田版 鼠小僧』の面白さについて、後半は当時子役だった中村鶴松さんにお話を伺います。※サムネイル写真:松竹
皆さんは「シネマ歌舞伎」をご存じですか? 日頃歌舞伎をよく観ている人にも、観たことのない人にもおすすめしたいのがシネマ歌舞伎。シネマ歌舞伎が始まって20周年を迎える2025年度、最初の作品は20年前にシネマ歌舞伎第1弾として上映された『野田版 鼠小僧』です。
シネマ歌舞伎の魅力とは? とびきり面白い『野田版 鼠小僧』とは? そして、20年前の上演当時、子役として『野田版 鼠小僧』でひときわ輝く演技を見せた、現在中村屋で歌舞伎俳優として大活躍中の中村鶴松さんにお話を伺いました。

桟敷(さじき)席のような臨場感で歌舞伎を堪能できるシネマ歌舞伎

シネマ歌舞伎は、歌舞伎の舞台公演を高性能HDカメラで撮影し、スクリーンで上映するものです。歌舞伎座まで足を運ぶのが難しいという人はもちろん、1階の良席で観る機会はなかなかないという人でも大型スクリーンで歌舞伎を観ることができますから、その迫力、臨場感には圧倒されること間違いなし。
下座音楽やセリフも聞き取りやすく、舞台を観た人でも新しい発見があるのはシネマ歌舞伎ならでは。
また、舞台で観るときには一定の視点からしか観られませんが、上手(かみて)から、下手(しもて)から、寄りで、引きでとさまざまな視点から楽しめるのもシネマ歌舞伎のよいところです。基本的に上映されるのは1演目なので、2時間ほどの短時間で安価に観られるのもうれしいポイント。

「全国の人にもっと手軽に歌舞伎を楽しんでほしい」という松竹の思いのもと、シネマ歌舞伎が初めて作られたのは2005年のこと。今では、毎月上映を行う「月イチ歌舞伎」という特集上映をはじめ、全国の映画館でバラエティー豊かな演目が上映されています。
2005年に第1弾として作られたのが、野田秀樹作・演出、中村勘九郎(故・18世中村勘三郎)主演の『野田版 鼠小僧』でした。2003年8月に歌舞伎座で上演され、チケット完売の大当たりとなった公演の上映化。今年度、シネマ歌舞伎20周年を記念して上映される第1弾として、誠にふさわしい作品です。
コミカルでシニカルでほろりとさせる『野田版 鼠小僧』
では、4月4日から東劇や、そのほか全国の映画館で上映される『野田版 鼠小僧』とはいったいどのような作品なのでしょうか。
芝居『鼠小僧』が大評判の江戸の街で、金にがめつい棺桶屋の三太(18世中村勘三郎)が、ひょんなきっかけから“鼠小僧”と呼ばれるようになっていきます。鼠小僧といえば、悪人から金を盗み庶民にお金を分け与える義賊のはず。棺桶屋の三太がなぜ鼠小僧となるのか、また金にがめつい三太が庶民に施しをすることはできるのか。
幕開きは劇中劇の『鼠小僧』。花道から出てきて、本舞台の上にしつらえた屋根の上での鮮やかな大立ち回りで見得を決めるのは、今は亡き18世中村勘三郎(当時中村勘九郎)。あっという間に観客は『鼠小僧』の世界へいざなわれていきます。
そして場面が変われば、勘三郎はがめつい棺桶屋の三太となり「金、金、金、金」と縦横無尽に舞台を駆け回ります。セリフも現代的ですし、テンポよくスピード感にあふれており、「歌舞伎って難しいのかな」という先入観は、簡単に払しょくされます。
コメディーかと思いきや、肩書や権力に振り回されて本質を見失う民衆の愚かさも見せ、20年前も今も変わらないなというほろ苦い気持ちにも。ラストには孫さん太にほろりとさせられる、野田秀樹と中村勘三郎のタッグならではの力強い作品です。

芝居に出てくる中村勘三郎や坂東三津五郎はすでに亡くなってしまいました。こうした名優の至芸が見られるのも、シネマ歌舞伎ならではのこと。
また、現在の歌舞伎界を担う俳優の、若かりし頃の熱演が見られるのもシネマ歌舞伎の楽しいところ。現中村勘九郎、中村七之助兄弟がはつらつとした演技を見せてくれますし、当時の子役も今歌舞伎界で活躍しているのです。
孫さん太を演じた子役は現在歌舞伎俳優として活躍中の中村鶴松さん
当時『野田版 鼠小僧』で子役ながら抜群の存在感を見せた清水大希クンは、現在歌舞伎の舞台で「中村鶴松」として活躍しています。2021年には歌舞伎座『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち) 豊志賀の死』で主役級の新吉役に抜てき。2022年には自主公演『鶴明会』を旗揚げ、チケットは即完売という人気ぶりを見せつけました。
2024年には歌舞伎座で『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)~野崎村~』でお光役をつとめ、絶賛されました。筆者も観劇しましたが、お光ちゃんの悲劇に観客席のあちこちからすすり泣きの声が聞こえていました。歌舞伎座の観客全てを味方にしたのは孫さん太のときと変わらず、彼の実力だからこそのなせるわざでしょう。
鶴松さんは、1995年生まれ。一般家庭の出身ですが3歳で児童劇団に入り、5歳のときに歌舞伎の子役オーディションを受け、歌舞伎の舞台に子役として呼ばれるようになりました。
7歳のときに『佐倉義民傳』や『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』といった舞台で中村勘三郎の目に留まるようになり、『野田版 鼠小僧』の孫さん太役としてオーディションに合格。そしてこのとき、勘三郎に正式に中村屋の部屋子になることをすすめられ、10歳で中村屋の部屋子となりました。
スクリーンでは、舞台上で張りのある声で、舞台度胸満点の子どものころの鶴松さんを観ることができます。名優勘三郎を相手にして全く物怖じすることなく演技する大希クン。孫さん太は芝居の中でもとても大切な役どころなので、大希クンの名演技がこの芝居を成功に導いた要因の1つと言っても過言ではないでしょう。
中村鶴松さんにとっての20年。そしてこれから
今回、鶴松さんのインタビューをすることができました。

1995年生まれ。東京都出身。2000年5月歌舞伎座『源氏物語』竹麿役で初舞台。2002年『霊験亀山鉾(れいげんかめやまほこ)』の石井源次郎役で国立劇場特別賞を受賞。
2003年『野田版 鼠小僧』孫さん太役で好評を博す。2005年、10歳で中村屋部屋子に。歌舞伎座『菅原伝授手習鑑~車引~』杉王丸などで2代目中村鶴松を名乗る。
2022年に自主公演『鶴明会』を旗揚げ。『春興鏡獅子』小姓弥生後に獅子の精、『高坏』次郎冠者。2024年2月歌舞伎座『新版歌祭文~野崎村~』お光役で主役をつとめる。
――『野田版 鼠小僧』で孫さん太役をされたのは、鶴松さんが8歳のときですね。映像を観ると、大変声に張りがあり、勘三郎さん相手に堂々としていて舞台度胸が満点で驚かされます。勘三郎さんからはどのような演技指導があったのでしょう。
鶴松さん(以下、鶴松):細かい指導はなかったんですよね。
普通だったら「こういうふうにやって」とか、「もっとこういう感じで」という演出が入ると思うんですけれど、そうではなく、いろいろなやり方を稽古場で試して、それいいねとなればそれを定着させたり、家族や子役の先生と考えて明日のプランを野田さんに提出するというようなやり方だったと思います。

――それは意外でした。ファーストシーンで思い切り勘三郎さんを蹴飛ばしている様子がとても自然だったので、かなり指導が入ったのかと思いました(笑)。
鶴松:オーディションのときに指定された演技が、野田さんの足を蹴るということだけだったんですよ(笑)。
――カーテンコールの様子を観ると、後ろからギュッと勘三郎さんに抱かれていて、勘三郎さんからとても大切にされている様子が分かります。
鶴松:あの歌舞伎座という大きな舞台で、いち子役である僕のセリフで幕が閉まるんです。そんな役ってまずないですよね。
勘三郎さんはおそらくこの芝居をやるにあたって、これを歌舞伎座でやっていいのか、先人たちの桧舞台を汚さないかといった不安は誰よりもあったと思います。その中で、最後の一番いいシーンのセリフを子役に言わせて幕を閉めるって、それだけでも度胸のいる選択ですよね。
そのプレッシャーを子どもには感じさせないように、自由にやってくれたほうがいいと考えたのではないでしょうか。特に歌舞伎の子役は自由度が少なくて(セリフの言い回しにも決まったやり方があり)機械的な人形のようなところがありますから。そうではなく、自由にやらせたかったのかなと今になっては思います。
――それを立派にやり遂げた大希クンですから、勘三郎さんも思わずギュッとしたくなったんですね。その後中村屋の部屋子となって、どのような変化がありましたか?
鶴松:部屋子になって人生が決まってしまったというより、子どものころから好きなことをやって、好きな人に出会って、この人のもとでずっとやっていくと思って、気付いたら今、というような感覚です。良くも悪くも当時は何も考えていなかったですね。
お客さんが拍手をしてくれ、ときには「中村屋」とか「鶴松」と声を掛けてくれたりして、その気持ちよさのようなものに酔いしれていたと思います。
――中村屋の部屋子となったものの、17歳のときに勘三郎さんが亡くなってしまいます。受験勉強中であまりお芝居にも出ていなかったとき、しかも受験直前で生涯の師匠と定めた方を亡くしたのはさぞショックが大きかったのではないかと思います。
鶴松:それはもう……。ありえないという気持ちでした。
――歌舞伎俳優を続けることに迷いはありませんでしたか?
鶴松:大人になるにつれいろいろな感情も芽生えて、悩み苦しんだ時期もありました。ただ、勘三郎さんとは17歳まで一緒にやってきました。3番目の息子だからと言ってくれたこともあり、どこかで恩返しをしないといけないという気持ちはありました。
また、勘三郎さんがとても大切にしていた演目である『春興鏡獅子』ですが、「次に『鏡獅子』をやるのはお前だよ」と言われたり、いつかやってくれよと言われたりした演目はほかにもいくつかありますので、しっかりその意志は受け継いでやっていきたいと思っています。

――『春興鏡獅子』は、2022年の自主公演でされましたね。1つずつ宿題をクリアしていく、約束を果たす過程というところでしょうか。
鶴松:そうですね。
――鶴松さんは一般家庭から歌舞伎界に入ったため御曹司というわけではありませんが、3番目の息子という肩書はついている。そのどっちつかずの難しさを感じたことはありますか?
鶴松:確かに「3番目の息子」という言葉はうれしいけれど、やはりどこかでその言葉が自分を苦しめている面はあるのかもしれないですね。あまり考えないようにしていますが。
ただ勘九郎、七之助の兄たちに「お父さんの思いで僕らが継げないことをお前が継げる一面もあるんだよ。お前にはお前の道がある」と言われているんです。
役者は人それぞれ得意な役も性格も、見た目も違います。勘三郎さんの思いを継いでいくために、お兄さんたちができなくて自分ができることなら、しっかり中村屋の一員として守っていきたいという気持ちはありますね。
――それだけ、中村屋の一員として勘九郎さん、七之助さんにも期待されているということですね。勘九郎さんたちの言葉は、これから一般家庭から歌舞伎界へ入っていく人たちへのエールにも聞こえます。鶴松さんは、今は女方、立役とどちらもこなしていますが、これからはどのように歌舞伎俳優を続けていきたいと考えていますか?
鶴松:今までは女方が多かったのですが、30歳になりましたし、今後は立役もやりたいと意思表示するようになりました。1月の『新春浅草歌舞伎』でも、事前に立役希望の意思を示したから武智十次郎というお役をやらせてくれたのかもしれません。
立役も女方もやるメリットは絶対にあると思うので、どちらもやりながら立役を勉強したいです。
――勘三郎さんから与えられた宿題を1つずつこなしつつ、ご自身が勘三郎さんから継いでいけるものは何かを時間をかけて探して、己の道を作っていく。そんな鶴松さんをますます応援したくなります。後に続く後輩のためにもますます頑張ってください。
『野田版 鼠小僧』舞台挨拶付き上映会に登壇
4月4日の公開に先立ち、3月28日に東劇にて「シネマ歌舞伎20周年記念『野田版 鼠小僧』舞台挨拶付き上映会」が開催され、多くの歌舞伎ファン、鶴松さんのファンが訪れました。
「今月30歳になりました。おじさん太です」との挨拶に会場もワッと盛り上がります。
鶴松さんは当時のオーディションの様子、勘三郎さんとの思い出、当時かつらではなく地毛にしたため、髪の毛を縛るゴムが毎回とても痛くてつらかったことなど当時の思い出を軽妙に語ります。
また、勘九郎さんに折に触れ「お前は鼠小僧のときが一番うまかったな」などといじられてしまうことなどを茶目っ気たっぷりに語り、会場の笑いを誘っていました。
勘三郎さんに対しては「何でも一生懸命やるということを背中で見せてくれました」と語り、今も変わらず尊敬の念を抱いていることを感じさせてくれました。
『鶴明会』の自主公演や歌舞伎座で野崎村のお光という主役を演じるなど、ここ数年は活躍が著しいことについて心境を聞かれると
「大きいお役をやらないと分からないことは多い。初めて大きな一歩を踏み出せたかな。今まで分からなかったものが少し見えるようになった気がしました。ちょっとずつステップアップして行けているのかな」
と一言ずつ考えながら、丁寧に語っていました。
シネマ歌舞伎に関しては、鶴松さん自身が今年のラインアップに4作品出演しているとのこと。ぜひ探してみてください。また古典をもっと映像にしてもよいのではないかという意見も率直に語り、うなずいている観客も多くいました。
「歌舞伎を観たことのない人は、新作から観ていただくと入りやすいですし、歌舞伎に詳しい方はぜひ古典を観て舞台では分かりにくい細かい決まり事にも注目してほしいですね」とシネマ歌舞伎の魅力をアピール。大きな拍手の中、上映会は終了しました。
作品情報
「月イチ歌舞伎」2025年4月上映作品
『野田版 鼠小僧』4月4日(金)~10日(木)※東劇は延長あり
作・演出:野田秀樹
出演:中村勘三郎、坂東三津五郎、中村福助、中村扇雀、中村芝翫、坂東彌十郎、片岡孝太郎、中村獅童、中村勘九郎、中村七之助、坂東新悟、坂東吉弥、ほか
<参考>
シネマ歌舞伎 公式Webサイト
シネマ歌舞伎 公式X(旧Twitter)/@cinemakabuki
執筆者:宗像 陽子(歌舞伎ガイド)
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