ランデルノー、ブルターニュの静かな輝き アンリ・カルティエ=ブレッソン回顧展を訪れて(松井孝予)
ボンジュール、突然ですがみなさん、ランデルノー/Landerneau をご存知ですか。「?」という答えが予想できるのですが。「ブランド名?」「ワインのドメイン?」「人名?」なども想像に浮かびそうですね。正解は、地名です。
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ランデルノーはフランス北西部、ブルターニュ地方にある、美しい川沿いの景観と歴史的な趣を併せ持つ、アートと文化が静かに息づく小さな街。観光地としての知名度は、同じブルターニュのサン・マロには到底及びません。だからこそ、「小さな宝石のような街」と名付けたくなるのです。
このランデルノーに佇む Fonds Hélène & Edouard Leclerc pour la culture / FHEL(ルクレール文化財団)。元カプチン会修道院を改装したこの施設は、2012年の開館以来200万人以上の訪問者を迎え、フランス西部を代表する文化スポットとなっています。
ルクレール家は1948年、ランデルノーで小さな食料品店を始め、フランス流通業界のトップ企業へと目覚ましい発展を遂げました。その成功を背景に、アートへの情熱を注ぎ、2011年にこの財団を設立。現在、完全な私的資金で運営され、地域に根ざしつつも、国際的な展覧会を実現しています。
アートをもっと身近に感じたい_そんな思いで設立されたFHELでは、毎年1~2つの大規模な展覧会を開催し、ピカソやミロ、シャガール、ジャコメッティといった巨匠たち、現代アートやモダンアート、さらにはバンドシネのエンキ・ビラルなど、象徴的な作品を紹介してきました。
2012年の開館以来、来場者数は200万人を突破。広さ1,200㎡の展示ホール、17世紀の礼拝堂、そして緑豊かな中庭。自然に囲まれた「美術館の別荘」という表現がぴったりのこの場所では、パリの文化施設では得られない特別な体験が待っています。
アンリ・カルティエ=ブレッソン回顧展
Henri Cartier-Bresson
Fonds Hélène & Edouard Leclerc
https://www.fonds-culturel-leclerc.fr
現在、この財団ではアンリ・カルティエ=ブレッソン / Henri Cartier-Bresson(1908–2004)の回顧展が、パリを拠点とするアンリ・カルティエ=ブレッソン財団 / Fondation Henri Cartier-Bresson とパートナーシップを組んで開催されています(2025年1月初旬まで)。
「決定的瞬間」「世紀の目」として知られるこの写真家。この回顧展では、その称号を新たな発見とともに再確認できる、驚きと興奮に満ちた素晴らしい機会となっています。(パリから足を運んで、本当に良かった。)
「カルティエ=ブレッソンはフランスの宝」とよく言われるその通り。信頼されるハイクオリティメディアでも、「ランデルノーのカルティエ=ブレッソン!」と絶賛されています。それでいて、難しいとか、わからないとか、そうした展覧会レベルでのハードルは、まったくありません。そこがFHELの魅力です。
FHELを訪れた際にお会いしたのは、ジーンズとスニーカー姿で現れたミシェル=エドゥアール・ルクレール / Michel-Edouard Leclerc さん。E.Leclercグループの会長であり、FHELの会長でもありますが、72歳にはとても見えない若々しさでした。そのミシェルさんが満面の笑みで語ったのは、「ブルターニュで初めてのカルティエ=ブレッソン、そして財団で初めて写真をテーマにした展示です」ということ。そして、「写真を絵画のような芸術的地位に高めたかった」との思いも。
本展のキュレーターは、アンリ・カルティエ=ブレッソン財団のディレクター、クレモン・シェルー / Clément Chéroux さんです。カルティエ=ブレッソンの代表作を含む300点の作品に新たな発見を加えた23章で構成され、各章に展示されたポートレートが、この写真家を時代や特定の瞬間に結びつけています。
ランデルノーでお会いしたシェルーさんは、「カルティエ=ブレッソンを一人の写真家として統一することはできません」と語りました。本展の背骨とも言えるポートレートが時系列に沿って展示され、写真家としての彼の多面的な人生を鮮やかに浮かび上がらせています。
「カルティエ=ブレッソンは自分を撮影されたり、映像に収められたりすることを拒否しました。街で認識されることを避け、平穏に仕事を続けたいと考えていたのです。しかし1947年、ニューヨークのMoMAでの展覧会以降、彼は望まぬ形でその時代で最も敬愛される写真家の一人となり、生きる伝説となりました。時折彼に出会ったプロやアマチュア写真家たちは、彼の意に反してその姿を撮影しました。そのため、撮影中のカルティエ=ブレッソンのポートレートが数多く存在しています」とシェルーさんは話します。
「Japon 1965」と題された章には、個人的に最も驚きが詰まっていました。当時、朝日新聞の依頼で、日本に長期滞在(正確な期間は分からないものの)しながら撮影した作品の多くが、これまで目にしたことのないものであり、さらにその撮影スタイルもこれまでとは異なっていたからです。
この滞在が写真家にどのような影響を与えたのか、そして他の時代との違いについて、シェルーさんに尋ねてみました。
「とても興味深いのは、1960年代中盤の日本で撮影された彼の写真が非常に静かであることです。彼のキャリア初期やマグナム時代(1940~50年代)の写真に見られる情熱的な視点とは明らかに異なります。この違いが日本滞在に起因するものなのか、それとも1950年代に彼が読んだ禅の本との出会いに関係しているのかは明確ではありません。しかし、日本での滞在を通じて、カルティエ=ブレッソンにとって東洋哲学が非常に重要で大切なものとなったことは確かです」と語ります。
カルティエ=ブレッソンについて15年前に出版された論文集で、シェルーさんはこの写真家と禅について執筆していました。出版当時、わたしは偶然にもその本を読んでいました。カルティエ=ブレッソンは1958年、画家ジョルジュ・ブラック / Georges Braque の家で、ドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲル著『弓術における禅』と出会いました。彼はこの本を通じて、「禅は写真のひとつのマニュアルであり、それ以上に、生き方やあり方そのものだと理解した」と語っています(以上、シェルーさんの論文の要約)。
いまやアンリ・カルティエ=ブレッソン財団のディレクターとなったその筆者であるシェルーさんと、ランデルノーで1960年代の東京を捉えた写真を前に、禅との関係について語り合える機会を得たことは、なんと幸運なことか。カルティエ=ブレッソンは東京で、弓を引くようにシャッターを切ったのかもしれない。ランデルノーでまたひとつ、カルチャーな体験を得ることができました。
メルシー・ボークー!
マルティーヌ・フランク
Martine Franck
アンリ・カルティエ=ブレッソン財団の協力により、カルティエ=ブレッソンの妻であり、写真家でもあったマルティーヌ・フランク / Martine Franck(1938–2012)の作品集が「国境なき記者団」による『報道の自由のための100枚の写真』で初めて特集されました。
マルティーヌ・フランクは、子どもたち、女性、移民、遠隔地の住民に焦点を当て、その存在を温かくも力強く写真に記録しました。彼女の作品は、人々を時間の流れから切り離し、「見るべき存在」として再び光を当てるものでした。その眼差しは常に優しく、押しつけがましさを感じさせません。彼女の写真は静かで深いメッセージを私たちに届けています。
写真集の販売は「国境なき記者団」にとって重要な資金源となっています。写真集を無償で配布するすべての店舗の支援により、販売の収益はすべて団体に寄付されています。
ランデルノーを散策
FHELの2025年展覧会プログラムはまだ発表されていませんが、きっとまた魅力的な内容になるはず。そして、この街には、展覧会だけでなく訪れる理由がたくさんあります。
ランデルノーは、ブルターニュの魅力を凝縮した美しい小さな街です。たとえば、ロアン橋(Pont de Rohan)。エロン川に架かる中世の屋根付き橋で、橋そのものに住居や商店が一体化している珍しい構造です。一見すると橋には見えないその姿は、絵画のような美しさを放っています。川沿いを散策しながら、歴史的な雰囲気に浸ることができます。
また、サン・トマ・ド・カントルベリー教会(Église Saint-Thomas-de-Cantorbéry)も見逃せません。繊細なステンドグラスや彫刻が見どころのゴシック様式の教会で、静かな祈りの空間をひとときできます。
そして、素材が生きるシンプルで粋な「食」。ブルターニュはおいしい!
海の幸(ブルーオマールに蜘蛛ガニ,etc.)に野菜や果物。そして、ブルターニュと言えばやはり、クレープ、ガトー・ブルトン、クイーン・アマン、シードルなど、挙げればきりがありません。その中でも特におすすめしたいのが、エロン川沿いにあるショコラトリー&パティスリーのDouceurs Chocolat’s。この一見素朴な店構えのお店が、なんとガトー・ブルトンとクイーン・アマンのコンクールで何度も金賞を受賞しているのです。初めてその味を口にしたときの感動は今でも忘れられません。売り切れに遭遇した忘れ難き苦い経験もあり。早めの時間帯がおすすめです。
ランデルノーは、記憶に残る田園風景と地元の人々の温かさが感じられる、歴史的建造物と現代文化が融合した稀有な街です。観光ガイドブックでは伝えきれない、この街ならではのひとときをぜひ味わってみてください。
それではアビアント(またね)!
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松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。
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