<【推しの子】>大好きな作品を汚されたくない…“推し”持ちなら痛いほど分かるアビ子の涙、伝えられた漫画家側の心理
フィクションではあるが、芸能界やクリエイター業界の舞台裏をリアリティー強く描くアニメ「【推しの子】」(毎週水曜夜11:00-11:30ほか、TOKYO MXほかにて放送/ABEMA・ディズニープラス・FOD・Hulu・Leminoほか)。経験のある人は既視感や共感を覚え、一般の人にとっては噂で知ることや想像していた裏事情がまざまざと語られるため、おのずと話題もそこに集まっていく。7月17日に放送された第十四話「リライティング」ではとりわけ漫画家側の心理を伝えるエピソードが展開され、視聴者から大きな反響を呼んだ。(以降、ネタバレが含まれます)
過酷な週刊連載、それを終わらせないようにする編集者の仕事
「東京ブレイド」を降ろされた脚本家・GOA(CV.小野大輔)に助け舟を出すため、アクア(CV.大塚剛央)たちが頼ったのは鮫島アビ子(CV.佐倉綾音)の師匠、吉祥寺頼子(CV.伊藤静)。そこでは頼子の爆弾発言が連発された。
「週刊連載って人間のやる仕事じゃないから」「脳を週刊用にチューンナップされた兵士がやる仕事だから」と、にこやかにすさまじい例えをする頼子。実際、週刊で人気連載を抱える漫画家の過酷な多忙さは密着ドキュメンタリーで放送されることもあり、世の中にもよく知られていることだ。しかも、頼子が語ったように、描くだけで完結するわけではない。
メディアミックスとなれば様々な関係物への監修作業も入り、宣伝物をはじめとする連載原稿以外の執筆も依頼される。それはもう毎日が修羅場と言っても大袈裟ではない状況だ。筆者は多様な仕事で原作サイドへ監修依頼を出すことが多々あるが、指定日を過ぎても戻ってこないというのは珍しくもない。当然、進行が危ぶまれるため焦りは募るのだが、山積みの案件を抱える彼らの現場を知ると、不満は飲まざる得なくなってしまうものだ。
ちなみに記憶にある人もいると思うが、昔はゴールデンウィークでも休刊せず、すごいときには前倒しで雑誌が発売されていたことがある。月曜日に発売して、その週の連休前、木曜日にまた発売するというスケジュールだ。もしかしたら早売りで出ただけかもしれないが、どちらにせよ漫画家たちはそれに間に合うように描いていたのだから脱帽するしかない。
そして頼子の爆弾発言のもう1つが、編集者の仕事「売れた漫画を終わらせないこと」。SNSを見るとこの瞬間がとりわけ視聴者の反応が多く、いくつかの有名漫画のタイトルが投稿で並ぶことに。編集部の要望による連載の延命もまたよく聞く話だけに、リアルに感じた視聴者も多かったのだろう。
一方で、現在では連載の継続は漫画家の意向に委ねられるようにもなってきており、アニメ化で盛り上がった絶好のタイミングで連載を終了させた「鬼滅の刃」という事例もある。こちらは漫画家の意志が尊重された好例として、多くの視聴者が作品名を挙げていた。
大好きな作品を汚されたくなかったアビ子
その後の頼子とアビ子の舌戦では、メディアミックスにおける漫画家の心理が語られた。「東京ブレイド」の脚本に最大級の不満をぶつけたアビ子だが、そこには自分の作品への愛情だけでなく、大好きな作品が汚されるのは絶対に嫌だという気持ちがあったことも吐露される。奇しくもそれは頼子のヒット作「今日は甘口で」のことで、この作品が好きで頼子のアシスタントになったアビ子には、駄作と笑われたドラマ化が許せなかったのだ。
これはアビ子が指摘した通り、頼子がメディアミックスに口を出さない方針であったことの結果でもある。ただ、頼子は「やって良かった」とも答える。有馬かな(CV. 潘めぐみ)が何とか原作に報いようとした最終回渾身の演技は、ドラマ化をしなければ生まれなかった名シーンだからだ。もしかしたらアビ子は途中で耐えられなくなり、ドラマを視聴切りしていたのかもしれない。改めてそのシーンを観るアビ子の表情には驚きと理解の気持ちがたしかに浮かんでいた。
また、2人の舌戦シーンでは、頼子がアクアたちに語った「売れた漫画家は増長していく」という末の姿も強烈だった。「忙しさを言い訳にして破綻した振る舞いをしがちになる」というのは頼子の談だが、アビ子はまさにそれ。担当編集はなだめるしかせず、周囲は顔色をうかがうイエスマンだらけ。結果、出来上がったのが今のアビ子の状況だ。もちろんこれはあくまでアビ子のケースであって、そうでない人気漫画家、作家が多数いるのも事実。
原因の1つはアビ子の内向きでコミュニケーションの苦手な気質だが、だからこそ頼子が見抜いていたように、根っこは決して傲慢ではなく、「他者と分かり合いたい。それができなくて苦しんでいる子」がアビ子なのだ。舌戦の末に「どうしたら人とうまくできますか?」と泣き顔で訴えるアビ子が印象的だったが、能力や才能があり、1人でできてしまう人ほど身に覚えがあるアビ子の心理だったのではないだろうか。
アクアたちには力になれないと言った頼子だが、結果的に、アビ子に他者に歩み寄ることを諭す。そして、頼子がアビ子に手渡したのは、アクアから託された舞台「SMASH HEAVEN」のチケットだった。アクア自身、観劇して衝撃を受けたステージアラウンド。これを観て、GOAが優秀な脚本家であり、「東京ブレイド」の脚本も「脚本と装置がうまく組み合わさったプロの仕事」だと確信する。
アビ子は「SMASH HEAVEN」を観て、どういった反応を示すのだろうか。頼子に思いの丈を吐き出した今の彼女なら、自分以外の才能を認め、歩み寄ることもできるかもしれないが…。放送後のSNSには「アビ子ちゃん、いい師匠持ったな~」「2人の漫画家が言い合いながらも互いをリスペクトしあってるのにグッときました」「アビ子先生、ステアラ(ステージアラウンド)見て良い方向に転がったらいいなあ」など、様々な感想が寄せられている。
■文/鈴木康道
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