代理出産はクーリングオフできる?合理的な考えを突きつける『燕は戻ってこない』
4月30日からスタートして、現在3話まで放送された『燕は戻ってこない』(NHK総合・火曜22時~)があまりに怖すぎる。本作は桐野夏生の同名小説をドラマ化しており、手取り14万円の医療事務として非正規雇用で働く、“リキ”こと地方出身の29歳・大石理紀(石橋静河)が主人公。経済的に困窮しており、夜中も極力電気をつけずにひっそりと過ごす“限界OL”リキは、お金のために代理出産の代理母になることを決意。リキのこの決断を軸にストーリーが展開されるヒューマンドラマである。
貧困問題や不妊治療など、女性が今現在直面している様々な問題を丁寧かつリアルに表現しており、視聴中は身につまされてしまう。とりわけ、登場人物の“合理的”なセリフには何度も心をえぐられた気持ちになる。特に自分自身の遺伝子を残すことに強いこだわりを持つ元バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)の2話内のセリフにはゾッとされた。
基は代理母の候補が見つかったことを嬉々として妻の悠子(内田有紀)に伝える際、「こんなに簡単だったらもっと早く頼んどきゃ良かったよな。子供なんて早いに越したことはないからさ」という。妊娠や出産に対する認識がどこか軽い基に、悠子は「産んでくれる女性の気持ちはどうなるの?身体は?」「出産って命がけなの」と口にするが、基は「その人はさ、自主的に『代理母やりたい』って申し出たんだよね?」「俺達は対価を払う。お互いWin-Winなんだよね?」と無邪気に反論。
それでも悠子はもう少し慎重になるように促すが、基は「その女はさ、金に困って申し出たんだろ?だから誰の子でも良いんだよね?」「俺達が取り下げれば別の夫婦の子供を産む。もしその夫婦がタチ悪かったら?」「少なくとも俺達は十分に金を払うし誠意も尽くす。俺達のほうが代理母にとっても幸せなんじゃないか?」と返答。代理出産を純粋に“サービス”と捉えていることがわかるゾッとするセリフを連発した。
また、基同様に子供を強く望む基の母親・千味子(黒木瞳)のセリフも毎回怖い。中でも、3話で代理母が見つかったことを基から聞かされた時、 千味子に「もし産めなかったらクーリングオフとかできるの?」と口にする姿はインパクト十分。代理出産を通販サービスのように考えているのか、基以上に“なにか”が欠けている発言が飛び出した。
他人を軽く考えているのは草桶親子だけではない。リキの同僚で、生活苦のために風俗で副業しているテルこと河辺照代(伊藤万理華)の3話での発言もなかなか印象的。リキは代理母になることが決まったことをテルに報告するが、その中で「男に優しくされたことない。愛とかこのまま一生知らないかもしれない」と男性から愛された経験がないにもかかわらず、妊娠出産をすることになりそうな現状を吐露。
するとテルは「とりあえずプロに頼まない?」「愛はプロに頼めるんだよ?」と女性用風俗の利用を勧める。続けて、「風俗の友達、みんな買ってるよ。ホスト通うみたいなもの」「風俗で自分が買われてる子はそうやって憂さ晴らしするの。買われたら買い返す」「男は女を簡単に買うんだから女だっていいんだよ」と背中を押した。
草桶親子やテルの発言からは、「お金を払えば他人の性を“買う”ことは問題ない」という認識が伺える。確かにお金で性を売買することに双方が合意していれば、基の言う通りWin-Winなのかもしれない。ただ、倫理観というフィルターを通すと違和感を覚えてならない。なにより、リキや恐らくテルの風俗で働く友達も経済的に困窮しており、好き好んで性を売っているわけではない。経済事情により売らざるを得ない状況を追い込まれていることを鑑みると、やはり彼らの“合理的”な考え方には賛同し兼ねる。
とはいえ、基が「俺達のほうが代理母にとっても幸せなんじゃないか?」と問いかけた基に、悠子は明確な説得ができずに代理出産を利用することを決めていた。このシーンを見てわかる通り、こういった合理的な意見を説得することは難しい。恐らく、今後も倫理観的に違和感を覚えるものの、どう反論して良いのかわからないケースに多く直面することが予想される『燕は戻ってこない』。言い返すことが難しい恐ろしいほどの“合理性”にどのように登場人物が対峙するのか注目したい。
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