上島竜兵 うえしまりゅうへい

「上島竜兵」に関する記事の一覧です。モデルプレスでは「上島竜兵」に関する情報をいち早く皆さんにお届けしていますので、是非とも毎日チェックしてくださいね!

「上島竜兵」に関連するモデルプレス記事

公式サイトやブログへのリンク

上島竜兵のプロフィール

上島竜兵

ダチョウ倶楽部の1人。
生年月日:1961年1月20日
出身地:兵庫県
血液型:AB型
身長:158cm

■来歴

元々は俳優志望で、青年座研究所、テアトル・エコー附属養成所に在籍していた事がある。テアトル・エコー附属養成所の同期だった寺門ジモンに誘われて渡辺正行の下を訪ねたのがきっかけで、お笑いの道に入る。その際、渡辺に紹介されたのが南部虎弾と肥後克広で、それがダチョウ倶楽部の原型になる。南部脱退後、テレビで活動する機会が多くなり、ダチョウ倶楽部はその存在を世に知らしめることとなる。

2005年8月には自伝&写真集『これが俺の芸風だ!!』を上梓。2008年2月には、『わらしべ夫婦双六旅』で新橋演舞場初出演し、初の本格的な舞台に挑んだ。

■人物

「笑われようと、笑わせようと、そこに笑いさえあれば、変わりはない」を持論としている。逆に、「人をさげすんだ笑いはイヤ」とも語っている。

『虹をつかむ男』にホームレスとしてワンシーンの出演をした際、細部までこだわる山田洋次に「今日用意された衣装の中に、竜ちゃんの役にしっくりくる衣装がない」という理由で翌日に撮影が延期された。帰ろうと私服に着替えて挨拶に向かった上島は山田に「それだ!!」と見初められ、結局、私服でホームレス役として出演した。

志村との交流を持つようになった契機は、友人の川田利明から「志村が酒の席で『上島に会いたい』と言っていた」という電話がかかってきた。しかし、当時は志村と面識があまりなかったため遠慮して断ったが、川田からそれでも会いたいと何度も電話が掛かってきて、最終的には志村本人から「俺の酒が飲めないのか」と冗談で脅され、志村の元へ駆けつける。そこで志村と酒を飲んで電話番号を交換し、さらには「今度仕事をしよう」と言われて飲み会が終わるが、数日後スケジュールに『志村けんのバカ殿様』の仕事が本当に入っていた。社交辞令だと思っていた上島は驚いて志村に電話、再び酒を飲み志村から「もっと甘えて来ても良い」と言われる。その瞬間から志村にとことん甘えるようになった[5]。また、大野智や松岡昌宏などドラマ『怪物くん』の共演者とも交友があり、大野のためにこれまでしてこなかった携帯のメールを覚えた程。また、大野のことを「大ちゃん」と呼んでいるが、松岡に対しては16歳年下であり、芸能界でも後輩にあたるにも関わらず「松兄(まつにい)」と呼んでおり、それに対し松岡は上島のことを「竜ちゃん」と呼んでいる。竜兵会で集まっていても大野や松岡がその店にいれば迷わず優先し、3時間程戻ってこなかったことがある。携帯電話ではメールも打てないので通信手段は通話のみ。しかしドラマで共演した大野智と仲良くなり、大野に嫌われたくないため、前述したようにメールを覚えて使えるようになったとのこと。

朝長美桜に『ポイントゲッター!』というギャグを伝授したことがある。

芸能界のライバルは出川哲朗である。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
上島竜兵を「ウィキペディア」で参照する