

とろっと濃厚な「チコリのロースト」が逸品! 清澄白河に静かに佇む、実力派イタリアン『イルトラム』
2019.07.22 10:48

清澄白河の静かな通りに溶け込む、わずか10席の隠れ家イタリアン
ブルーボトルコーヒーの日本一号店がオープンしたことから、“コーヒーの街”“アートの街”として新たな賑わいが生まれている「清澄白河」界隈。その清澄白河で、リピーターが非常に多い“隠れ家イタリアン”として知られているのが『il tram (イルトラム)』だ。
店名の『il tram』は、イタリアの路面電車「tram」のように街に溶け込み、親しまれる店になって欲しいという願いから名付けた。

調理からサービスまでを一手に担っている川邊亮祐(かわべりょうすけ)シェフは、神奈川県の小田原出身。東京都内のレストランで経験を積み、2013年6月にこの店をオープンした。野菜中心で、動物性のブイヨン、バター、生クリームを使わず、シンプルな調理法で素材の最高の味を引き出す川邊シェフ独特のイタリアンのファンは多く、予約は常に満杯状態だ。
「イタリアンをベースにした、自分独自の料理になってきています」

予約待ちをしても食べたいという人が多い、川邊シェフ独特のイタリアンの魅力を紹介する。
メニューは、3品の前菜を中心にした「おまかせコース」のみ

(土日限定のランチタイムには、同コースに加え、品数が2品少なく「小さなドルチェ」が付く2,800円のおまかせコースもあり)
面白いのは「おまかせ」のコース構成。
最初に季節のスープとチーズ、次に前菜が3皿、パスタ、肉料理と、前菜が非常に充実している。なぜここまで前菜に力を入れているのだろう…。
「それは自分自身が、ほかの店に食べに行っても前菜ばかり注文してしまうほどの前菜好きだからです(笑)」(川邊シェフ)。
味付けも素材も、超シンプル。なのにすべての料理に驚きがある

季節のスープは、冷たく冷えたガラスの器に盛られたトマトの冷製スープ。味付けは、裏ごしした梅干しの塩気のみ。上にトマトのソルベ、大葉の千切りと生大根の角切りをトッピングしている。


ブッラータ(生クリームをモッツァレラで包んだフレッシュチーズ)は、トマトと塩、オリーブオイルだけでも充分おいしいが「それだけじゃ面白くないと思って」(川邊シェフ)と、フムスのような豆のペーストをソースにしている。トッピングは刻んだアーモンドとディル。


前菜1品目は、アスパラガスのソテー。まるで寝床のようにたっぷり敷かれたチーズの下には半熟卵。トッピングはボッタルカ(イタリア産のカラスミ)。
「アスパラガスは中まで塩気がしみこみにくい野菜ですから、塩味が強めでうまみのかたまりのようなペコリーノチーズをたっぷり添えました」(川邊シェフ)。


スペシャリテには、意外な食材を使ったローストが登場

前菜2品目は、細かく温度調節をしながら1時間ほどかけて焼き上げたチコリ。通年メニューであり、『il tram (イルトラム)』のスペシャリテだ。
味付けは、ゴルゴンゾーラ・ピカンテ(青カビがしっかりと入っていて、ピリッとした青カビ特有の辛さが味わえるゴルゴンゾーラチーズ)と、少量の黒胡椒、炒った松の実のみというシンプルさ。
ひとくち食べて驚いたのは、ローストしたチコリのバターのようにやわらかくなめらかな舌ざわり、そしてチコリのイメージをくつがえす濃密な甘さ。その奥に掘りたての筍のような、野性味のあるほろ苦さが潜んでいる。
それだけでもおいしいが、そこにゴルゴンゾーラチーズのピリリとした辛味、塩味が加わると、チコリが内包していたうまみが一気に膨らむ。
チーズの分量によってもそのバランスは変わり、葉先と根元でも味わいが異なる。微妙な違いを味わっているうちに、一株を夢中で食べてしまう。

ヒントとなったのはフレンチでは非常にポピュラーな、「アンディーブとリンゴとクルミ、ブルーチーズのサラダ」。
ナイフの重みだけで沈んでいくほどのやわらかさなのにくずれることなく、しっかりした食感を保っているのは、外国産の大ぶりなチコリを使用しているからだ。ベルギー産をメインに、季節によってはカリフォルニア産も使用している。
「1年中お出しするので、毎月いらっしゃる常連の方は年に12回も召し上がることになります。でもチコリにも個体差があり、持っている水分の量が違うので、毎回、微妙に違う仕上がりになるんですよ」(川邊シェフ)。

食後感を軽くしたいから、料理にブイヨン、生クリーム、バターを使わない。

前菜3品目は、季節の魚を使ったロートロ。ロートロとは、肉や魚をロール状に巻いて焼く調理法のこと。
「メインが肉料理だけなので、前菜にひとつは魚料理を入れるようにしています」(川邊シェフ)。


キノコ6種のうまみが凝縮されたパスタは、極上のコクと香り

前菜3品の後は、パスタ。シイタケをメインにホワイトマッシュルーム、ブラウンマッシュルーム、エノキ2種類、マイタケをミックスし、ソースに仕上げている。キノコの香りとうまみを凝縮したようなソースと、手打ちのもっちりしたフェットチーネとの相性が抜群。たっぷりかけたサマートリュフが、さらに味に深みを与えている。
この後、肉料理でコースは終了。
フルコースを食べた満足感があるのに、食後感は意外なほど軽やか。野菜をメインとした料理が多いこと、動物性のブイヨンの代わりに昆布でひいただしを使い、コクや深み、味の奥行きをバターや生クリームではなく、個性豊かなチーズで出しているからだろう。
確かに伝統的なイタリア料理と一線を画した、“川邊シェフ独自のイタリアン”。そこに魅かれる人が多いことがわかるような気がする。
「本当は、料理よりワインの説明をしたいくらい(笑)」
この店のもうひとつの魅力は、川邊シェフ自らのサービス。シェフ1人で調理もサービスも行っているのに、全く慌ただしさやせわしなさを感じさせず、各テーブルに料理を配りながら、きびきびと、そして楽しそうにワインや料理の説明をしている。
だからシェフ1人でも気を遣うことなく、こちらもリラックスしてゆったりと食事を楽しめるのだ。
「店を持つなら、お客さんの顔がすべて見渡せるサイズにして、全部のお客さんと直接、関われるようにしたかったんです。キッチンで調理だけして、サービスはスタッフ任せにするくらいなら、正直、店をやっている意味なんてないと思っているくらいです」(川邊シェフ)。

小さな店でテーブルの距離も近いので、川邊シェフとお客が会話していると、その喜びがさざ波のように伝わって、店全体が幸福感に包まれる。おいしい料理とワインだけでなく、そんな極上の幸せを求めて、人はこの店を訪れるのだろう。



【メニュー】
おまかせコース 5000円
土日限定ランチタイムのおまかせコース 2800円
グラスワイン 900円~
ボトルワイン 4800円~
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
il tram(イル トラム)
東京都江東区三好4-9-5 1F050-3476-4035(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
火~金
18:00~23:00
土・日
12:00~14:30
18:00~23:00
月曜日
※祝日の際は翌火曜日

この記事の筆者:桑原恵美子(ライター)
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