嫁が台所に立たなくなった理由を息子から聞いた日
月に一度の日曜日
息子夫婦のマンションを訪ねるのは、月に一度の楽しみです。「元気にしてた?」とみかんを渡して中に入り、何気なく台所の冷蔵庫を開けました。ペットボトルのお茶と調味料、卵がひとつ。料理をしている気配がまるでありません。
「外食ばかりして料理してあげなよ」。お嫁さんは「すみません」と小さく頭を下げました。もう何度目かのやりとりです。帰り際に「ちゃんと食べさせてあげなさいね」と伝えると、「はい」と笑顔で頷いてくれました。でも、その笑顔がいつも少しだけ硬いことに、私はずっと気づけていなかったのです。
水曜日の電話
その週の水曜日、息子から珍しく電話がありました。「母さん、あいつに料理のこと言うのやめてくれないか」。いつになく低い声でした。
「俺が言ったんだよ。うちの母さんの味とは違うなって」。息子は続けます。「あいつ、結婚してから3ヶ月毎日台所に立ってたんだよ。母さんに教わった肉じゃがも作ってた。でも俺がそう言ったら、あいつ一度も包丁を握らなくなった」。受話器を持つ手に力が入りました。
世界一の味
電話を切った後に思い出したのは、息子が小さかった頃のこと。食卓で「お母さんの料理が世界一でしょ?」と聞くたびに、息子は大きく頷いてくれました。
あの言葉がうれしくて何度も繰り返した私が、息子の中に「お母さんの味が基準」という物差しを植えつけていたのだとしたら。お嫁さんが肉じゃがを覚えてくれたのは、息子のためだけではなく、私との距離を縮めたかったからだったのかもしれません。その気持ちを、息子の無神経なひと言と、私の繰り返す小言が一緒になって押しつぶしていた。目頭が熱くなりました。
そして...
翌月の日曜日、私はいつもの手土産ではなく紙袋をひとつ持って玄関に立ちました。中身はエプロン。お嫁さんの分ではありません、私の分です。
「今日は台所を借りてもいい? 一緒に作りたいものがあるの」。お嫁さんは少し目を丸くして、それからそっと目元を赤くしました。肉じゃがを二人で作ろうと思いました。あの子が覚えてくれた味を、隣に並んで。
(60代女性・専業主婦)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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