「お疲れさま」としか言えなかった卒業式の日、俺が飲み込んだ言葉
言えなかった本音
妻が「私、大学に行きたいの」と言った夜、テーブルに並んだ資料を見た瞬間、胸の奥がざわつきました。学費のシミュレーション、カリキュラムの概要。きちんと準備された書類を前に、俺が最初に感じたのは、応援でも心配でもなく、腹の底から湧いてくる苛立ちでした。
「40歳で大学なんてお金の無駄だよ」「今さら大学出てどうするの」。口をついた言葉に、自分でも驚いていました。本当に金の心配をしていたわけじゃない。俺は高校を出てすぐ働き始めて、大学というものを知らないまま20年が過ぎた人間です。妻がそこに足を踏み入れることが、どうしようもなく怖かった。置いていかれるような気がしたのです。
リビングの教科書
妻は俺の反対を押し切って入学しました。それからの4年間、リビングのテーブルにはいつも教科書やノートが広げられていました。帰宅するたびにそれが目に入ります。社会福祉、心理学、法制度。開いたページの文字を横目で追うたび、俺にはわからない世界が広がっていくのが見えました。
「何を勉強してるの?」と聞きたかった。でも聞けませんでした。聞いたところで理解できない自分が晒されるだけだと思ったからです。だから「ああ」としか言えなかった。妻が深夜までレポートを書いている横を、何も声をかけず寝室に向かう夜が何度もありました。無関心だったのではなく、関わり方がわからなかったのです。
後方の席
妻に「卒業式、来てくれる?」と聞かれたとき、「仕事があるから」と答えました。嘘でした。有給はとっくに申請していました。ただ、4年間何もしなかった人間が最後だけ駆けつけるのは、都合がよすぎると思ったのです。
しかし卒業式当日、子どもたちに「お父さんも行こうよ」と言われたとき、断る理由がなくなりました。会場の後方に座り、壇上に向かう妻の姿を見ました。目が合いそうになって、とっさに顔を逸らしました。
そして...
妻が卒業証書を受け取る姿を見たとき、涙が止まりませんでした。娘が背中をさすってくれましたが、俺が泣いている理由は感動だけじゃありませんでした。4年間、隣にいながら一度も「頑張れ」と言えなかった自分が情けなかった。大学に行ける妻が羨ましかった。そして、その醜い感情のせいで「お金の無駄」などと言った夜のことが、ずっと胸に刺さったままでした。
式のあと、俺は「お疲れさま」とだけ言いました。本当は「ごめん、ずっと応援したかった」と言いたかった。でも4年分の沈黙のあとに発せるほど、俺は器用な人間ではありませんでした。帰り道、妻は何も聞きませんでした。あの涙の理由を聞かないでいてくれた優しさに、また泣きそうになりました。
(40代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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