娘に「好きに生きろ」と言った日から、俺の中で何かが止まったままだった
継がせたくなかった理由
あの子は小さい頃から工場が好きだった。学校帰りに寄っては、職人たちの仕事を飽きもせず眺めていた。大学で経営学を専攻したと聞いたとき、嬉しさよりも先に胸の奥がぎゅっと詰まりました。
この工場は俺の代でどうにか持っているだけの小さな会社です。取引先は減り続け、設備の更新もままならない。あの子がここに来たら、傾いていく船に自ら乗り込むことになる。「あんたに会社は継がせない」。そう言った瞬間、娘の目から光が消えたのがわかりました。
息子を選んだ本音
「なんで? 私だってずっと手伝ってきたのに」。あの声は今も耳に残っています。「弟に継がせる。お前は好きに生きろ」。言いながら、自分の手が震えているのに気づいていました。
息子を選んだのは、息子のほうが優秀だったからじゃない。正直に言えば逆です。娘には外で通用する力がある。息子にはそれがない。だから息子にはこの場所を残してやりたかった。娘には不公平だとわかっています。でも、二人ともこの船に乗せるわけにはいかなかった。身勝手な親心と、古い考えが混ざった判断だったと思います。
娘が来た日
8年後、予想していた通り会社は傾きました。息子は懸命にやっていますが、限界が近い。そんなある日、事務所のドアが開きました。立っていたのは娘でした。
「なんで来た」。顔を上げられませんでした。「帳簿、見せて」。その声は8年前と同じ、まっすぐな声でした。胸の奥で噛み合わない感情がぶつかり合うのを感じながら、黙って帳簿を差し出しました。
そして...
手が震えていたのは、経営の数字を見られることが恥ずかしかったからじゃない。あの子が来てくれたことが、ただありがたかったのです。
本当は「継がせたくなかった」んじゃない。継がせたかったのに、継がせられる会社じゃなかった。その一言が8年間ずっと言えずにいます。娘は何も聞かずに帳簿を開きました。俺はその横顔を見ながら、ようやく止まっていた時計が動き出したような気がしていました。言わなくていけない言葉は、まだ言えていません。
(50代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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