「あんたに会社は継がせない」と弟だけを後継者にした父→会社が傾いた時、助けに来たのは私だった
工場が好きだった
子どもの頃から、学校帰りに父の工場へ寄るのが日課でした。油のにおいと機械の音。職人さんたちが真剣な顔で金属を削る姿が好きで、高校生の頃には簡単な事務作業も手伝っていました。
大学では経営学を選びました。卒業したらここに入ると伝えたとき、父は作業の手を止めずにこう言ったのです。「あんたに会社は継がせない」。振り向きもしませんでした。何かの冗談だと思いたくて、笑い声を出そうとしましたが、喉の奥がつかえて声になりませんでした。
選ばれなかった私
「なんで? 私だってずっと手伝ってきたのに」。声が震えていたと思います。父は短くこう返しました。「弟に継がせる。お前は好きに生きろ」。弟は当時まだ大学1年生で、工場に関心がある様子もありませんでした。それなのに、なぜ。
悔しくて涙がこぼれましたが、父はそれ以上何も言いませんでした。好きに生きろという言葉が、突き放しにしか聞こえなかったのです。私は別の会社に就職し、実家とは距離を置くようになりました。
8年後の電話
ある日、母から電話がありました。弟が継いだ工場の経営が厳しく、資金繰りに行き詰まっていると。弟は「なんとかする」と言っているそうですが、母の声は震えていました。
翌週、有休を取って実家に向かいました。事務所に入ると、父が書類の山の前に座っていました。「なんで来た」。こちらを見ずにそう言う父に、「帳簿、見せて」とだけ答えました。
そして...
選ばれなかったのに、なんで来たのか。自分でもうまく説明できません。ただ、あの油のにおいがする工場がなくなるのは嫌だと思いました。
父は何も言わず帳簿を差し出しました。その手が少しだけ震えていたことに、気づかないふりをしました。「好きに生きろ」と言われて好きに生きてきたつもりです。でも好きに生きた先でたどり着いたのが、結局この場所でした。それが誇らしいのか悲しいのか、まだわかりません。
(30代女性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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