

"アジアのA24"と評価されるタイの映画スタジオGDHとは? 『団地少女』『いばらの楽園』『おばあちゃんと僕の約束』に見る魅力

「アジアのA24」と呼ばれる、今もっとも熱い映画会社がタイにある。目利きのホラーファンを震え上がらせた『女神の継承』(2021年)や、カンニングが題材のサスペンス映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年)を手がけたスタジオが成長を続け、高品質な作品をコンスタントに送り出しているのだ。
スタジオの名前は“GDH”。今年3月に開催された「第20回大阪アジアン映画祭」の特集企画<タイ・シネマ・カレイドスコープ2025>では、上映作品6本のうち3本がGDH作品だった。プログラミング・ディレクターの暉峻創三さんは、「現在のタイではトップの映画会社。映画祭で上映していない作品にも配給会社が興味を持つほどです」と言う。
今回は、映画祭で上映された3本、日本未公開作品『団地少女』『いばらの楽園』と、日本公開が決定している『おばあちゃんと僕の約束』をピックアップ。いずれも本作が長編監督デビューとなった新鋭たちが放つ、アジア映画の最新トレンドをいち早くチェックしてほしい。
青春時代と社会の壁『団地少女』
バンコクの川沿いに建つ警察官舎の団地に暮らす少女、エーンとジェーンは昔からの幼なじみだ。いつも一緒に過ごし、学校帰りや休日にはどちらかの家に泊まる。ジェーンはエーンのことが好きだ。けれどもこの気持ちが友情なのか、恋心なのかはよくわかっていない。
ある日、男性警官のトーンが官舎に引っ越してくる。やがて、2人は保護者のような存在であるトーンとよく遊ぶようになった。川の対岸には高級ホテルが建っており、あいだを航行するクルーズ船の明かりがまぶしい。いつかあの船に乗ってみたい、外の景色を見てみたい――。
両親が裕福なジェーンは、いつまでも団地でエーンと仲良く暮らしていたい。しかし貧しい暮らしのエーンは、新しい人生を早くつかみたいと考えていた。あるときエーンは、いつも快活で心優しいトーンに心ひかれる。ジェーンとの関係も少しずつ変わりはじめた。
監督・脚本のジサラヤー・ウォンスティンは警察官の娘で、自らの思い出を物語に反映し、実際に30歳まで生活した警察官舎で全編を撮影した。エーン役のギラナー・ピタヤゴン、ジェーン役のファティマー・デーチャワリークンがとびっきりみずみずしい演技で映画を引っ張り、トーン役のパコーン・チャットボリラックが人生の苦味を感じさせる。3人は撮影前にワークショップを重ね、互いの空気感を丁寧につくりあげていった。
「警察官舎である以上、定年退職を迎えたら出ていかなければいけません。たとえ生まれ育ったとしても、この団地は一時的な場所です」と監督は言う。終わりの決められた生活空間と、いつかは終わる青春の時間を重ねた物語に、タイ社会のシリアスなテーマが流れるのも特徴だ。警官同士の経済格差、警察の汚職や不祥事。そこでは無邪気に過ごせる者と、そうではない者がいる。
閉塞感のある団地と青空の高さ、エーンとジェーンの家がある2つの棟、大きな川とその間をゆくクルーズ船など、舞台となる町並みを美しく、豊穣なイメージをもたせながら切り取った映像が美しい。一方、エーンとジェーンのひそかなやり取りやプライベートな時間には、ただキュートなだけでない危うさがある。
「団地」と「少女」まさしくその大きさと小ささを往復しながら、この場所でしかありえなかったであろうかけがえのない時間と、人間の愛しさ哀しさを紡ぎ出した青春映画の傑作だ。
ドロ沼遺産相続スリラー『いばらの楽園』
同性の恋人同士であるトーンカムとセークサンは、人里離れた広い土地でドリアン農場を営んでいた。2人は決して裕福ではないが、ドリアンの栽培がうまくいけば良い稼ぎになる――そんな矢先、セークサンが作業中の事故で重傷を負う。法律上、トーンカムは手術の同意書にサインできず、家族の到着を待つあいだにセークサンは息を引き取った。
セークサンの遺言状がなかったために、ドリアン農場の土地はセークサンの母親に渡る。今では身体が不自由な母は、幼い頃から育ててきた孤児のモーに介護をさせていた。トーンカムは農場を引き継ぐつもりだったが、母とモー、そしてモーの弟ジンナが現れて農場に住み着き、自らの権利を主張しはじめる。
亡き恋人とともに作ってきた農場を大切にしたいトーンカムと、セークサンの遺した土地を譲りたくない母、そして農場を手に入れたいと望むモーの思惑は少しずつズレていく。愛と策略、怒りと妬みが渦巻きながら、事態は思わぬ方向へと転がりはじめ……。
監督・脚本は、タイの人気BLドラマ「I Told Sunset About You 〜僕の愛を君の心で訳して〜」のボス・グーノー(ナルベート・グーノー)。つねに不穏で緊張感に満ちたプロットを、弛緩を知らないエネルギッシュな演出で一気に見せた。主演のジェフ・サターは端正なルックスで知られるシンガーソングライターだが、捨て身の演技でトーンカム役を演じきっている。
タイでは2025年1月に同性婚法が施行されたが、本作の企画は法案の可決前に始まっていた。来日したプロデューサーのワンルディー・ポンシッティサックは、「ボス監督は本当に情熱的な人。同性婚を真剣に描きたい、観客の心に何かを起こせる映画にしたいと語っていました。身分や教育の違い、地方在住者の権利といったタイ社会の不平等もしっかりと描いています」と語った。
豊かな社会性はもちろんのこと、驚かされるのはエンターテインメントとしての圧倒的な強度と、そのなかで展開する人間ドラマの密度だ。トーンカムは強い意志で復讐を計画するが、常に予想外の事態が待ち受け、そのたびに人間関係が変化し、緊張感が高まってゆく。予想の斜め上、冒頭には想像さえしなかったクライマックスに言葉を失うことだろう。
タイで社会現象、号泣の家族劇『おばあちゃんと僕の約束』
『いばらの楽園』が“ダークな遺産相続もの”なら、『おばあちゃんと僕の約束』は“ライトな遺産相続もの”だ。主人公の青年エムは、大学を中退し、今はゲームばかりの日々を送る身。そんなある日、祖母メンジュがステージ4のガンに侵されていることを知った。
従妹で看護師のムイは祖父の介護に勤しみ、遺言によって豪邸を相続したばかり。そこでエムはメンジュの遺産を狙い、自分が介護をしたいとメンジュの家に転がり込む。しかし彼が見たのは、自分に厳しい生活を送るメンジュの姿と、子どもたち3人の関係だった。
エムの母シウはメンジュを気にかけるがなかなか受け入れられない。長男キアンは優しい性格だが、妻の言いなりでメンジュを後回しにする。次男ソイは借金まみれで、今も母親を頼るばかりだ。メンジュとの暮らしを送るうち、エムの気持ちに変化が生じていく……。
主演はタイのトップスター、歌手・俳優の“ビルキン”ことプッティポン・アッサラッタナクン。序盤のエムはいかにも無気力で、そのくせ計算高い若者だが、その表情がみるみるうちに変化していく。巧みに抑制されたリアルな演技が胸を打ち、自ら担当した主題歌も爽やかで切ない後味を残した。
監督・脚本はドラマ版『バッド・ジーニアス』のパット・ブーンニティパット。登場人物をつねにタイの町や住宅、自然といった環境とともに描くアプローチで、これがタイ文化に基づく物語であることを強調しながら、同時に普遍性ある優しい視線で包みこんだ。
日本でもタイ映画の注目度が高まっている昨今だが、日本で劇場公開される作品はそう多くない。そんな中、この『おばあちゃんと僕の約束』は6月13日(金)に公開予定。同日には、昨年の第19回大阪アジアン映画祭で上映された『親友かよ』も公開される。こちらも同じくGDH作品なので、あわせて今からカレンダーにメモしておいてほしい。
なお、次回の大阪アジアン映画祭は2025年8月29日(金)〜9月7日(日)に早くも開催予定。再びフレッシュで面白いタイ映画に出会えることに期待したい。
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