「若者の街」熱海が世界的リゾートへ!? 外国人観光客が少ない人気温泉街で始まる新たな挑戦

2025.09.04 20:35
提供:All About

静岡県の人気温泉地・熱海で、変化が起きている。4月に県内初となる宿泊税が導入され、今後本格的なインバウンド誘致へ乗り出すのだという。同月には、その中核を担う熱海型DMO「熱海観光局」も発足。熱海観光の最前線を取材した。※サムネイル画像:熱海市提供

東京駅から新幹線で約40分、眼下に広がるのは相模湾と、山の斜面に建ち並ぶホテルや温泉旅館。ここは、海と山に囲まれた人気温泉地、熱海だ。

熱海といえば、全国屈指の名湯と昭和レトロな街並み、海鮮丼、食べ歩きスイーツなどが話題となり、近年は特に若者人気が高いことで知られる。熱海駅前の商店街は、平日でも原宿・竹下通りさながらのにぎわいだ。

宿泊客数は、コロナ禍と熱海の伊豆山で発生した土石流災害の影響で、2021年に約153万人まで落ち込んだ。しかし、2024年には約306万人となり、5年ぶりに300万人台を回復。そんな中、今年4月に県内で初となる宿泊税が導入され、注目を集めている。

宿泊税導入の反応

宿泊税は熱海市内の宿泊施設を利用する小学生以上の客が主な対象で、金額は1人1泊一律200円。年間徴収額は約7億円を見込む。先日公表された導入初月の徴収額は約4750万円で、予想を上回るスタートとなった。

愛知県から訪れ、市内のゲストハウスに宿泊した会社員女性は、チェックイン時に宿泊税を支払ったという。「宿泊税はもっと高いところもある。200円なら安いのでは」と話していた。

宿泊業者からは客離れを心配する声もあったが、宿泊控えなども見られず、旅行者からはおおむね理解を得られているようだ。

現在、宿泊税を導入しているのは12自治体(2025年7月1日時点)だ。1人1泊当たりの金額は、例えば東京都では100~200円、北海道ニセコ町では100~2000円。京都市では200~1000円だが、2026年に上限が1万円に引き上げられる予定となっている。

観光予算が倍増

宿泊税は目的税のため、使途が特定されるのが特徴だ。熱海市では、観光振興関連の施策に充てられるが、その中にはDMO(観光地域づくり法人)「熱海観光局」の運営も含まれる。

DMOとは、観光の専門人材を起用し、観光地域づくりとマーケティングを行う官民一体の組織だ。自治体や観光協会、関連事業者などが個別に行ってきた観光振興を一元的に担うことで、地域の「稼ぐ力」を引き出す。

主に国や地方自治体の補助金で賄われるDMOを、宿泊税を財源に運営するのは国内初の取り組みだという。

現在の熱海市の観光予算は、年間約4億5000万円。これに宿泊税が加わることにより、予算が倍増する。年間約10億円を確保するが、その使い道はどんなものなのだろうか。

熱海観光の変遷

熱海は高度経済成長期には団体旅行客でにぎわい、1960年代には年間500万人の宿泊客が訪れていた。だが、バブル崩壊以降、宿泊者数は長期的に低迷。2006年には「熱海市財政危機宣言」が出された。

そこから現在の熱海へと変貌したのは2011年以降だ。2013年から3か年計画で展開された観光プロモーション「意外と熱海」や、Uターンした若者らによる街づくりが奏功。

2014年には宿泊者数がV字回復した。2017年の観光白書には、これらの取り組みが成功事例として紹介された。

外国人旅行者が少ない熱海

若者を取り込み、にぎわいが戻った熱海だが、宿泊者数は最盛期よりまだ200万人少ない。地域では少子高齢化が深刻な問題となっており、社会保障費の増加も予想される。

そこで、熱海が発展するために市により新たな観光需要開拓先の1つに定められたのが、今後も増加が見込まれるインバウンド(訪日外国人旅行)だ。

現状では、熱海市の宿泊者全体に占める外国人旅行者の割合は5%程度。今後、熱海は世界を見据え、熱海観光局を中心に新たな観光振興に取り組むことになる。

本格稼働が始まった熱海観光局

今年7月に2名の専門人材が着任し、本格稼働が始まった熱海観光局。その1人、マーケティングを担当する古川咲子常務理事兼CMOに、現状と熱海の印象を聞いた。

「今は年内に策定される次の5カ年の観光計画を立てているところです。視察や各地の協会・組合、事業者の方々へのご挨拶やヒアリングを行いながら、国内外や熱海の状況の分析をし、戦略を形にしているところです」(古川さん、以下同)

古川さんは、海外のホテルでの勤務を経て、帰国後にはタヒチ、ドバイの観光局で計10年ほど広報マーケティングに携わった。熱海については、その特徴である“多様性”についてこう語る。

「熱海で暮らすようになって、多様な観光資源があることを改めて実感しています。先日、十国峠から伊豆山へ下りるハイキングをしたのですが、そこでは国内に生息する644種の野鳥のうち40%が見られるそうなんです。熱海は温泉に海にスイーツ、さらに山にも魅力があるんだなと」

十国峠は、熱海の街中では見られない富士山を麓から望める人気観光地。周辺の山歩きは観光コンテンツとしての知名度は高くないが、ハイカーにはおなじみだ。

温泉、海、山、昭和レトロ……多様性は熱海の大きな魅力だが、インバウンド向けにはどんな熱海を打ち出せばよいのだろうか。

「私は1つじゃなくていいと思っています。目指すべきビジョンを掲げつつ、ターゲットやタイミング、トレンドの変化、メディアなどに応じて変えていくのがいいのかなと。コロナ禍後は、旅行者のマインドもニーズも多様化してきていますし、熱海のいろんな要素を立体的に捉えて発信していけたらと思っています」

“ラグジュアリー”な熱海

「旅行ニーズは二極化している」という古川さん。熱海は今後、さらに別の顔も打ち出すことになるだろう。富裕層向けの「滞在型高級リゾート」としての顔だ。

熱海では現在、高級ホテルの建設、開業が相次いでいる。熱海サンビーチ目の前に大型リゾートホテル「ラビスタ熱海テラス」が2026年開業予定のほか、「ACAO SPA & RESORT」が2027年に富裕層向けビレッジ型宿泊施設を開業する。

他にも、海岸近くの中心街や来宮駅周辺エリアなどで複数の開発が進行中だ。

一棟貸しのバケーションレンタル(貸別荘)が続々オープンしているのも最近の傾向だ。インバウンド誘致を推進する日本政府観光局(JNTO)の海外向けサイト「JAPAN WHERE LUXURY COMES TO LIFE」でも、熱海のバケーションレンタル施設が紹介されている。

古民家や元保養所を活用した特色ある建物や内装に加えて、さまざまなアクティビティや伝統文化体験なども提供される。地元シェフによる出張料理やケータリングサービスなども利用できるという。

JNTOでは、経済効果が極めて高いとされる「高付加価値旅行(ラグジュアリーツーリズム)」を推進している。

1回の旅行で1人100万円以上を消費する旅行者を想定するが、彼らは単に消費額が大きいだけでなく、体験を通じて地域の伝統や文化、自然などに触れ、自身の知識を深めることを重視する傾向にあるという。

熱海では、宿泊施設と地域とのつながりを強化する取り組みも目立ち始めている。2022年開業の「熱海パールスターホテル」をはじめ、食事を提供しない「泊食分離」形式を採用し、近隣の飲食店利用を促す宿が増えているのはその一例だ。

高級ホテルでも老舗旅館でも、宿に「おこもり」するだけでなく、熱海の街も自然も楽しむ。それが地域活性化と共に、世界中から訪れる旅行者の満足度にもつながるのではないだろうか。

災害・オーバーツーリズム対策

多くの外国人旅行者が訪れれば、新たな課題も生まれる。外国語対応、Wi-Fi、決済システムなどのインフラ整備。地震、津波など災害時の外国人旅行者への対応。観光の担い手不足の解消。温泉入浴、交通機関の利用などについては、マナーの周知徹底も重要になるだろう。

「“熱海=○○”となってしまうと、そこに観光客が集中し、オーバーツーリズムの問題も出てくる」と古川さんは言う。

熱海市では、休日に集中する観光客の平準化のための取り組みに加えて、熱海駅前の交通渋滞緩和のための施策も進行している。このほか、宿泊施設を回る送迎バスや、坂道移動の負担を軽減する新たな交通手段の整備なども検討されているという。

熱海の多様な魅力を伝えるプロモーションに加え、新たな観光客受け入れのための整備事業についても今後、熱海観光局を中心に取り組んでいく方針だ。

“オール熱海”で

熱海ではこれまで、熱海市、観光協会、旅館組合、商工会議所、芸妓組合など、官民さまざまな団体や組織がそれぞれ観光推進に取り組んできた。熱海観光局の誕生によって、今後はその連携も強化される。

「熱海がインバウンドに頼ることなくV字回復できたのは、皆さんで一緒に取り組まれてきた成果だと思います。私は着任したばかりで不安もありますが、今はワクワクのほうが強くて。ステークホルダーの方たちや市民、熱海ファンの方々と、“オール熱海”で熱海をよりよい街にしていきたい」と古川さんは意気込みを語ってくれた。

今後は人々をつなぐコミュニケーションツールやコミュニティー、対面の場も設ける予定だ。

スタートしたばかりのDMOと、“オール熱海”の取り組みによって、熱海は今後も変化していく。「廃墟の街」だった熱海が「若者の街」へと変貌したように、3年後、5年後、10年後の熱海の姿は未知数だ。ここからどんな熱海が生まれるのか、今後も注目していきたい。

<参考>
・「令和6年版 熱海市の観光」(熱海市)
・「宿泊税」(熱海市)
・「熱海型DMO及び観光目的税に係る説明会資料」(熱海市)
・「高齢化率等(高齢者福祉行政の基礎調査)」(静岡県)
・「平成29年版観光白書」(国土交通省)
・「訪日旅行での高付加価値旅行者の誘致促進」(国土交通省)

取材・文:細谷朝子
フリーランス編集、ライター。雑誌、Web、広告等で記事編集、コンテンツ企画、取材、執筆などに携わる。全国の自治体や官公庁の観光サイトディレクションを約10年間担当。インバウンドサイトのディレクション経験も豊富。2021年より熱海在住。


執筆者:細谷 朝子

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