消えた砂利鉄。1日わずか4往復、終着駅の利用者135人…「西寒川支線」の歴史と廃線跡

2024.11.23 18:30
提供:All About

廃線時、1日4往復、終着駅の1日の利用者はわずか135人だったという相模線西寒川支線。その歴史を『かながわ鉄道廃線紀行』(森川天喜著)から抜粋して紹介する。興味を持った方は、廃線跡を訪れてみてほしい。あの名作映画の世界が広がっているからだ。

西寒川支線は、国鉄(現・JR)相模線(茅ケ崎-橋本間33.3km)の途中駅である寒川駅と西寒川駅の間1.5kmを結び、終点の西寒川駅を発着する旅客列車は、廃線当時、1日にわずか4往復という非常に細々とした支線だった。

なぜ、このような支線が誕生したのか。以下、『かながわ鉄道廃線紀行』(森川天喜著 2024年10月神奈川新聞社刊)の内容を一部抜粋し、西寒川支線の歴史をひも解いてみよう。

西寒川支線が運んだ物とは?

1984(昭和59)年3月31日の西寒川支線最終日(撮影:森和彦さん)
1984(昭和59)年3月31日の西寒川支線最終日(撮影:森和彦さん)


「その日は土曜日。休日出勤から帰宅すると、警笛を鳴らしながら列車が近づいてくる音が聞こえた。急いでカメラを手にして外に出ると、鉄道ファンが線路沿いを埋め尽くす中、【さよなら運転記念84・3・31寒川・西寒川間】というヘッドマークを付けた朱色の気動車が、近づいてくるところだった」

寒川町観光ボランティアガイドの森和彦さんは懐かしそうに、今から約40年前、西寒川支線(通称)のラストランとなった1984(昭和59)年3月31日の様子を振り返る。上の写真は、そのときに森さんが、家の近所で撮影したものだ。

相模線は、1921(大正10)年9月に民営鉄道の「相模鉄道」として茅ケ崎-寒川間が開通したのが始まりで、2021(令和3)年9月に開業100周年を迎えた。設立趣意書には、当時、年間で「四十七万余人」が訪れた大山阿夫利(あふり)神社の参詣客や、沿線一帯の穀類、繭糸(けんし)、木材などの輸送に加え、相模川で採取される「砂利」の輸送をうたっている。

明治末から大正の初めにかけては、「砂利の需要が喚起された」(「砂利の近代史-相模川砂利を中心として(下)-」内海孝著)時代。

鉄道や道路の整備、鉄筋コンクリート建築の登場による用材としての利用、さらに「浅野セメント」の浅野総一郎が主導し、鶴見・川崎地域の臨海部を埋め立て、大規模な工業地帯を造成する動き(浅野埋立)などもあり、大量の砂利が使われた。

相模鉄道は、こうした背景から茅ケ崎-寒川間の本線開通と同時に川寒川支線(寒川-川寒川間1.4km)、翌1922 (大正11)年5月には、後に西寒川支線となる四之宮支線(寒川-四之宮間、本稿では西寒川支線で統一する)という2本の砂利採取専用線を敷設し、川砂利の輸送を開始した。

こうして、「砂利鉄」とも呼ばれる相模線の歴史が始まったのである。

川寒川支線は1931(昭和6)年11月に廃止になっている。

廃止の理由について前出の森さんは、「明確に書かれた資料は今のところ見つかっていないが、昭和8年に日本初の広域水道となる神奈川県営水道が創設され、昭和11年には給水が開始された。おそらく川寒川の砂利採取場所と、取水場所が重なったのではないかと推測している」と話す。

一方の西寒川支線は、寒川と四之宮の間にあった貨物駅「東河原駅」(後の西寒川駅)付近に昭和産業の一之宮工場が招致されると、1939(昭和14)年10月に東河原駅を昭和産業駅と改称し、1940(昭和15)年4月以降、通勤客を運ぶために旅客営業を開始した。

昭和産業一之宮工場は、1942(昭和17)年4月頃、海軍によって買収。1943(昭和18)年5月に平塚にあった海軍技術研究所の化学研究部を母体として相模海軍工廠(こうしょう)が同所に開設され、毒ガス、防毒マスク等を製造した。

なお、海軍による工場買収後の1942(昭和17)年10月、昭和産業駅は四之宮口駅と改称されている。

西寒川駅跡に立つ「旧国鉄西寒川駅 相模海軍工廠跡」の石碑
西寒川駅跡に立つ「旧国鉄西寒川駅 相模海軍工廠跡」の石碑



1日の乗降客数は、わずか135人

戦争の影が色濃くなると、相模鉄道にも大きな変化が訪れる。1941(昭和16)年6月、相模鉄道は五島慶太率いる東京横浜電鉄(後の東京急行電鉄=東急)の傘下に入り、次いで1943(昭和18)年4月、東急主導で、同じく東急傘下に入っていた神中(じんちゅう)鉄道(横浜-海老名間)を吸収合併。

さらに翌1944(昭和19)年6月、陸運統制令により茅ケ崎-橋本間の本線と西寒川支線が国有化された。

なお、国有化に際して四之宮口駅が西寒川駅と改称されるとともに、西寒川―四之宮間が廃止され、西寒川が終点駅となった。

駅名標(撮影:神奈川新聞社)
駅名標(撮影:神奈川新聞社)


戦後は、旧・神中鉄道部分が私鉄の相模鉄道(横浜―海老名間)、旧・相模鉄道部分が国鉄相模線(茅ケ崎―橋本間、寒川―西寒川間)として歩み始め、西寒川支線は、再び貨物専用線となるが、海軍工廠跡地周辺への工場進出に伴い、1960(昭和35)年11月、旅客輸送を再開。

しかし、モータリゼーションが進み、各工場も自前の送迎バスを運転したことなどから旅客輸送は振るわず、廃止2年前の1982(昭和57)年の西寒川駅の1日の乗降客数は、わずか135人(『寒川町史』)に過ぎなかった。

簡素な西寒川駅舎。列車は1日4往復(撮影:神奈川新聞社)
簡素な西寒川駅舎。列車は1日4往復(撮影:神奈川新聞社)


現在、西寒川支線の廃線跡は「一之宮緑道」として整備されているので、歩いてみることにしよう。今回は、前出の寒川町観光ボランティアガイドの森和彦さんに同行していただいた。

JR寒川駅の改札を出ると、正面の窓からは丹沢の大山(標高1252m)が大きく見える。南口から線路沿いに、相模国一之宮である寒川神社参道入口に位置する「大門踏切」へと歩を進める。この踏切の手前で西寒川支線は本線から分岐していた。

大門踏切前交差点で県道を渡ると、「ゲート広場」と名付けられた小さな広場が整備されている。広場に設置された信号機を模した道標に従い、「一之宮公園」と示された道へと進もう。

ゲート広場から歩き始めて5分ほどすると、実物の列車の車輪を使った車止めが現れ、その先およそ180mにわたって線路敷きが保存されているのが見えてくる。鉄道が廃止されると、レール等の構造物は撤去されてしまうのがほとんどであり、部分的ではあるものの、このように保存されているのは、とても珍しいケースだ。

映画『スタンド・バイ・ミー』の世界

一見、いつ列車が警笛を鳴らしながらやってきてもおかしくないような風景だが、よく見ると、所々、枕木の腐食が進み、枕木を枕にして猫がのんびりと昼寝している。

最近、撮り鉄の危険行為が取り沙汰されることが多いが、ここでは映画『スタンド・バイ・ミー』(1986年、米)の冒険に旅立つ少年たちのように、線路の上を堂々と歩くことができる。この付近の緑道の東側一帯は「一之宮公園」として整備されており、桜が植えられているので、春先はとてもきれいだという。

※サムネイル画像出典:「さよなら運転」で乗務員に花束が渡された(1984年3月31日 提供:寒川文書館)

――編集部より――
書籍『かながわ鉄道廃線紀行』では、相模線と西寒川支線の歴史をより詳しくレポートするとともに、筆者の廃線跡散策に同行した森和彦さんが、西寒川支線にまつわる面白いエピソードなども語っています。また、相模線に存在したもう1つの支線、川寒川支線の謎にも迫ります。

森川天喜 プロフィール

神奈川県観光協会理事、鎌倉ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を雑誌、オンライン問わず寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『湘南モノレール50年の軌跡』(2023年5月 神奈川新聞社刊)。2023年10月~神奈川新聞ウェブ版にて「かながわ鉄道廃線紀行」連載。


執筆者:森川天喜

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