森山未來が映画『大いなる不在』の役柄に苦労したワケ 「なぜそんな風に淡々と取り組めるのか……」

2024.07.17 20:45
提供:All About

映画『大いなる不在』は、疎遠だった父の人生を息子がたどっていく物語。その息子を演じるのが森山未來さん。その森山さんに、出演依頼を引き受けた理由から、映画館のベスポジまでさまざまなトピックをインタビュー! ※サムネイル写真:(C)Kaori Saito

第71回サン・セバスティアン国際映画祭(最優秀俳優賞受賞・藤竜也)、第67回サンフランシスコ国際映画祭(グローバル・ビジョンアワード受賞)など、世界の映画祭で高評価を受けている映画『大いなる不在』(2024年7月12日公開)。

幼い頃に母親と息子の卓(たかし/森山未來)を捨てて出ていった父・陽二(藤竜也)が認知症に。実家に残された大量のメモを頼りに、卓は父の人生をたどり始める……という物語。

今回は卓を演じた森山未來さんにインタビュー! まず出演の決め手からお話を聞きました。

ビジネスとしても成り立つ映画作りを

――『大いなる不在』の出演を決めた理由について、森山さんの心を動かしたのはどういうところだったのでしょうか?

森山未來さん(以下、森山):近浦啓監督の映画作りに興味を持ったからです。

インディペンデント映画界は、映画作りの熱量はとても高いけれど、大手の映画会社の制作に比べると、製作費も興収も金銭面では厳しく、ビジネスとしての側面が弱いというか、そこをなかなかクリアできないという印象があります。

でも近浦さんは、自分のやりたい企画、自身のやり方でクリエイティビティーを突き詰めながらも、商業的な成功も見据えて映画作りをしていると思いました。自分の世界を映画として残せればいいというだけではなく、ビジネスとしても成り立つ映画作りをインディペンデント映画界でやっていくという、その映画との向き合い方に共感したんです。

――なるほど。まずは近浦監督の映画作りへの共感があったのですね。実際に脚本を読まれたときは、作品としてどういう印象だったのでしょうか?

森山:卓が父の人生をたどっていく過程ではあるのですが、脚本上では現在と過去を行ったり来たりするので、時系列が入り組んでいます。だから脚本を一読しただけでは物語がどのように進むのかつかめないところがありました。

近浦監督と話し合い、自分の中で構築しながらも、あとは撮影現場で卓というキャラクターを演じながら、積み上げていったように思います。

(C)2023 CREATPS
(C)2023 CREATPS


――脚本からキャラクターを読み解いて役作りを固めていくのではなく、現場で監督などと話し合いながら卓が肉付けされていったのですね。

森山:おそらくどの現場でもそうだと思いますが、例えば撮影に入る前に俳優が「役作り」と呼ばれるもので芝居を固めていっても、それだけで通用する現場は存在しないと思います。俳優の芝居だけで作品は生まれませんから。

監督の視点、他のスタッフの視点も入ります。もちろんある程度は準備していきますが、それはスタッフやキャストとのコミュニケーションの手立てですね。あとはみんなで作り上げていくものだと思います。

卓のキャラクターをつかむのに苦労した理由

(C)2023 CREATPS
(C)2023 CREATPS


――卓という人物について、森山さんはどう解釈されて演じたのでしょうか?

森山:脚本を読んで難しいと感じたのは、卓がいかなる状況でも淡々としているように見えたところです。30年間近く疎遠だった父と特殊な事情で再会するとき、卓としてどう振る舞うべきなのか悩みました。

30代の卓は俳優として活動しながら、妻の夕希(真木よう子)と家庭を築いて自立している男。もはや自分には父親はいないと割り切っていたのに、突然、連絡が来て会いに行くことになったり、行方不明になっている父の再婚相手を探すことになったり、実家で父の生活の痕跡と向き合ったりすることになる。

自分を捨てた父への嫌悪があってもおかしくありませんが、彼は淡々とやり取りをしていくんです。

僕はそんな卓を理解するのに少し苦しみました。なぜそんな風に淡々と取り組めるのかと。でも監督との最初のミーティングで、この物語は近浦監督自身の体験が元になっていると聞いたんです。そこから監督にどういう家庭環境で生きてきて、父親とはどんな関係だったのか……などを聞きました。

そこで聞いた話が卓を理解する助けになりましたし、卓が俳優であることもキャラクターに関係していると思いました。

Photo:(C)Kaori
Photo:(C)Kaori Saito


――それはどういう意味でしょうか?

森山:俳優業との向き合い方は、その人ごとに違うと思うのですが、僕は主観と客観のバランスが重要だと思っています。キャラクターの生活環境、家庭環境、物語のシチュエーションなど、演じるキャラクターを客観的に見て把握するのと同時に、主観的に自分の物語に引き込んでいく、このバランスですかね。

卓の場合は「なぜまた父親と会うことになるのか、面倒を見ることになるのか」と疑問を覚えたと思いますが、一方でその状況や出来事が、その後の俳優業に経験則としてつながるとも考えたのではないかと。

だから父に会いに行き、その状況の中に入っていく。俳優としての気持ちを抱きながら、息子として認知症の父と客観的に向き合ったのかもしれないと想像しました。

卓の舞台パフォーマンスが陽二の人生を映し出す

(C)2023 CREATPS
(C)2023 CREATPS


――最初と最後に出てくる芝居のワークショップのシーンで演じられたイヨネスコの戯曲『瀕死の王』は、この映画の物語とリンクしているように感じました。

森山:ワークショップで卓が演じたイヨネスコの戯曲は、死期が近づいている王様がどんどん権力も経験も何もかも身ぐるみ剥がされて無になっていくという物語。これはそのまま陽二さんの人生に見立てることができると考えました。

卓がその『瀕死の王』の役を演じるということそのものが、ダイレクトな物語へのリンクになっていますよね。

火花を散らしてぶつかり合う藤竜也さんとの芝居

(C)2023 CREATPS
(C)2023 CREATPS


――父・陽二を演じた藤竜也さんとの共演はいかがでしたか?

森山:僕は映画の現場は“居合”に近いのではないかと思っていて、いい現場ほど“居合”を感じるんです。

映画の現場では撮影前にリハーサルの時間を取ることはあまりありません。初めましてのスタッフやキャストが一堂に会して、一度きりの本番に向けて火花を散らしてぶつかり合う行為を僕は “居合”のようだと感じます。そのヒリヒリする感覚が僕はすごく好きなんです。

藤さんとの共演もまさにそんな感じでした。

特に意識的だったわけでもないのですが、撮影現場で必要以上にコミュニケーションを取ったりするわけでもなく、撮影後に食事に行ったりすることもありませんでした。あくまで撮影のために、お互いに向き合っていい緊張感を持って芝居に集中できました。充実した時間を過ごせたと思います。

映画館のベスポジは「スクリーンの真正面」

――All Aboutでは取材した俳優さんに映画ライフについて聞いています。森山さんはよく劇場で映画を見ますか? 

森山:最近は『関心領域』を見に行きました。

――アウシュビッツ収容所の隣で暮らす所長家族の物語ですね。

森山:アウシュビッツ収容所の物語をあのような切り口で描いた作品は初めて見たので、斬新でしたし、良かったですね。いわゆるホラーの怖さとは全く異質の怖さがありました。

Photo:(C)Kaori
Photo:(C)Kaori Saito


――好きな映画館はありますか?

森山:そのとき見たい映画が放映されているところに行くという感じですね。作品によってはシネコン系になりますが、インディーズ系の映画館ももちろん好きです。

――学生の頃から映画はよく見ていたのでしょうか?

森山:学生時代はぶらっと映画を見に行っていました。そんなにマニアだったというわけではなかったけれど、好きな単館系の映画館がいくつかあって、そこに並んでいるポスターをジャケ買い的に判断して見に行ったり。

――劇場で映画鑑賞するときのベストポジションはありますか?

森山:真正面の前方ですね。映画の世界を浴びたいので。スクリーンから離れた後方では見たいという気持ちにならない。せっかく映画館で見るのだから、スクリーンならではの迫力で映画を体感しながら見たいですね。

俳優業の醍醐味(だいごみ)は生活すべてが経費になること!?

Photo:(C)Kaori
Photo:(C)Kaori Saito


――森山さんにとって俳優業の醍醐味(だいごみ)はなんでしょうか?

森山:そうですね……生活がすべて経費で落ちるというところですかね。

――経費ですか?

森山:もちろん具体的に全てを経費で落としているというわけではないけれど、例えば遊びに行ったり、何かに熱中したり、何が仕事につながるか分からないじゃないですか。どういう役で声がかかるか分からないから、すべてがリサーチ。そう考えられるところが俳優業の醍醐味(だいごみ)かなとは思います。

――なるほど、生活すべてが芝居につながっているのですね。では最後に完成した映画を見た感想を教えてください。

森山:単純に「面白い映画」だと思います。

父親の陽二は認知症になり、彼の中からどんどん記憶と言語が剥がされていってしまう。記憶が曖昧になり、愛する女性が誰なのかすら分からなくなってしまう。そんな風に失いながらも、他者を求めてしまうというところに人間の根源を見た気がしました。

森山未來(もりやま・みらい)さんのプロフィール

1984年8月20日生まれ。兵庫県出身。

2004年『世界の中心で、愛をさけぶ』の演技が話題に。以降、映画、ドラマ、舞台など多方面で活躍。主な出演映画作品は『モテキ』(2011)『怒り』(2016)『アンダードッグ』(2020)『ボクたちはみんな大人になれなかった』(2021)『山女』『ほかげ』(いずれも2023)『i ai(アイアイ)』『化け猫あんずちゃん』(いずれも2024)。

『大いなる不在』2024年7月12日公開

(C)2023 CREATPS
(C)2023 CREATPS


幼い頃に母と息子の卓(森山未來)を捨てた父の陽二(藤竜也)が警察に捕まったと連絡が入る。約30年ぶりに再会した父は認知症で妄想の中で生きているようだった。父が再婚した直美(原日出子)は行方不明になり、連絡先さえ分からない。卓は妻の夕希(真木よう子)と共に父の家に行き、彼の人生をたどることになる。

監督・脚本・編集:近浦啓
出演:森山未來、真木よう子、原日出子、藤竜也

撮影・取材・文:斎藤香


執筆者:斎藤 香(映画ガイド)

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