「セックス」と人前で言えない日本と、親の言いつけで進路を決めるモンゴル。映画『セールスガールの考現学』

「セックス」と人前で言えない日本と、親の言いつけで進路を決めるモンゴル。映画『セールスガールの考現学』

2023.04.24 17:00

真面目なのって、悪いことじゃない。でも……。例えば、身の回りにいる奔放に生きる友人や、自由に働くインフルエンサーを見て、“モヤモヤ”と“羨ましい気持ち”、どちらも感じることはないだろうか?

両親の言いつけを守って門限通りに帰るのも、家族の中で性の問題に触れなかったことも、今思えば別にそれでよかったと思う。けれど、社会人になってからは「自分の本当の気持ちが分からない」と感じたり、やりたいことはあっても、行動できない自分に嫌気が刺したりする時もある。

これは、そんなモヤモヤを抱える人に見て欲しい映画。主人公のサロールも、あの頃と私と同じくらい……もしかしたらもっと「地味だし、堅実で真面目」な女の子。そんな彼女の人生を変えたのは、ひょんなことから手伝うことになったアダルトショップで出会うお客たちと、人生経験豊富な女性オーナー・カティアとの交流だ。

■垢抜けず、親のいいなり。どこか日本と似ているモンゴル

映画『セールスガールの考現学』の舞台は、モンゴル。その地に興味を持ったことは正直なくて「遊牧民が住む国」という印象しかなかった。でも、フィルムに映るモンゴルの景色は思った以上に近代的な都会で、主人公のサロールはモンゴルの首都に家族と住む学生。

モンゴルではまだ、親の意向で大学の専攻を決める若者が少なくないという。でも、自分だって本当に「やりたいこと」のために専攻を選んだかと聞かれれば、そうだったかな……と考えさせられる。あの頃“本当に自分に向いていること”が何かなんて分からなかったし、親や先生に勧められて進路を決めた部分もあった気がする。

もう20歳を超えているサロールだけど、その外見は垢抜けない。ただ、一見中学生にも見えてしまいそうな彼女には、仲の良い男友達がいる。その彼も、モンゴルの狭い世界で育ってきたので、夢はあるけど、その叶え方は分からない。年頃の二人は、セックスだって未経験だ。

自分の意思にも性徴にも自覚のないサロールだけど、ひょんな理由から街の「セックスショップ」……つまり、アダルトショップで働き始める。店に来る客は恥ずかしそうに顔を隠している人も多く、モンゴルではまだ「セックス」という単語ひとつ、人前で言うのが憚られるようだ。

ここまで聞いて、なんとなく「自分の育った環境と似ているかも」とも思った人もいるかもしれない。たしかに日本の多様化は進んでいるけれど、実際に公衆の面前で「セックス」とは言わないし、言いづらいと感じる人も多いのではないだろうか。

それに、アダルトショップだってそう。都会には男女問わずいろいろな人が訪れるアダルトショップもあるけれど、地方に行くとアングラな雑居ビルに入っていることも多くて、女性が一人で入るにはかなり不安を感じる。モンゴルでのアダルトショップも、まだそういった立ち位置。

■世界の広さと幸せの多様性を知って、変わっていく女の子

アダルトショップで働きはじめて、サロールは変わっていく。まず、お店の中では普段言えないセクシャルな単語も、淡々と話すようになる。でも、性の話題が身近になっただけでは、彼女が変わることはなかったのかもしれない。ショップのオーナーであるカティアとの交流が、サロールの考え方を変えていく。

カティアは自身の夢を追いかけて叶えた過去があり、お金を持ち贅沢に暮らす中年女性。人生経験も、恋愛経験も豊富で、アダルトショップのことも「あれはポルノ店じゃない、薬局なの」と語る。カティアの中でのアダルトショップは、夫婦間に起こる問題を改善するためのかかりつけ薬局。

性の話題に触れたって、その考え方が分からなければきっと、彼女の人生は変わらなかった。アダルトショップの中ではグッズの正式名称が言えても、それ以外の場所では慎ましく生きていたはずだ。でもそんなサロールのことを、カティアは「そんな人生つまらない」と一蹴する。そして彼女に「眉毛は整えるもの」「親の言いなりなんてナンセンス」と、アドバイスをする。

はじめの頃は、頑なだったサロール。自分のこれまでの生き様なんて、そうそう変わるものじゃない。だからカティアは、彼女をいろいろな場所に連れ出し、人生の楽しみ方を教えていく。来たことのないセクシーなスリップを着て、カティアの教えてくれる海外の知らない音楽で踊った時、初めてサロールの心が動く。眉毛を整えて、髪をセットして、メイクをしたら人生は変わるのかも。そんな期待が、サロールの外見を変えていく。

中年のカティアは「ぼんやりしていたら、時間はすぐに過ぎてしまう」ということも教えてくれる。どんどん垢抜けていくサロールは、年上のカティアにも心を開いていき、対等に接することができるようになる。内にこもっていた「陰キャ」のサロールに、社会性が芽生えていった瞬間だ。

私にもし、カティアのような存在がいたら。もっと若い頃から「変わること」を恐れず、自分の道を進むことができたかな。でも今「もっと早い頃に、この映画を見たかった」とも思わない。遅すぎるということはないし、人はいつでも変われる。そんな期待を持たせてくれるのが『セールスガールの考現学』だから。

■常識に縛られていたのは私だけじゃない、いつだって変われる

「人生なんて怖くない、私らしく自由に生きる」。それが、この映画からのメッセージ。育った環境やこれまでの常識に縛られて苦しいのは私だけじゃないし、日本だけでもない。そんな共感とともに、映画を見終えると「私ももっと変わりたい」と前向きになれる。

アダルトショップという知らない世界に足を踏み入れたサロールと一緒に学べるのは「いろんな生き方がある」ことと「誰だって性に興味がある」ということ。それと、自由に生きた女性であるカティアがとても輝いていて、魅力的な女性だということ。

サロールに共感すると同時に、カティアを見て憧れを持つ自分もいた。私は私、そんな風に思えたら、外で「セックス」って言うのだって、きっとなんてことない話。

「アダルトショップで働く主人公」というだけで、尖ったテーマだなと思う人もいるかもしれない。でもそんなことはなくて、日本とちょっと似た部分のある国で日常を過ごす女の子が、少しずつ世間体から開放されていく、そんな話。女友達と見に行っても、恋人と見に行っても語りがいがある映画だ。

自分の生き方、世間体、性への閉鎖感、変われない自分へのイライラ……とにかく、何かモヤモヤすることがあるなら、一人で映画館に行ったっていい。小さな映画館では、コメディシーンで笑いが漏れちゃう人もいたし、気軽な気持ちで見に行ける。

これは、アダルトショップを通じて見えてくる考現学。考現学とは、生活の変容をありのままに記録し研究すること。だから誰しもに関係のある、人生のお話なのだ。

(ミクニシオリ)

『セールスガールの考現学』

モンゴル・ウランバートルで家族と暮らし、大学で原子力工学を学ぶサロールは、代わり映えのない毎日を送っていたが、ひょんなことから、大人のオモチャが所狭しと並ぶ、ビルの半地下にある怪しげなアダルトグッズ・ショップでアルバイトをすることになる。店を訪れるさまざまなタイプのお客たちと接する日々の中で、人生経験豊富な女性ショップ・オーナーに導かれ、自分らしく生きることを学んでいく……。

4月28日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー

(c) 2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures

配給:ザジフィルムズ

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