「SHOGUN 将軍」は“異文化コミュニケーション”の結晶 米エミー賞18冠“最高の評価”受けた理由解説
「第76回エミー賞」で史上最多18冠を達成した真田広之主演の戦国スペクタクル「SHOGUN 将軍」。反響の大きさはとどまるところを知らず、11月16日(土)から8日間、全国の一部映画館にて第1、2話が劇場公開される。セリフの7割が日本語という本作が「エミー賞」で外国語作品として史上初めて作品賞を受賞するほど評価されたポイントはどこにあるのか、あらためて振り返ってみたい。
ジェームズ・クラベルのロングセラー小説をドラマ化
戦国時代の日本をモチーフにしたジェームズ・クラベルのロングセラー小説を「トップガン マーヴェリック」のジャスティン・マークス氏らが新たに映像化した「SHOGUN 将軍」。
1600年代の“天下分け目の戦い”前夜の日本を舞台に、真田演じる戦国最強の武将・吉井虎永、伊豆網代に漂着したイギリス人航海士ジョン・ブラックソーン(のちの按針/コズモ・ジャーヴィス)、ブラックソーンの通訳を務めることになったキリシタン・戸田鞠子(アンナ・サワイ)らが直面する陰謀と策略を描いた物語だ。虎永は徳川家康、ブラックソーンは三浦按針、鞠子は細川ガラシャ…とモチーフとなる人物はいるが、設定やエピソードの多くは小説をもとにしたフィクションだ。
世界の共感を集めた“吉井虎永”のヒーロー像
人の感情の機微は万国共通であり、俳優たちの卓越した演技は洋の東西を問わず多くの視聴者の心に届いた。「エミー賞」で日本人初の主演男優賞を受賞した真田、アジア人初の主演女優賞を獲得したサワイ、そしてゲスト男優賞を受賞したネスター・カーボネル(網代に流れ着いて途方に暮れるブラックソーンの最初の案内役となるスペイン人航海士・ロドリゲス役)ら、中世日本の世界観に完全に溶け込んだ俳優陣の演技が第1話から堪能できる。
中でも主人公・吉井虎永は五大老の一人ながら他の4人と対立。一手でも間違えれば破滅に転じる瀬戸際で、ギリギリの選択を余儀なくされる。満身創痍でも最後まで諦めないヒーロー像は、英語圏の視聴者にも高解像度で理解され、共感を持って受け止められた。
ひょうひょうと二君に仕える日和見主義の伊豆大名・樫木藪重を演じた浅野忠信、イマイチ天下に手が届かない哀愁漂う敵役の大老・石堂和成を演じた平岳大も今回、助演男優賞にノミネート。強さと弱さを併せ持った人間味あふれる登場人物たちが、英語圏の視聴者にも好意的に受け止められた。
二階堂ふみ“落葉の方”、穂志もえか“藤”…存在感抜群の女性たち
賢さと勇気、さらに長刀を構えて戦う強さを兼ね備えた鞠子はもちろん、二階堂ふみ演じる太閤の側室・落葉の方が発する凄み、向里祐香演じる伊豆の遊女・菊のなまめかしい色気など、女性キャストの存在感も抜群だ。
中でも注目を集めたのが、按針の妻となる藤(穂志もえか)。彼女は、夫自身の失態が原因で夫と幼いわが子を亡くし、その上“異人の妻”になるという過酷な運命に翻弄(ほんろう)されながらも、粛々と按針の妻としての務めを果たす。全身から立ち上る“武士の妻”の誇りが、欧米視聴者の心にも響いた。4話で描かれる“銃を構えたジャパニーズ・プリンセス”のかわいらしさとたくましさのギャップに撃ち抜かれるファンが続出し、「Fujisama」を称える英語コメントや彼女のリアクションミームがSNS上で飛び交った。
日本文化ブームに火をつけた1980年版「将軍」
さらに、「SHOGUN 将軍」がこれほどまでに米エンタメ界で受け入れられたのには“下敷き”もあった。それが、同じ小説を原作に米NBCで制作・放送された1980年版ドラマ「将軍 SHOGUN」だ。
ブラックソーンをリチャード・チェンバレンが、吉井虎永を三船敏郎が、戸田まり子を島田陽子が演じた1980年版も、全米平均30%超という記録的な視聴率を獲得。サワイ以前に「エミー賞」主演女優賞にノミネートされた唯一の日本人が、この作品の島田だ。
この1980年版「将軍」が、日本文化ブームの火付け役になったと言われている。“page-turner(読みだしたら止まらない本)”とファンの多い原作本しかり、1980年版「将軍」しかり、英語圏の視聴者が“中世日本”を深く理解する土壌はすでにあったのだ。
ブラックソーンがストーリーの中心だった1980年版「将軍」に対し、2024年版「SHOGUN 将軍」はセリフの7割が日本語で、日本人同士の人間関係もより深く描かれている。
そしてその分、言語間のコミュニケーション、中でも言葉を訳して伝える側面にスポットが当たっている。マークス氏が「エミー賞」作品賞受賞の壇上で「『SHOGUN 将軍』は翻訳に関するショーです」と口にしたのはこの部分だ。
ブラックソーンが初めて虎永の前に出た時に“通詞(通訳)”を務めたのは、宗教的に対立しているポルトガル人宣教師。“通詞”はブラックソーンがごく初期に覚えた日本語の一つであり、2話にはブラックソーンが敵意をむき出しにして「ポルトガルに有利に話をねじ曲げる気か」と宣教師にかみつくシーンもある。発した言葉が常に正確に伝わるとは限らないのだ。
一方、代わって通詞を務めることになった鞠子は、対立しがちな侍たちとブラックソーンの言葉の角をうまく削り、まろやかな言葉に変換して伝えている。このケースではポジティブな意味合いで、実際の発言と鞠子が訳した言葉のニュアンスが微妙に異なり、字幕によって視聴者もそれを味わうことができる。そしてその差異が、ストーリーに奥行きを生んでいる。
この点も2024年版「SHOGUN 将軍」ならではの見どころの一つだ。「SHOGUN 将軍」は米辛口批評サイト・Rotten Tomatoesでレビュー評価100%を記録したことも大きな話題となったが、そのRotten Tomatoesの公式YouTubeチャンネルに真田、サワイ、ジャーヴィスが出演した際、MCのニッキ・ノヴァクも「すごく面白いと思ったのは、(ブラックソーンの通詞を務める鞠子が)言葉を時には訳して、時にはあえて訳さない、そういう場面がありましたよね」と言及している。
「この世界に住んでみたい」欧米視聴者を魅了したスタッフワーク
莫大な製作費が投じられたと言われる「SHOGUN 将軍」は、衣装デザインやメイクアップ、視覚効果、音響編集などスタッフワークの水準もケタ違い。実際、「エミー賞」18冠のうち14の賞は、専門的なスタッフワークに贈られた。
大坂城を彩る絢爛(けんらん)な衣装から、朝露の湿り気を感じる網代の風景まで、彼らが総力を挙げてカナダのロケ地に作り出した「SHOGUN 将軍」の世界はまさに、中世日本そのもの。ニッキ・ノヴァクはセットについても「景色、匂い、手触り(が感じられる)、私もこの世界に住んでみたいと思ったほどの“仮想現実”」と表現している。
それを実現させたのが、プロデューサーも務めた真田の“本物の(authentic)日本の文化を世界に伝えたい”という思いだ。真田はさまざまな場で「私たちは可能な限り本物を作ろうと努力しました。そのために各分野に時代劇のエキスパートである日本のクルーを採用しました。かつら、小道具、衣装、所作…。日本のクルーと西洋のクルーが一緒に素晴らしい仕事をしてくれました」と語っている。
ケータリングの列にも変化が…
異文化コミュニケーションをテーマの一つに据えた「SHOGUN 将軍」。それ自体が、日本やアメリカ、撮影地カナダのスタッフが共に作った異文化コミュニケーションの結晶だ。撮影現場では日本食とウエスタンフードのケータリングが用意されたが、それぞれの列に並ぶ顔ぶれも次第にミックスされていったという。
2つの言語と文化が溶け合うシーンは「エミー賞」作品賞の受賞スピーチ壇上でも見られた。時代劇を継承してきた先人たちに向けて真田が日本語で「これまで時代劇を継承して支えてきてくださったすべての方々、そして監督や諸先生方に心より御礼申し上げます。あなた方から受け継いだ情熱と夢は海を渡り、国境を越えました」とスピーチすると、それをマークス氏が英語に訳して伝え、最後はマークス氏が「アリガトウゴザイマス!」、真田が「Thank you so much!」と声を張り上げた。
思いを一つにした東西のクルーが世界の視聴者の心に響く“時代劇”を作り上げ、「エミー賞」史上最多受賞や外国語作品初の作品賞受賞といった偉業を成し遂げたのだ。
「SHOGUN 将軍」第1、2話の劇場公開は11月16日(土)から11月23日(土)まで、ディズニープラスのスターでは全話独占配信中。
◆文=ザテレビジョンドラマ部
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