ex JAYWALK 中村耕一「諦めない。事件を起こした僕が諦めてしまったら元も子もなかった」
JAYWALKのボーカリストとして一世を風靡した中村耕一さんは、2010年に覚醒剤取締法違反によって逮捕される。そこから表舞台から姿を消し、地道にライブ活動を行ってきた事実は熱心なファン以外にほとんど知られていなかっただろう。そんな中村さんを主役に据えた映画が劇場公開前から話題となっている。監督の日比遊一氏とともに、作品の見所をディープに語ってもらった。(前後編の後編)
──『はじまりの日』はフィクションですが、中村さんが起こした覚醒剤取締法違反の件を含め、ノンフィクション的な要素も強いです。そのあたりのバランスは、どう作品に落とし込んだんでしょうか?
日比 仮にこれがまったく関係ない俳優さんにやってもらうとしたら、話は違っていたと思うんです。ただ中村さんご本人にやってもらう以上、実際に経験したこととか、その当時の感情とかを反映させたかったんですね。たとえば映画の中では、同僚が亡くなったことで弔いの曲を歌う場面があります。あれは実際に歌をずっと封印していた中村さんが、3.11を契機に周囲から頼まれて再び歌い出したというエピソードが元になっているんです。
中村 そうですね。日比監督は海外生活が長いので、僕が起こした事件のことも最初は知らなかったくらいなんです。自分の過去については、監督にいろいろお話させていただきました。
日比 裁判の場面にしたって、極力、本当に交わされた法廷での会話をセリフにしていった。カメラを回している段階で作り物かもしれないけど、本人の心情や表情は限りなくリアルなんですよ。やっぱり本人の気持ちが入っていると、作品がまったく変わってきますから。
──となると、中村さんとしても過去のことを思い出して苦しかったのでは?
中村 ご存知かもしれませんが、覚醒剤というのは非常に再犯率が高い犯罪です。幸いなことに、今のところ僕は再犯せずに済んでいる。でもそれは自分1人の力というわけではなくて、家族にも支えられましたし、周りのミュージシャンにも励まされましたし、名古屋という街にも助けられました。いずれにせよ、意識としては「臭い物に蓋をする」というよりも、むしろ逆に「常に思い出しておけ」って自分に戒めているんです。
日比 映画の中では竹中直人さん演じる音楽プロデューサーが「お前、バンドのメンバーにも謝っていないじゃないか」って言うシーンがあるんですけど、そこはさすがに中村さんも受け入れてくれないかなと心配したんです。だけど、中村さんは快くやりきってくれた。ネイキッド(裸)になってくれた。ある意味、この映画は通常のドキュメンタリーよりも本当の中村さんに近づけたんじゃないかと思う。
──どういう意味でしょうか?
日比 僕が最初に感銘を受けたのは、今、中村さんが地に足をつけながら日常を生きているということなんですよ。普段からスーパーで買い物して、天ぷらに衣をつけて、奥様を車で送り迎えして……。それと同時に年間100本以上のライブも行っている。ちゃんと普通に生活を送るというのは尊いことですから。そういう素の姿を切り取ろうとしても、ドキュメンタリーだと現実的にはなかなか難しいところがあるんです。
──そういう意味でいうと、中村さんが料理するシーンで手際のよさに驚きました。
日比 あの包丁さばきにしたって、とってつけたような演技じゃないからリアリティがあるわけですよ。普段の生き方が出ているといいますか。
中村 勘弁してくださいよ。僕の包丁さばきなんて、本物の板さんに言わせたら全然ですから……。
日比 別にそのレベルを目指す必要はないと思いますけどね(笑)。でもたとえば手紙を書く文字だとか、そういう部分にも素の人間性って出てくるじゃないですか。
中村 それは自分もやっていて感じました。
日比 あと映画の中では、清掃員の同僚女性から「まだクスリやってるの?」とか尋ねられる場面があるんですね。それは別に実際に中村さんが清掃員として働いていたわけでもないし、同じことを言われたわけでもないんだけど、そうした世間の偏見と戦ってきたことは間違いない。そういうのってドキュメンタリーじゃ入れられないんですよね。“フィクションならではのリアリティ”というものもあるので。
──現在はキャンセルカルチャーやデジタルタトゥーの問題もありますし、世の中全体が失敗した人間に対して許容しなくなっている傾向があります。
日比 特に日本ではそれが顕著ですよね。セカンドチャンスというものが、ほとんどないと言っても過言ではありません。僕は犯罪者の味方というわけではないけれど、宮本武蔵やイエス・キリストのような偉大な人物でさえ、試練や挫折を経験しています。そうしたテーマに対して、僕なりの表現でメッセージを届けたいという想いがありました。
中村 人間は失敗しても再び立ち上がれるのか? これは難しいテーマだと思うけど、1人じゃ無理だと思うんですよね。僕の場合、たまたま周りに味方してくれる人がいるから今のところはなんとかなっているというだけの話であって。もっとも完全に立ち直れているかどうかはわからないですけど。──含蓄がある言葉です。
中村 最近、僕は児童養護施設にお手伝いで行くことがあるんです。そこで何を伝えたいかというと、「敵ばかりじゃない。否定する人間ばかりじゃない。1人かもしれないし2人かもしれないけど、必ず味方になってくれる人はいるんだよ」ってこと。「あなたのことをちゃんと見守ってくれている人も世の中に絶対いるんだから」って……。
──親ガチャなどという言葉もはびこる中、日本は格差がどんどん広がっています。立ち上がる気力もない人たちも大勢いると思うんですよね。
中村 「諦めるな」「悲観するな」とか口では言ったところで、実際は叶わない夢だっていっぱいあるじゃないですか。僕だってそうです。ずっと音楽をやりながら、いろんな夢を見てきたけど、叶わなかった夢のほうが多かった気もするんですね。だけど、諦めない。あるいはなにかを諦めたとしても、別のことは諦めないで踏ん張る。「これはもうダメだ」って自分で認めない。
──最後は意志力が大事ということになる?
中村 もちろん僕がこんなことを口にしたところで、「綺麗事ばかり言いやがって」という意見も出るでしょう。でも、諦めないことが次に繋がるのも事実なんですよ。閉じちゃったら、そこで終わりですから。それは本当に僕自身の経験として声を大にして言いたい。僕も事件を起こして最初は路頭に迷い、周りの方たちに大いに助けられましたが、そこで肝心の僕が諦めてしまったら元も子もなかったでしょうから。
日比 映画の中で、中村さんが住んでいるアパートが頻繁に登場しますが、これは一種のメタファーです。そのアパートには、LGBTQの方、片親で複雑な家庭環境を持つ女性(主人公)のような人、身体障害者、生活に困っている高齢者、そして男性(主人公)のように過去に不祥事を起こした人などが住んでいます。住民たちは、いずれも何らかの形で社会的に疎外された存在として描かれています。作中には「ここは負けた人間が集まるアパートだ」というセリフもあるくらいです。
──ただ、弱者が頑張る姿を見ることで鼓舞される観客もいるはずです。
日比 だからこそ、あのアパートで『BEGINNING』という曲を歌うことが重要でした。みんなにとって“はじまりの日”になるんだという意味で。
──最後に映画公開にあたってメッセージをお願いします。
中村 先ほど話が出たように、たしかに今の時代は夢すら見ることができない人が大勢いると思います。あきらめたくないことはあきらめない。叶わないこともたくさんあるけれど叶うことだってあるんだということを感じてもらえたらと思います。
日比 1歩踏み出す勇気が、未来を変える最初の音となる…… そのわずかな歩みが、やがて旋律となり、それぞれのストーリーを奏でる…… この作品を、多くの人に観ていただき、その勇気や希望が広がっていくことを願っています。
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