「ももさんと7人のパパゲーノ」より

NHK制作陣が語る、『死にたい気持ちを否定しない』ドラマを届けるわけ <ももさんと7人のパパゲーノ>

2022.08.17 05:00
「ももさんと7人のパパゲーノ」より

伊藤沙莉主演のNHK特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」(夜11:00-0:00、NHK総合)が8月20日(土)に放送される。同作は社会に“適応”した普通のOLのように振る舞いつつも希死念慮を抱えた主人公・もも(伊藤)が、自身と同じような気持ちでいながらも死ぬ以外の選択をしている人たちを訪ねて旅に出る物語だ。「死にたさを抱えてなお生きる人々」を題材にした同作の企画意図や込めた想い、制作の経緯について、企画者でもある演出の後藤怜亜ディレクター、脚本を担当した加藤拓也氏に話を聞いた。

報道のもたらす「ウェルテル効果」と「パパゲーノ効果」

2020年、新型コロナウィルスの感染拡大により、日本の自殺者数は10年ぶりに増加に転じた。そんな中で誰もが知る人気芸能人らの自殺も相次いだが、マスメディアによる自殺報道が影響してさらなる自殺を呼ぶ「ウェルテル効果」(※ゲーテ「若きウェルテルの悩み」の発売当初、内容に影響された自殺者が多く発生したことに由来)があった、と言っても過言ではない状況も発生してしまった。

社会問題としてワイドショーなどでも取り上げられ、世間に広く知られるようになった「ウェルテル効果」だが、実はカウンターとなる言葉がある。それが、「パパゲーノ効果」だ。

パパゲーノとはオペラ「魔笛」に登場する、信じた人と引き離され自殺しようとするものの、自分に似た片割れのような存在・パパゲーナとの出会いにより、生きることを選ぶキャラクターのこと。「パパゲーノ効果」とは、パパゲーノのように、“「自分と同じように希死念慮がありながらも死ぬ以外の選択をしている人のライフストーリーを知ること」で自殺を思い止まる効果”のことを指す。

後藤D「パパゲーノ効果の研究自体がまだ過渡期にあるのですが、事実として今、ネガティブな後押しになってしまう報道の数に対して、ポジティブなロールモデルになり得る番組が圧倒的に少ない、という指摘を専門家の方から頂きました。だからこそ、NHKではさまざまな手法を使い、どのような伝え方であればより伝わりやすいか、日本の文化やコンテクストの中では、どのようなものがよりポジティブな共感を呼ぶことができるのかを検証してきました」

死にたい気持ちを否定されるから、より死にたくなる

NHKではこれまでにも試行錯誤を重ねながら、多くの取り組みを実施してきた。その中の1つが、ポータルサイト「自殺と向き合う」の運営だ。後藤Dが普段担当している福祉番組「ハートネットTV」(NHK Eテレ)が2008年に立ち上げ、現在に至るまで運営してきた。同サイトでは常時「死にたい」「生きるのがつらい」という気持ちに関する投稿を募集しており、つらい気持ちを抱えてアクセスしてきた訪問者は自分の気持ちを吐き出すことができるほか、同じような思いの人の経験談や死にたい気持ち、それでも生きている理由などを読むことができる。

後藤D「私は5年半ほど『自殺と向き合う』に関わらせていただいています。担当になった当時は投稿数が約4000件ぐらいでしたが、現在では年間で2万件を超える数の投稿を頂くようになりました。それは、死にたいと思う人が増えたというよりも、『誰にも言えなかったことも、ここへなら書いてもいい』と思っていただける人が増えたのかもしれない。その意味では、やってきた価値はあったのではないかと思っています」

後藤Dは「自殺と向き合う」に声を寄せた当事者の取材を長年継続しているが、1人1人と長期間向き合っていく中で、ある気づきがあったという。

後藤D「当事者の方約20人とずっとお付き合いをさせていただいているのですが、取材する中で、『“死にたいと思うこと自体を否定されている”からこそ、より死にたい』といった思いをお聞きして。実際、今の社会では『死にたい』と口にした瞬間に否定されたり、みんなそうだよとたしなめられたり、孤立することになると思います。だからこそ、死にたいと思うこと自体を否定しない物語を作りたいと思いました」

「あの漫画が発売されるまでは生きてます」ということがある

そんな彼女の想いが形になったのが、NHKの福祉とドラマの部署が共同制作する異色のドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」だ。主人公が旅をしながら7人の“パパゲーノ的な人”、つまり死にたい気持ちを抱えてなお生きることを選択した人物のライフストーリーを知っていく構成であり、放送を通じたパパゲーノ効果も期待できる。一方で、後藤Dの意図の通り、終始「死ぬことを否定しない」、淡々とした優しい物語として描かれているのが印象的だ。

これまでにも取り組んできたドキュメンタリー形式ではなく、あえてフィクションという形を取ったのはなぜなのだろうか。

後藤D「死にたいと思い詰めていたとしても、『見たい映画があるから生きてます』『あの漫画が発売されるまでは生きてます』『好きな舞台の公演があるから、それまでは生きてます』ということが、結構あります。それだけの力がフィクションにあることを日々感じていたので、そんなお守り代わりになるようなものが、ドラマでできないかなと思ったんです」

同作の脚本を担当するのは、「部活、好きじゃなきゃダメですか?」(2018年、日本テレビ系)、「死にたい夜にかぎって」(2018年、TBSほか)、「俺のスカート、どこ行った?」(2019年、日本テレビ系)等で知られる脚本家・加藤拓也氏だ。

後藤D「これまでの加藤さんの作品を拝見する中で、人肌のある物語やセリフをお書きになる方だなと思っていて。『こういう考え方、こういう人って駄目だよね』とか、『死にたい気持ちを抱えている人ってこうじゃないと共感がしづらいよね』という、固定観念のようなものを超えてくださるのではないか、という信頼がありました」

設定はポータルサイト「自殺と向き合う」などを参考に

難しいテーマながらも「自殺を肯定も否定もしないということであれば、書けるかもしれません」と引き受けた加藤氏。後藤Dから共有された、「自殺と向き合う」の印象的な投稿や高頻度で書き込まれるキーワード、彼女が長年の取材の中で知った当事者の方の姿などをヒントに、設定を考えていったという。

加藤氏「いただいた資料から、物語としてどう構成して行けばいいのかを考えていきました。主人公の設定は、『自殺と向き合う』の投稿者属性として一番数が多かったのが『もも』というペンネームの20代女性だったことから決定しました。その一方で、特定の年代やジェンダーに偏った話にはならないようにも意識していました」

主人公・もも役を務めるのは、NHKのドラマでは初主演となる伊藤沙莉。

後藤D「加藤さんに書いていただいたプロットを読んだ時に、もも役は伊藤沙莉さんしかいないと思いました。社会に“適応”していると思われてしまう25歳の女性でありながら、死にたい思いを内包していると言う主人公ですが、当事者性の人が見た時にも嫌味なくスーッと入ってくるような方がいいなと」

「自殺を助長しない」と「死にたい気持ちを否定しない」の両立

描き方によっては諸刃の剣ともなりかねない繊細なテーマであるため、制作には細心の注意を払ったという。

後藤D「WHOのガイドラインを遵守し、専門家の方にも入っていただくことで、自殺を助長する表現を入れないようにしています。その一方で、希死念慮に対する否定的なメッセージを与えないことにこだわって制作しました。『自殺を助長しない』と同時に『死にたい気持ちを否定しない』物語をいかに成立させるのか、徹底的に取り組みました」

加藤氏「表現ひとつでトリガーになってしまう可能性もあるので、後藤さんやプロデューサーに都度確認を取りながら進めました。企画意図から外れてしまわないようにという点は、常に考えていました」

作中では、ももに対する周囲の反応が意図せず彼女を追い詰めてしまう場面も描かれている。我々が希死念慮を抱えた人と関わる際には、どのような点に気を付けるべきなのだろうか。

後藤D「傾聴の基本のような話になってしまうのですが、否定もアドバイスもせずに、ただ聞くことだと思います。その上で、話の中で、その人が思いもよらないようなところで肯定できる部分を見つける。そうしたことを専門家、当事者の方への取材から知りました。私自身も実践できずに落ち込むこともあるのですが、そうしてもらえると視界が開けることもあると思います」

どうにもならないことを無理やりに解決しなくてもよい、という物語

最後に、「ももさんと7人のパパゲーノ」を視聴者にどのように見てほしいかを聞いた。

加藤氏「どうにもならないことを無理やりに解決しなくてもよい、ということを描いた作品です。悩んでいる人だけではなく、その周りの人のお話でもあるので、悩みに関係なく見てほしいです」

後藤D「脚本の加藤さんも、キャストの皆さんも、集まってくれたスタッフも、関わった全員がこのテーマのことを真剣に考えて作った、嘘のないお話です。どんな人が見てもちょっと優しい気持ちになれる作品だと思いますので、いろんな方に見ていただけたらなと思います」

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