衣裳というクリエイティブな世界 「妥協は一切ない」スタイリスト・中原幸子が掲げる3つのルール

2021.12.30 12:00
提供:2.5ジゲン!!

『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』Rule the Stage、「BANANA FISH」the Stage 前・後編、舞台『タンブリング』など数々の作品で衣裳を手掛けるスタイリスト・中原幸子さんにインタビュー。

前編では、舞台衣裳との出会いやコンサート衣裳を手掛けた際のエピソードなどについて語ってもらった。後編となる今回は、舞台衣裳の特異性や2.5次元作品でリアリティを追求する術、衣裳の仕事を目指す人へのアドバイスなどを聞いていく。

2.5次元作品に妥協は一切通用しない

――衣裳の仕事をする上で、2.5次元作品と他の作品とで違いを感じることはありますか?

どんな仕事にも全力を尽くしていますが、特に2.5次元作品は、原作というベースがあるからこそ妥協できない、むしろ「妥協が一切通用しない」という意識で取り組んでいます。

オリジナル脚本の舞台であれば、どのようなデザインであっても「これがこのキャラクターです」と主張することができます。でも2.5次元作品は、観客の皆さんが原作を知っている。つまりキャラクターの服装はもちろん性格や生き方まで熟知しているので、そこから外れた衣裳についてどう言い訳しても絶対に通用しないんですよ。

2.5次元では原作とキャラクターを第一にリスペクトしないといけない。時間や手間がどんなにかかっても、そこは妥協してはいけない部分だと思います。

――2.5次元の衣裳を手掛ける上で、大切にしていることは?

特に意識していることは3つあります。一番大切にしているのは、「素材に嘘をつかないこと」です。「このキャラクターならどういう服を着るか」「原作でのストーリー上どんな服であるべきか」という視点は常に意識しています。衣裳の生地にリアリティを反映させるということです。

「仕事で2日寝ていない」というキャラクターのシャツがパリッと糊付けされていたら、すごく違和感がありますよね。もしくは、原作で「数年ぶりに押入れから引っ張り出した」というストーリーのあるシャツが新品のようにピカピカでも興ざめしてしまいます。

「この状況ならば襟や袖がくたびれているはず」「ちょっと湿っぽくてカビ臭い雰囲気がある」…そういった背景を衣裳で表現することが、この仕事の役割であり、醍醐味でもあります。

――衣裳の向こう側にストーリーが見えるよう、意識されているんですね。

2つ目に意識しているのが、「キャスト本人の骨格や肌の色を無視しない」ということです。キャラクターの設定画をただ忠実に再現しようとすると、のっぺりとした薄っぺらい印象になってしまうことがあります。それは、実際に着用するキャストの存在を無視しているためです。

2.5次元で表現したいのは「ここに生きているキャラクター」であって、キャラクターの扮装をしている人ではありません。キャストの骨格に合う衣裳、その人が一番かっこよく見えるシルエットを意識して作ることで、初めて「そこに立っている、生きている」という手応えが生まれます。

色選びもそうです。衣裳を着るキャストは一人一人、肌や瞳の色が異なります。同じ赤でも無数の色味の「赤」があるので、キャストの肌や瞳がどう見えるかを考えながら生地の色味を選定します。

――意識していること、もう一つは何ですか?

3つめは「照明の当たり方」です。同じ照明プランで上演しても、舞台の大きさや形状によって照明の当たり方は大きく違ってきます。衣裳に光が当たる範囲、反射の仕方、色の見え方など、劇場によって全く異なるので、そこは必ずチェックします。

アイテム一つ、手を抜かない。帽子なども職人に一から製作を頼んでいるという。同じグレーでも、どのトーンが最も肌に馴染むのか、調整する。

衣裳が役者のモチベーションに繋がる

――衣裳にリアリティを持たせるために、こだわっていることは?

やはり素材選びは徹底して行います。衣裳に使う生地は、日本で探すだけでなく海外から取り寄せることもありますし、イメージに合うものが見つからないときは生地店さんにお願いして作ってもらうこともあります。予算の関係もあって全てを理想通りにするのはなかなか難しいですが、「ここは妥協してはいけない」という部分をしっかり見極めることが大事だと思っています。

――ご自身の経験で、衣裳の制作に役立っていると感じることは?

アメリカのデザイナーのもとで修行する中で「服の構造」を学べたことは、大きいです(※詳細はインタビュー前編参照)。構造を理解していれば、着る人の骨格に合わせたパターンを作れますし、どのように裁断・縫製すれば動いたときに綺麗に見えるかというのが予測しやすくなります。

――衣裳の動きを綺麗に見せるため、具体的にはどのような工夫をされていますか?

たとえば「ヒプステ」のように激しく動く作品で、何枚も重ね着しているように見せたいとき、実際に何枚も着込んでしまうと動きにくいし暑さや重さで体力を消耗してしまいます。できるだけ軽くするために、重ね着して「見える」ように布を縫い合わせていくのですが、1枚めの生地がひるがえったときに縫い目が見えてしまうと、それはそれでリアリティが崩れてしまう。見えない部分で全て合体させて、本当にレイヤードしているような動きに見せるためには、服の構造に関する知識が必要です。

衣裳の見え方が綺麗だと、キャストさんのモチベーションも変わると思うんです。本番ギリギリまで調整した衣裳を身に着けたキャストさんから「こんなに素敵に見えるように作ってくれて、ありがとうございます」「この衣裳を着ると気合が入ります」といった言葉をかけていただけると、頑張って良かったなあ……としみじみ感じます。

――我々一般人でも素敵な服を着ると心が弾みますから、舞台の上のキャストさんはなおさら、衣裳のパワーを実感されるのでしょうね。では、「ファンの方」に言われて嬉しかった言葉はありますか?

Twitterやお手紙で頂く全ての言葉が嬉しいのですが、特に感激したのは「自分の推しをこんなに素敵に見せてくれて、ありがとう」という感謝のお言葉です。

それはもう、衣裳に関するご感想を超えた、キャストやキャラクターの魅力をサポートできたことに対する「ありがとう」ですよね。ファンの方にそこまで言っていただけたことに驚きましたし、嬉しかったですね。

――では、今までのお仕事で「難しい」と感じた作品はありますか?

「ヒプステ」初のライブ公演となった「Battle of Pride」のオリジナル衣裳は、難しいチャレンジでした。演出の植木豪さんからのご要望で「全メンバー黒で統一」というコンセプトが生まれたのですが、ライブ公演とはいえ「黒一色」というのは大きな冒険でしたね。

アイドルのコンサートであれば、黒であってもスパンコールやキラキラした生地を使って存在感を出せます。でもその手法では「ヒプステ」のイメージとはズレてしまう。これは難しいぞと、当初は頭を抱えました。

でも植木さんから「そこで挑戦するのがヒプステ。チャレンジしよう、ぶっこんでいこう!」というお言葉をいただきまして(笑)。「植木さんが言うなら頑張ろう」と決めて挑戦しました。

衣裳の仕事を目指す人へメッセージ

――「将来、舞台衣裳の仕事がしたい」と思っている読者に、アドバイスはありますか?

とにかく、色々な分野の作品にたくさん触れることが大切だと思います。映画、舞台、漫画、アニメ、ゲーム…何に触れるときも、「この衣裳はどうしたら一番素敵に見えるだろう?」と考えながら見ることで、自分の感性を磨いていけます。

特に映画はとても勉強になります。映画の衣裳はシーンに合わせたリアリティが追求されていることが多いので、「こういう状況を表現したいときは、こうすればいい」という定番の法則を掴みやすいんです。

法則が分かれば、あえて外したいときにもどうしたら良いか分かります。「ここは定番ルールで見せた方がいい」「ここは外した方がいい」というポイントも見えてくるはずです。

私は、一緒に働いてくれているアシスタントにも「新作の映画は全て見に行くべし」と伝えています。映画館でなくても、配信サービスやサブスクでもOKです。とにかくたくさんの作品に触れることをオススメします。

中原さんの“相棒”コピック

――他に、日常で学べることはありますか?

街を歩いている人の服を見るのも役立ちます。ハンガーに吊るされている服ではなく、実際に人が着用している服の動きを見ることが大事です。服の構造を理解するのにも役立ちますし、服が無言で表現しているその人の生き方や背景まで見えてきて、たくさんの学びがありますよ。

スーツを着たサラリーマンを見て、「この人は新入社員のときに買ったスーツをずっと着用しているな」とか「この人のシャツはすごく丁寧にアイロンがけされているな」とか…服を見て色々なことを感じ取ること、想像することは、確実に作品作りに繋がります。

リアルの世界とお芝居の世界と、両方を見ることで感性が磨かれ、リアリティを生むのに役立ちます。ぜひ意識してみてください。

――貴重なアドバイスをありがとうございます。最後に、今後やってみたいお仕事はありますか?

今は大きな夢が2つあります。1つはブロードウェイでお仕事してみたいということ。もう1つは、日本の漫画やアニメが海外で映像化されるときに、その作品の衣裳を手掛けてみたいということです。

海外の映画の技術は本当にすごいのでそこを学びつつ、日本の素晴らしい文化である漫画やアニメの実写を、作品に思い入れのある日本のファンから見ても納得のいく衣裳で表現する、ということにチャレンジしてみたいです。

取材・文:豊島オリカ/写真:中原幸子さん提供

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