【何観る週末シネマ】全人類が考えるべきテーマを犬を通して投げかけた実験的作品『犬の裁判』

今作は、ジャンルとしてはあくまでコメディに分類されるし、犬のコディの表情やしぐさが愛らしく、一見するとハートフルな物語のように思えるかもしれない。しかし実際には、人間の固定観念をじわじわと刺激する、社会派の一作である。

「動物裁判」は、主に中世ヨーロッパで行われていたとされ、その記録もいくつか残っている。さらに、2021年にはカバが裁判にかけられたという出来事が世界的なニュースとなり、記憶に新しい人もいるだろう。なかでも犬は、人間にとって最も身近な動物のひとつであり、家族や親友のように認識している人も多い。

人を噛んだ犬を弁護することになった弁護士（レティシア・ドッシュ。本作の監督が自ら演じている）は、さまざまな論点や視点、司法制度の抜け穴を試行錯誤しながら探る。しかし裁判の中で、犬は「物」として扱われる存在であり、判決が下れば、簡単に殺処分されてしまう。それに異議を唱え、人間と同様に扱うべきだと主張するものの、そうすると今度は、人間と犬を同等に扱うことで生じる問題が浮き彫りになってくる。

人間と犬は、たとえ同じ世界に生きる動物同士であっても、現実の社会は人間を中心に構築されている。生まれながらに刷り込まれた価値観や概念を覆すことは容易ではなく、ほとんど不可能に近い。同じ人間同士でさえ、男女間、人種間、マイノリティに対する差別や区別が根強く残っているのだから、動物との間に明確な線引きがあるのも当然だ。犬は犬、猫は猫として人間とは別の存在とされ、牛や豚、鶏であれば食べてもよいという感覚もまた、その一例である。

そうした人間に対して、「自尊心はありながらも構造的に人間とは異なる存在」を理解すべきだと問いかけても、その哲学自体が人間の視点から生み出されたものでしかない。つまり、犬と人間の区別を完全に無くそうとすることには、多くの矛盾が伴う。人間としても物としても扱えない存在を、司法の枠内でどう捉えるか。その論点を探り合う過程は、ときにコミカルではあるが、簡単には答えの出ない深いテーマを観客に投げかけている。

物語の冒頭には、セクハラ発言を繰り返す男性が登場するが、これは明らかに女性差別として描かれている。しかし、そうした人物を言葉だけで改心させるのは非常に難しい。それと同じように、差別と区別の違いを理解していない人に何を説明しても届かないかもしれない。それでも司法という制度を通じて試してみようとする姿勢には、強い実験性と挑戦が感じられる。この作品はフィクションとして片付けるのではなく、身近な問題として広く受け止められ、観る人それぞれが議論を交わすきっかけになることを願っている。

〇ストーリー負け裁判ばかりで事務所から解雇寸前の弁護士アヴリルは、次の事件では必ず勝利を勝ち取ろうと決意する。そんなときある男から、かけがえのない伴侶で絶望的な状況にある犬コスモスの弁護を依頼される。アヴリルはどうしても見過ごせず、またも勝ち目のない犬を弁護するという不条理に飛び込んでしまう。犬の命がかかった裁判が、にぎやかにときにコミカルに展開する。人間と動物との関係に疑問を投げかける、実話に基づいた傑作法廷コメディ。

〇作品情報監督：レティシア・ドッシュ脚本：レティシア・ドッシュ、アン=ソフィー・バイリー出演: レティシア・ドッシュ、フランソワ・ダミアン、ジャン=パスカル・ザディ、アンヌ・ドルヴァル、コディ（犬）ほか2024年/スイス・フランス/フランス語/8１分/1.85:1原題：LE PROCES DU CHIEN/字幕：東郷佑衣配給：オンリー・ハーツ後援：在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ/在日スイス大使館5/30（金）、シネスイッチ銀座・UPLINK吉祥寺他にて全国順次公開