水樹奈々、μ's…かつての“声優枠”はどこに?『紅白歌合戦』に声優が出なくなった理由
2023年もいよいよ終盤に近づき、ようやく『第74回NHK紅白歌合戦』(以下:紅白)の出演アーティストが発表された。今年も豪華な顔ぶれとなっていたが、そこで「声優」の名前がなかったことに気づいた人もいるかもしれない。一時期の『紅白』には、アニメなどで活躍している声優たちが毎度のように出場していたが、ここ数年はほとんど姿を見ない。その理由はいったい何なのだろうか。
声優を本職とする人物が最後に『紅白』に出演したのは、2019年の宮野真守。ただし、これはあくまで星野源の音楽番組『おげんさんといっしょ』とコラボした企画コーナーの一環だった。
アーティストとしての抜擢と考えると、2015年に出演した女性アイドルグループ「μ’s(ミューズ)」が最後だろう。この時にはTVアニメ『ラブライブ!』の第2期オープニング曲「それは僕たちの奇跡」が披露され、大きな話題を呼んだ。
それ以前には声優界の歌姫・水樹奈々が『紅白』常連だったことで有名。TVアニメ『WHITE ALBUM』のオープニング曲『深愛』を披露した2009年から始まり、6年連続出場という快挙を果たした。つまり2009年から2015年まで声優の出演が見られたわけだが、それ以降はおよそ8年出演が途絶えている。(2018年にAqoursが出場しているが、「ジャパンカルチャー企画」での出場)
とはいえ、『紅白』に声優が出演しなくなったのは、世間的に声優やアニメの人気が衰えたことが理由ではないだろう。むしろここ数年はアニメブームがとくに盛り上がっているので、そこにはまた別の理由があるように思われる。
まず考えられるのが、“アニソン”の変容だ。以前はアニメの主題歌を声優が担当する文化があったが、最近は声優ではなく、話題性の高いアーティストを起用するパターンが増えている。今年の『紅白』出場者でいえば、YOASOBIやano、miletなどがアニソンのヒットメーカーで、さらには椎名林檎もmillennium paradeとコラボしてTVアニメ『地獄楽』のオープニングを手掛けていた。
昨年の『紅白』でいえば、星野源が『喜劇』という楽曲を披露したが、これは『SPY×FAMILY』第1クールのエンディング主題歌だった。またAdoが『ONE PIECE FILM RED』のキャラクター・ウタ名義で、主題歌の『新時代』を披露したことも話題になった。
こうして見れば一目瞭然だが、現在もアニメ関連の楽曲は多数採用されている。しかしだからこそ、アニソン枠が埋まり、声優が出演する機会が減ってしまったのかもしれない。さらに根本的には、アニソン文化の変化によって、話題になる声優アーティスト自体が減っていることも背景にはあるだろう。
また出場枠の奪い合いという目線でみれば、いわゆる歌い手やボカロP出身のアーティストが増えていることも逆風と言えそうだ。今年の出場者でいえばAdoや「すとぷり」、YOASOBIがこのジャンルに該当するが、いずれも若者から圧倒的な人気を集めているアーティストたちだ。
当然ながら、番組としては各世代の視聴者を意識する必要がある。そのため若者向けアーティストの枠が埋まったことで、声優が出場するハードルが以前より高くなってしまったのではないだろうか。
振り返れば「μ’s」の出場は、分岐点だったようにも思われる。当時はアイドルアニメの爆発的なブームがあり、それを社会現象のように扱う風潮もあった。今もアイドルアニメ発のユニットは多数活躍しており、同じ『ラブライブ!』シリーズなら「Aqours(アクア)」「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」「Liella!(リエラ)」の活躍は目覚ましい。
ただ、アイドルアニメ自体の爆発的なブームは過ぎ去りつつあり、ファンが純粋に楽しむコンテンツという地位に落ち着いている印象だ。これはコロナ渦によるリアルイベントの相次ぐ中止によって、アニメ業界全体がアニソンの“売り方”を変えたということも関係しているだろう。
さらにここ数年の変化といえば、アニメファンがネット発のアーティストを積極的に追うようになったことも印象的。アニメファンが聴く楽曲の選択肢が以前よりも増えており、声優やアニソン歌手でなくとも熱烈な応援を集めるようになっている。
こうした状況をまとめると、アニメがお茶の間に浸透していき、アニソンが特殊な文化ではなくなったがゆえに、声優の『紅白』出場が減ったという風に捉えられそうだ。そもそも声優が『紅白』で活躍したことで、アニメ文化が世間に広まっていったという過去を思えば、いささか皮肉な話ではある。
しかしこれは、必ずしも悪い現象ではないだろう。おそらくはアーティスト路線が控えめになった影響で、最近ではアニメに出演する声優の純粋な“演技力”が注目を浴びるようになっている。声優が役者として評価されるようになった現状は、一種の原点回帰とも言えるはずだ。
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