神田うの かんだうの

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神田うののプロフィール

■神田うの プロフィール

愛称:うのちゃん
生年月日:1975年3月28日
出身地:日本・神奈川県 川崎市中原区
血液型:O
公称サイズ(時期不明)
身長/体重:169cm/41kg
BMI:14.4(低体重)
デビュー:1989年
ジャンル:ファッション、タレント、女優、ファッション・デザイナー

神田 うの(かんだ うの、本名:西村 うの(旧姓:神田)、1975年3月28日 - )は日本の女優・タレント、ファッション・デザイナー。芸能事務所スペースクラフト所属。

■生い立ち

東京都目黒区に生まれる。本名である「うの」は、持統天皇の幼名「鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)」が由来であり、幼い頃はこの「ひめみこ」をとって両親や祖母から「ヒメ」と呼ばれて育つ。母親からアホと思われた事がなく賢いと評価されている。

父親の赴任に伴い、1歳のときにインドネシアのジャカルタに移住。4歳まで同地で過ごしたのち日本に帰国し神奈川県横浜市栄区に居住した。

5歳のときにバレエをはじめる。谷桃子バレエ団に所属していた。

1985年、神奈川県川崎市中原区へ転居し、川崎市立木月小学校へ転入。その後、川崎市立住吉中学校を経て1990年に白鵬女子高等学校へ入学した。

同年、東京新聞が主催するバレエコンクールに入賞。さらに、フランス・パリのバレエ学校「コンセルヴァトワール」に入学許可を得たものの全寮制だったため、先生たちの期待や希望にそむいてバレリーナになることを断念する。全日本バレエコンクール(中部)のジュニア部門1位、全日本バレエコンクール(東京)入賞。1992年、同高校卒業が最終学歴となった。

■モデルからタレントに

子どもの頃から街を歩くたびに芸能事務所からスカウトされ、何枚もの名刺をもらい続けるが、家族に反対され実現ならず。本人も「芸能」には興味がなかったが、当時からファッション好きだった彼女は、モデル事務所からのスカウトに興味を抱き、親を説得。1989年、14歳でモデルとしてのキャリアをスタートさせる。広告などのモデルを経て、3年後の17歳のときに雑誌『プチセブン』(小学館刊)のモデルに。

19歳の頃から「学校では教えてくれないこと!!」や「笑っていいとも!」、「オールナイトフジ」、「タモリのSuperボキャブラ天国」等多数のバラエティー番組にも出演。

■タレントプロデューサーとして

1999年、毛皮メーカーとのコラボレーションで「コスタ・モーダ・ウノ」ブランドを発表、その後サングラスブランド「U-NO」を発表し、現在ではストッキング・下着(Tuche' UK UNOKANDA トゥシェ・ユーケー)、和洋ウエディングドレス(Scena D'uno シェーナ・ドゥーノ)、ウェディングドレス(UNO et L‘ETOILE ウノ・エレトワール)、振袖(Scena D'uno Salala シェーナ・ドゥーノ サララ)、ジュエリー(DUNOA デュノア)、ゴールドジュエリー(Umpresse アンプレーゼ)、の自己ブランドのタレントプロデューサー。

2005年春には南青山に推定5億円ともいわれる豪邸(通称・パンスト御殿)を建てたことで話題になった。

2008年5月29日自身のブランドUNO KANDAを始める。パーティー・バッグ、ビジネス・バッグ、財布、パス・ケースを発表。

2009年UNO KANDA春夏コレクションより、グローブ・日傘のアイテムが増える。

■エピソード

・10代の頃は痩せる為だけの食事制限=ダイエットをした事がなかったが、20代になってから以前よりも太りやすくなり、ショーの前はジムに通っている。

・明石家さんまを「さんちゃんさん」と呼ぶ。

・美川憲一と非常に仲が良く、「憲ちゃん」と呼びタメ口で接しているが、美川のことを「芸能界の父であり母」と慕っており、親族だけでの挙式を行った際にも、美川も参列していた。

・「趣味は結婚式」と公言しており、2007年10月明治神宮、2008年4月グアム、2008年7月ハワイ、2008年10月サイパン、2008年12月バリ島、2009年7月モルディブ、2010年3月ケアンズ、と今まで7回の結婚式を挙げている。

・2009年7月にモルディブで体験ダイビングを経験した事を契機に、2009年10月にはPADIのOPEN WATER DIVERのライセンスを取得後、同年11月にはADVANCED OPEN WATER DIVER のライセンスを取得した。

・雑誌『uno!』1997年11月号で、阪神大震災について、発生時は自分と関係ない態度を取ってしまった事に心が痛んだと語っている。この際の発言が東日本大震災発生時に、「阪神大震災のときに何人死亡したか、かけをしていた」とクローズアップされてネット上の話題となった。これに対し、うのは自身のブログに「悲しすぎるネット被害」という記事を掲載して自らの思いを綴った。

・幼い頃から病院が苦手であり、一人で通院することはないという。幼い頃は家族、成人してからも事務所のスタッフや恋人(現在は夫)、友人などに診察室まで付き添って貰っている。

■家族

父は旧通産省の技官だった。2人の弟がいる。長男・神田伸一郎は、東京農工大学卒。大学の柔道部部員同士であった浜谷健司と共に漫才コンビ「ハマカーン」を結成し活動。

次男・神田昇二郎は、上智大学卒で現在会社員。なお大学在学中に短期間であったが俳優として活動していた時期がある。

■私生活

1998年11月5日、23歳のときに出会い、約8年の月日を経て現在の関係になったというパチンコチェーン店、不動産会社を経営する西村拓郎(日拓リアルエステート株式会社社長)と東京都内の料亭にて結納を交わし、13日、報道陣に億単位の婚約指輪(5カラットのダイアモンド)を披露した。

そして、2007年10月8日挙式した。新婚旅行の行き先はドバイ。2011年5月10日、妊娠5ヶ月であることをブログで発表。10月22日に2960グラムの女児を出産したことを発表した。

■タレントとしての活動履歴

テレビドラマ

・オンリー・ユー〜愛されて〜(1996年、日本テレビ)大石チカ 役
・隣人は秘かに笑う(1999年、日本テレビ)桜沢美里 役
・ナースのお仕事3(2000年、フジテレビ)赤木まどか 役
・北条時宗(NHK大河ドラマ)蓮華 役
・ビューティ7(2001年、日本テレビ)和泉サクラ 役
・サトラレ(2002年、テレビ朝日)中田千春 役
・赤い奇跡(2006年、TBS)栗原冬華 役
・プリマダム (2006年、日本テレビ)笑子 役
バレエ技術は高いがプライドも高く、教室でトラブルばかり起こすセレブマダム役。卓越したバレエ技術を生かせる役だった。

・コシノ家の闘う女たち 肝っ玉お母ちゃんとパワフル三姉妹(2006年、日本テレビ)コシノミチコ 役
・探偵M(2009年10月28日、日本テレビ)東薫 役

テレビ番組

・ミュージック・ジャンプ(1997年 - 2000年、NHK)
・狸穴東京(日本テレビ)
・王様のブランチ(TBS)
・筋肉番付(TBS)
・マダムんむん(TBS)
・オールナイトフジ・リターンズ(フジテレビ)
・P-STOCK(フジテレビ)
・学校では教えてくれないこと!!(1994年、フジテレビ)
・なるほど!ザ・ワールド(フジテレビ)
・少年少女B(テレビ朝日)
・ピカイチ(テレビ朝日)
・モデルファクトリー(テレビ東京)
・イトイ式(TBS)
・タモリのSuperボキャブラ天国(1994年 - 1996年、フジテレビ)
・バケツでごはん(1996年、読売テレビ)ミンクのミミ役。
テレビアニメ。エンディングテーマ「あにまるRock'n Roll」も歌唱している。

・輝け!噂のテンベストSHOW(1996年、読売テレビ)
・どっちの料理ショー(読売テレビ)初期にレギュラー出演
・微笑みを返したい! ヒマラヤの麓から・医療ボランティアAMDAの闘い(1999年、フジテレビ)

映画

・ウルトラマンゼアス2(1997年公開)
・御法度(1999年12月18公開、大島渚監督)
・2000年カンヌ国際映画祭出品作品
・ナースのお仕事ザ・ムービー(2002年公開、東宝)
・劇場版ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオス(2002年、東宝)
・BABY BABY BABY! -ベイビィ ベイビィ ベイビィ-(2009年5月公開、東映)
・ハイブリッド刑事(2011年1月公開、蛙男商会、TOHOシネマズ、トヨタ店)

CM

・ホーユー「beauteenヘアケア商品」(1995年12月1日 - 1996年11月30日)
・明星食品「鬼天うどん・鬼玉そば」(1995年12月12日 - 1996年4月15日)
・日本生命保険「企業広告キャンペーン」(1996年3月25日 - 1997年9月24日)
・サッポロビール「アパニスポーツウォーター」(1996年4月1日 - 1998年7月30日)
・ピップフジモト「ピップエレキバン」(1996年6月1日 - 1998年5月31日)
・サントリー「コーヒーボスセブン」(1996年6月1日 - 1998年5月31日)
・リクルートフロムエー「じゃマール」(1996年7月9日 - 1997年12月31日)
・プロトコーポレーション「中古車情報誌GOO」(1996年9月1日 - 1998年5月31日)
・ダイハツ工業「テリオス」(1997年3月11日 - 1998年9月10日)
・エヌエス商事「エステサロン・エルセーヌ」(1997年6月1日 - 1998年5月31日)
・サンエー・インターナショナル「プライベートレーベル」(1997年8月23日 - 1998年8月22日)
・日本リーバ「ポンズ」(1998年4月10日 - 7月9日)
・キッコーマン「梅かつおつゆ」(1999年4月18日 - 7月17日)
・不二ビューティ「たかの友梨ビューティークリニック」(1999年7月10日 - 2000年10月9日)
・賃貸住宅ニュース社「週刊CHINTAI」(1999年8月15日 - 2000年8月14日)
・ジャパンエンバ「コスタモーダウーノ」(1999年8月30日 - 2001年8月29日)
・コーセー コスメポート「新サロンスタイル・ソフティモ」(2000年1月1日 - )
・翼システム「カーコンビニ倶楽部」(2000年2月5日 - )美川憲一と共演
・ライブドア「企業企画」(2000年5月1日 - 10月31日)
・ユーシーカード「UCカード」(2000年4月1日 - 2001年3月31日)
・グンゼ「SABRINA」(1999年12月1日 - 2001年11月30日)
・全国牛乳普及協会「牛乳普及キャンペーン」(2000年9月1日 - 2001年3月31日)
・賃貸住宅ニュース社「週刊CHINTAI」(2000年8月15日 - 2002年8月14日)
・ハウス食品「さわやか吐息」(2001年8月7日 - 2003年3月31日)
・エバーライフ「エバー米(ライス)」(2010年1月1日 - )
・エバーライフ「美・皇潤」(2011年3月1日 - )

PV

・中森明菜「花よ踊れ」(2006年)

受賞歴

・1995年 第33回ゴールデン・アロー賞新人賞(芸能)受賞
・1997年 ネイリスト協会ネイルクィーン賞受賞
・1998年 長野パラリンピック オープニングセレモニー「HOPE」主演
・1999年 第43回日本ファッション・エディターズ・クラブ賞」受賞
・1999年 第43回セレブリティ・オブ・ザ・イヤー」受賞
・2000年 広告大賞「ボス」
・2000年 ヘアービューティー2000」受賞
・2003年4月 サーブルドール騎士団駐日大使館名誉会員受賞
・2005年 ボジョレーワイン騎士号受賞
・2005年 第3回パーカッシオ美脚大賞受賞
・2008年 第1回シューズベストドレッサー賞女性部門受賞
・2010年 第11回ベストスイマー賞受賞

写真集・書籍・雑誌

・プチセブン
・『別冊ダンスマガジン バレエって、何?』(1993年10月、新書館)
初版本でレッスン写真の撮影モデルとして掲載

・『神田うののゆかた美人しましょ』(1996年7月、日本ヴォーグ社)
・写真集『UNO』 撮影:宮沢正明 (1996年10月、朝日出版社)
・写真集『GREAT NUDY UNO KANDA 2000』(たかの友梨ビューティクリニック 限定非売品)
・語録集『神田うの』(1998年8月、筑摩書房)
・エッセイ『うのはUNO』(2005年10月、ベストセラーズ)
・ムック『ウノダイアモンド』(2006年10月、アスコム)
・ムック『うの式 幸せのつくり方 ウノダイアモンド』(2007年11月、アスコム)
・エッセイ『ミセスUNO』(2009年11月、ベストセラーズ)

CD

・JESUS!JESUS!(1994年)
・アニマル Rock'n' Roll(「ミンクのMimi」名義)

クリエイターとしての活動履歴

・グンゼ「Tuche」(トゥシェ)ストッキング&下着
・クラウディア「Scena D'uno」(シェーナ・ドゥーノ)ウエディングドレス・和装
・「Scena D'uno Salala」(シェーナ・ドゥーノ サララ)成人式振袖
・「UNO et L'ETOILE」(ウノ・エレトワール)シェーナ・ドゥーノのセカンドライン
・Gohshoジュエリー「DuNoA」(デュノア)「Umpresse」(アンプレーゼ)
・UNO KANDA バッグ・財布・パスケース・日傘・アンブレラ・手袋

■脚注

・[1]『ミセスuno』他。
・[2] 2006年、2007年『さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』他。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
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