<米津玄師インタビュー>新曲「毎日」で問う日常の愛し方「変わっていくものを見つめて…」
2024.06.01 18:15
アーティスト・米津玄師が新曲「毎日」を5月27日にリリースする。日々のやるせなさが生んだという制作秘話から見えてきたのは、米津さんの人生との向き合い方だった―。話題をさらった「さよーならまたいつか!」MVの裏話まで、ロングインタビューでお届けする。
新曲「毎日」の制作秘話
ー 「毎日」のリリースおめでとうございます!「LADY」(23年3月配信)に続き、「ジョージア」のCMソングとなっていますが、オファーが来たときの心境はいかがでしたか?米津:今回も担当させていただけてありがたいと思うと同時に、「毎日って、けっこうドラマだ。」というキャッチコピーも、CMのコンセプトも去年とほとんど一緒なのでどうしようか、と。当然のことながら「LADY2」を作るわけにはいかないし、曲を書いてはボツにしての繰り返しでしたね。
ー 「LADY」では「日常的な生活風景や、ある種の倦怠感を描いた」とのことでしたが、今作もそれに通ずるものを感じました。
米津:楽曲を制作していた時期は、ほかの仕事も重なり切羽詰まった状態で。毎日毎日デスクの前に座って、カーテンを閉め切った日の光も当たらない部屋でずっと曲ばかり作っていました。自分が選んだことではあるけれども、遅々として進まない作業を前に「俺は何をやっているんだろう」という気持ちが強くなっていって。鬱々とした怒りというか、やるせなさが募っていった時に、これを曲にすればいいじゃないかと思い、「毎日毎日、僕は僕なりに頑張ってきたのに」と、その瞬間の自分の感情がばっと出た歌詞が出来ました。
ー 「毎日」は歌詞を先行して作られたのでしょうか?
米津:「毎日毎日…」という歌詞とメロディーは同時だった気がします。そこから自分の感情を引きずり出していったらこうなったとしか言いようがなくて。コードはワンループでリズムも跳ねた感じなので、とにかく勢いで駆け抜けていった。そんな抽象的な言葉しか出てこないくらいに、あまり覚えてないんですよ。
ー 曲自体は“毎日って、けっこうドラマだ。”というジョージアのキャッチコピーにも当てはまっていますよね。
米津:実は曲作りの最中はキャッチコピーのことはほとんど忘れていて、後になってリンクしていることに気付いて。自由に作ったわりには偶然の一致がある不思議な曲だと思いますね。それに、“やぶれかぶれの空元気”みたいな曲だなって。空元気でも表面上元気であることには違いないので、朝や昼間の明るい雰囲気に合うだろうな、と。
ー 実際に聴くと、サビが2つあるように思えました。「毎日毎日…」の部分と、「あなただけ消えないでダーリン」の部分。自由に作ったからこそ、このような形になったのでしょうか。
米津:確かにそれはあるかもしれないです。聴かせどころという意味でも、サビをそこまで意識せずに作ったので。スタッフと話していて、どっちの部分をCMに使うかという話になったのを覚えています。
米津玄師が「毎日」の歌詞に込めた思い
ー ハッとするような強めの言葉も入っていますが、今の米津さんの内から出てくる思いをそのまま形にしたところもあるのでしょうか?米津:そうですね。自分も30代になり、ひとつ区切りのような意識が湧いてきて。否応なしにこれまでの人生を振り返らざるを得ないような気持ちになりました。それは30代・40代・50代と10の位が変わる瞬間、きっとみんなに共通した感覚だとは思うんですけど。
振り返ってみると、結局自分は自分でしかないというか。そのどうしようもなさってあるじゃないですか。
その身も蓋もなさっていうものと向き合い続ける、という空気感がこの曲にはものすごく含まれているので、自分が日頃感じていたことがこのタイミングで一気に出てきたんだろうなと思いますね。
ー 人生を「振り返る」のではなく、「振り返らざるを得ない」というのはどういった感覚から?
米津:例えると、人生ゲームのようだなと。幼年期、青年期、大人とか、時期によって分かれていて、その期が終わるごとに司会者みたいなのがやってくる。「このステージでのあなたの学力はいくつ、体力はいくつ、お金はこれだけ持っています」とステータスを見せられて、「今までのあなたの人生はこうでした。じゃあ引き続きどうぞ」と告げるだけ告げて去っていくみたいな。それは、自分が積み上げてきたものと同時に、積み上がらなかった取り返しのつかない部分が、明確に自分の目の前に横たわっていて。自分って結局そういう人間ですよねっていうことを、事実として告げられる感覚なんですよね。
ー 具体的なイメージがあるんですね。
米津:最近そういった、人生においてどうしようもない部分に自覚的な人たちが増えたと思うんですよ。“親ガチャ”という言葉が流行ったみたいに、結局親によって人生は決まってしまうよね、とか。遺伝子的な部分もあるかもしれないけれど、子どもの頃の環境、コミュニティ、周りにどのような人がいたか。そういうことである程度の方向性は決められてしまっている。少し前なら努力でなんとかなるという幻想みたいなものがあったけれども、実際は幸運な環境にいる人間の方が頑張ることができるんじゃないか、と。何にもない人間はその土壌にすら上がれない。頑張ることも才能の一つであるっていう。
ー 確かに、人生において平等ではないなと感じる方は多いと思います。
米津:もちろん自分にもどうしようもなさみたいなものはあるし、誰にもあることだとは思うんですけど。それとどういう風に向き合っていくかという。頑張ってもどうしようもないけれども、頑張ってもどうしようもなさを、どういう風に解消していくか、どう格闘していくかっていうと、結局頑張るしかないんですよね。トートロジー(言葉の繰り返し)的な話になりますけど。頑張ってもどうしようもないけど、頑張るしかない。頑張ることも才能かもしれない、“でも、やるんだよ”ってことですね。
ー “でも、やるんだよ”。
米津:30代になって、やっぱ時が経ったなって感じがすごくする。時代や環境は変わっていくわけで。身の回りにいる人たちも変わっていくし。「あの頃に帰りたい」と思うような感覚も年を取れば取るほど、どんどん湧いてくるじゃないですか。そういうものと見つめ合っていけばいくほど、自分の感覚もそれに合わせて変わって行ったりするだろうし。どういう風に、そういう日常だとか変わっていくものを愛していくか。それは裏を返せば、変わっていくものを見つめてどう自分を愛していくかという話になると思うんです。「毎日」は、もしかしたらそんな感じの曲なのかもしれないですね。
米津玄師が明かす、変革を起こすために必要なもの
ー 時代や環境が変わったとしても「自分は自分」という揺るぎない感覚はあるのでしょうか?米津:人間性やその自認は、全く変わらない固定化されたものだとは思わないですよね。人間って状態の連続だと思うんです。今日はこういう風に生きているけど、明日も同じとは限らない。そういう意味では、未来で全然違う人間になることもあるだろうし。とはいえ、希望的観測で吹き飛ぶようなものではなく、重ねてきた年輪ってもう取り返しがつかない。変わってはいくけれども、それもまた自分である。ひとつしかない肉体で生きていく以上は、そう思うしかないなと。
ー どうしても変えられない部分はある一方で、変わりたいと望む人も多いですよね。
米津:無論、頑張って変われる人もいるはずだと思います。言ってしまえば自分はその筆頭だとも思うし。ド田舎で育って特別な教育を受けてきたわけでもなく、見よう見まねで生きてここまでこられたので。それは運が良かったと思うと同時に、自分の熱意で獲得してきたものでもあるなという風に思う。だから不可能ではないと思うけれど、やっぱりどうしようもない部分は確かにあって。できない人はできないし、走らない馬は走らない。じゃあその走らなさを誰がどうして責めることができようか、とも思うんですよね。
自分の地獄と向き合っていくためには、正面からぶつかったり離れたりと、いろいろな選択肢があると思うんです。ただ、どれを選ぶにしてもやっぱり頑張らなきゃいけない。何もしないままでいたら、ここにいられなくなる。それは本当に凄惨な話ですけど。だから毎日同じことを反復して、筋肉をつけるしかない。なんらかの個人的な変革を起こすためには、筋トレみたいな地味な準備が絶対必要だし。神経症的毎日というか、そういうものの果てにしか自分を作り変えることはできない。それとどういう風に向き合っていくのかっていうのは、すごい大事なことなのかなと思いますね。
ー 米津さんは過去のインタビューで何をするにも「ほぼ準備」だとおっしゃっていましたね。
米津:そうですね。ライブのような晴れ舞台に限らず、人と話すにしても何をするにしても、準備は必要ですよね。意識的にせよ、無意識的ににせよ。でも本来自分はコツコツ努力って本当に苦手なんですよ。一夜漬けタイプというか、一瞬にして全てを詰め込みたいと思ってしまう。だからそういう意味では準備が嫌いな人間なんですよね。
ー 最近は少しずつでも準備を楽しめるようになりましたか?
米津:準備を楽しまざるを得ない感じです。仕事でも遠い未来のことを今やらなきゃいけないので、準備するしかないんですよ。否が応でも準備を愛さなきゃいけないというか。でも最近、それはそれで楽しいなと思ってきて。なんかもう、気持ちいいんですよ。
今話題のMV「さよーならまたいつか!」で新しいギミックに挑戦
ー 精力的に活動されている米津さん。4月に公開されたMV「さよーならまたいつか!」では三つ編み姿を披露し、MVの世界観も話題になっていますよね。山田智和監督との間で、どのような構想やテーマがあったのでしょうか?米津:最初にこの曲を作った経緯などを、山田さんに説明していたのですが、その話の中で、昔あったギミック系の手法をベースに、新しいギミックができたら面白いよねという話になりました。Bjorkとかケミカル・ブラザーズのMV監督、ミシェル・ゴンドリーがやっていた、逆再生でリップだけ合っているような、当時としては革新的だったものを、新たにアップデートできたらいいなという話になったのを覚えていますね。
ー 確かにかなり複雑なMVで、単なる逆再生ではないですよね。具体的にはどのような撮影になりましたか?
米津:図で説明してもらったりもしたんですけど、面白いと思いつつもいまいち分かんなかったんですよね。とりあえず指示通りにやっていったら、あーなったっていう。早回しのシーンを撮るときは曲を1.5倍速にしてリップを合わせて歌って、それを引き延ばしてスローモーションに見せるんです。練習のために1.5倍速の音源を繰り返し聴いた後に、元のスピードに戻ったら「すごい遅いテンポの曲を作ってしまった」と思って。BPMは日によって捉え方が違うし、朝と夜でスピード感が変わったりもするので、何を信じてやればいいのかっていうところが一番出やすいんです。だから、1.5倍速を聴き続けてBPMが戻った時は絶望感がすごかったのは覚えてますね。
ー 曲を世に出した後ですからどうしようもないですね。
米津:そうなんです。今から録り直しできないよな、って。すっごい心が折れそうになって。それ以降は未来人の気持ちになって“1回納品した後に、とんでもない間違いに気付いた自分がタイムマシーンで戻ってきて、その間違いを取り戻している”というつもりで曲を作るようになりましたね。
ー ピースサインをしたり最後にウインクをしたり、茶目っ気のあるシーンも多いですが、最初から組み込まれていたんですか?
米津:ウインクは山田さんの要望ですね。あのピースはライブで「感電」という曲の時にもやったことがあったので、正面でキメのシーンにちょうどいいと思って取り出した感じですね。
ー そうなんですね。あれで作品の印象も軽やかになった気がしました。
米津:にこやかにブチギレる、軽やかに突き進む曲なので、そういう要素はあった方がいいな、と。やってよかったと思います。
米津玄師、第二章へ「子どもに戻ったような気持ちで」
ー 最近のインタビューで、これから第二章とも語っていた米津さん。アーティストとしての活動は今後どのようなものになっていくと感じますか?米津:考えることや背負うものが増えてきて身動きが取りにくい。でも、せめてマインドとしては軽やかにいたいですね。重たく捉えすぎず、幼稚園児とか小学生くらいに戻ったような気持ちで純粋に楽しむ。そういった心持ちを獲得できたらいいなとは思っていますね。生活が大きく変わることはないと思うので、心持ちの話ですね。
ー 気持ちだけ原点に戻るような感じですか?
米津:そうですね。昔好きだったものを無邪気に楽しんだり、こういうの好きだったよな、みたいな気持ちを取り戻していくっていう。
ー 好きなものといえば昨年「FINAL FANTASY XVI」のテーマソングも担当されましたね。どんな気持ちで臨まれたのでしょう。
米津:ものすごく光栄なことだなと思ったし、自分の人生上出来にもほどがあるなって感じました。ただ、ファンとしてプレイできなかったのはひとつ不幸だなというのがありましたよね。そういうことを繰り返していくうちに摩耗していくものもあったなと今は思いますけど。楽しく生きていくというか、コントロールできないものを無理にコントロールしようとしないっていう。それはそれ、これはこれと分けて考えることがすごく大事なのかなと思いますね。
ー では、仮に第二章としての米津さんにテーマをつけるとしたら、どうなりますか?
米津:テーマ。自分にテーマをつけたことがなくて。あえて言えば「なるようになる」みたいなことじゃないですかね。気がついたら思ってもみない方に行くだろうし、あまり限定しないことですかね。
ー ありがとうございました。
米津さんは思慮深く、優しい人だ。インタビューではこちらからの問いかけを真摯に受け止め、言葉を尽くして思いを伝えてくれる。そして耳を傾けると、あっという間に哲学的な彼の世界観に引き寄せられてしまう。楽曲にも通じるその引力が、多くの人を魅了する理由なのかもしれない。(modelpress編集部)[PR]提供元:ソニー・ミュージックレーベルズ
取材:TATSUYA ITO
米津玄師(よねづ・けんし)プロフィール
生年月日:1991年3月10日 出身:徳島県ハチ名義でボカロシーンを席巻し、2012年本名の米津玄師としての活動を開始。以降、ヒット曲を連発。ドラマ「アンナチュラル」主題歌「Lemon」は国内外において音楽史に残る記録を刻み、2020年に発売したアルバム「STRAY SHEEP」は200万枚セールスという記録を樹立した。
2023年、「ジョージア」のCMソングとして「LADY」を、「FINAL FANTASY XVI」テーマソングとして「月を見ていた」を書き下ろした。7月には、スタジオジブリ最新作、宮﨑駿監督の「君たちはどう生きるか」主題歌として「地球儀」を書き下ろし、米津玄師名義としては100曲目を迎えた。また、アジアで最も影響力のあるアーティストとして「LOEWE」FW23メンズコレクションキャンペーンに登場。8月には「チェンソーマン」オープニングテーマの「KICK BACK」が、アメリカレコード協会(RIAA)によりゴールド認定を受け、“日本語詞” 楽曲として “史上初” の快挙を達成した。
2024年4月、NHK 連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌として「さよーならまたいつか!」を、5月には「ジョージア」CMとして「毎日」を書き下ろし。8月公開の映画「ラストマイル」主題歌として「がらくた」を書き下ろした。公式YouTubeチャンネル登録者数は712万人を突破している。(※24年5月時点)
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