10代に広がる市販薬のオーバードーズ問題……児童精神科医が考える「子どものSOS」への対処法
【児童精神科医が解説】近年、10代の若者の間で、ドラッグストアなどで手軽に購入できる市販薬のオーバードーズ(過剰摂取)が深刻な問題となっています。かつての薬物乱用とは異なり、ごく普通の家庭の子どもたちが、市販薬に救いを求める現状と問題点を解説します。
近年、10代の若者の間で、ドラッグストアなどで手軽に購入できる市販薬のオーバードーズ(過剰摂取)が深刻な問題となっています。かつての薬物乱用とは異なり、ごく普通の家庭の子どもたちが、咳止め薬や風邪薬に救いを求めてしまうケースが急増しているのです。

なぜ子どもたちは市販薬に頼るのでしょうか。私たち大人は、そのSOSにどう気付き、どう対応すればよいのでしょうか。この記事では、10代のオーバードーズの現状から原因、具体的な対応策までを解説します。
急増する10代の市販薬オーバードーズ……「特別な問題」ではない現実
今、子どもたちの間で薬物問題の姿が大きく変化しています。かつては覚醒剤や危険ドラッグが中心でしたが、現在はドラッグストアで誰でも買える市販薬の乱用が急増中です。決して特別な家庭の問題ではなく、あなたの子どものすぐそばにある危機かもしれません。
オーバードーズとは、医薬品を定められた用法・用量を超えて大量に摂取する、とても危険な行為です。近年、薬物依存の治療を受ける10代の主たる原因が、覚醒剤や危険ドラッグから市販薬へと急速に置き換わっています。 ある調査では、「過去1年以内に市販薬を乱用した経験がある」と答えた高校生は、約60人に1人の割合であるという報告もあります。決して「特別な誰か」の問題ではなく、私たちにとって非常に身近な問題なのです。
なぜ子どもたちはオーバードーズをしてしまうのか?心のSOS
オーバードーズは、多くの場合、子どもたちが抱える「生きづらさ」や「つらさ」を映し出しています。言葉にできない苦しみや助けを求める心の叫び、すなわちSOSサインなのです。
1. 心理的な理由……孤立感と「逃げ場のなさ」、心の安定剤としての薬への依存
オーバードーズを経験する子どもの中には、親しく遊んだり悩みを相談したりできる友人が少なく、親にも悩みを打ち明けられない強い孤立感を抱えているケースが多く見られます。多幸感や気分の高揚、あるいは意識が遠のく感覚を求め、学校や家庭でのつらい現実から一時的に逃れるための「心の安定剤」として薬を使ってしまうのです。そこには、どうしようもない苦痛から解放されたいという切実な思いが隠されています。
2. インターネットの普及による、危険性が見えにくくなる環境
インターネットの普及により、子どもたちはオーバードーズに関する情報を容易に入手できるようになりました。こうした情報に日常的に触れることで心理的なハードルが下がり、危険性を軽視してしまう傾向も指摘されています。
3. 市販薬の入手しやすさ・「薬物」という実感の薄さも
市販薬は処方箋が不要で、ドラッグストアやインターネットで簡単に購入できます。違法薬物と異なり、親や周囲に気付かれにくいという「手軽さ」が、手を伸ばすハードルを著しく下げています。
風邪をひいた、咳が出る、頭が痛いといった理由を口実にすれば、誰にも怪しまれずに薬を手に入れられる点も特徴です。
乱用されやすい市販薬の種類と健康リスク……心と体への深刻な影響
市販薬にはさまざまな成分が含まれており、過剰摂取は心身に深刻なダメージを与えます。ここでは、特に注意が必要な薬の種類と、乱用時の影響を整理します。
鎮咳去痰薬、総合感冒薬、解熱鎮痛薬、鎮静薬、抗アレルギー薬、眠気防止薬(カフェイン製剤)などが該当します。特に、コデイン、ジヒドロコデイン、プソイドエフェドリン、メチルエフェドリン、ブロムワレリル尿素、デキストロメトルファン、ジフェンヒドラミン、カフェイン、アセトアミノフェンといった成分が含まれる薬には注意が必要です。
急性中毒により、吐き気、呼吸困難、意識障害などを引き起こすことがあります。さらに、繰り返すことで肝臓や腎臓などに回復不能なダメージを与えるおそれもあります。
また、同じ効果を得るために量が増えていく「耐性」が生じ、やめたくてもやめられない依存状態に陥ることも少なくありません。10代の市販薬オーバードーズは、大麻などの薬物依存リスクを10倍以上に高めるとする報告もあります。最悪の場合、命を落とす危険性もあります。
市販薬は本来、つらい症状を一時的に和らげるためのものであり、自己判断での増量や長期連用は副作用のリスクを高めるだけです。
医療現場におけるオーバードーズの診断方法
病院にオーバードーズの患者さんが救急搬送されてきた場合、診断は主に問診と、薬物中毒検出用キット(SIGNIFY ERなど)を用いて行われます。
オーバードーズの多くは、つらくてどうしようもない状態から逃れようと、実行してしまったものです。そのため、医師は気持ちに寄り添いながら傾聴することが大切です。多くは問診を通じて、どの薬剤を内服したか明らかにできます。
一方で、オーバードーズが自死を目的としたものである場合や、薬剤名を明かさない場合には、臨床症状から推定される特定薬剤の血中濃度測定が必要になります。その場合、結果が判明するまで1週間程度かかる場合や、最終的に特定できないこともあります。
子どものSOSサインを見逃さないために……大人ができることと国の取り組み
オーバードーズは、子どもの心と体をむしばむ深刻な問題です。しかし、周囲の大人が早期にサインに気付き、適切に関わることで、子どもを危険から守れます。
まずは、SOSサインである子どもの変化をキャッチすることが第一歩です。「部屋に薬の空箱が増えた」「日中も眠そうにしている」「感情の起伏が激しい」などの変化は、重要なサインです。気付いたときは、注意深く見守ってください。
そして、オーバードーズを知っても、頭ごなしに叱ることは絶対に避けてください。本人はすでに罪悪感と孤独感でいっぱいです。「つらかったね」と寄り添い、安心して話せる環境を整えることが何より大切です。
国(厚生労働省)も対策を進めています。乱用のおそれがある成分を含む医薬品については、薬局やドラッグストアでの販売ルールが強化され、原則として1人1包装単位までの販売です。若者が購入する際には、薬剤師が使用目的を確認するなど、慎重な対応が求められています。
また、薬剤師が乱用防止の「ゲートキーパー」として機能し、社会全体で見守る体制づくりが重要視されています。
児童精神科医から:オーバードーズを疑ったら、悩まずに相談を!
医薬品を定められた用法・用量を超えて摂取するオーバードーズは、命に関わる危険な行為です。今、10代の薬物問題の中心は、この「市販薬」へと移っています。子どものオーバードーズは、多くの場合、本人が抱える「生きづらさ」や「つらさ」の表れです。
オーバードーズを見つけ、注意しただけでは解決にはつながりません。児童精神科医として、オーバードーズが発覚した後に「次は絶対にしないように」と注意され、追い詰められた結果、自死を選んだ子どもを経験したことがあります。
子どもの変化に気付いたら、一人で抱え込まず、どうか専門の相談窓口につながってください。専門家が話を聞くだけでも、心が軽くなるはずです。
■参考文献
*1. 厚生労働省|嶋根卓也.わが国における市販薬乱用の実態と課題「助けて」が言えない子どもたち
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001062521.pdf
*2. 厚生労働省.薬物使用と生活に関する全国高校生調査2021
https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/highschool2021_ver2.pdf
*3. 佐藤 隆哉, 土屋 雅美, 市山 凜太郎, 他.ソーシャルメディアにおける過量服薬(オーバードーズ)に関連する発信の解析.YAKUGAKU ZASSHI 2024;144:1125-1135.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/144/12/144_24-00154/_article/-char/ja/
*4. 厚生労働省|第2回 医薬品の販売制度に関する検討会 資料2
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001062520.pdf
*5. 厚生労働省|第9回 医薬品の販売制度に関する検討会 資料4-1「とりまとめに向けた追加の議論(乱用等のおそれのある医薬品について)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001162292.pdf
*6. 広島県総務局広報課|若年層で増えている市販薬のオーバードーズ (OD) とは?
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/lab/topics/20240207/01/
*7. 厚生労働省|一般用医薬品の乱用(オーバードーズ)について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/index_00010.html
*8. 厚生労働省|一般用医薬品の乱用(オーバードーズ)について (薬剤師、登録販売者の方へ)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/index_00033.html
*9. 厚生労働省|薬物乱用防止相談窓口一覧
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/other/madoguchi.html
*10. 薬物中毒検出用キットSIGNIFY ERの基礎的評価 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202102278243738547
小児神経学・児童精神科を専門とする小児科医・救急救命士。プライベートでは4児の父。子どもの心と脳に寄り添う豊富な臨床経験を活かし、幅広い医療情報を発信中。
執筆者:秋谷 進(医師)
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