「糖尿病は自己責任?」「肥満は努力不足?」 大きな誤解と最新の治療法

2025.12.22 20:45
提供:All About

【医師が解説】糖尿病や肥満の原因は、本人の意志や努力の問題ではありません。遺伝・脳・ホルモン・環境が関与する疾患です。よくある偏見を科学的に正し、GLP-1受容体作動薬、SGLT-2阻害薬、肥満外科手術などの最新の治療方針と考え方を分かりやすく解説します。(※画像:amanaimages)

「痩せられないのは、努力が足りないからだ」「糖尿病になったのは、甘いものを食べ過ぎて怠けていたからだ」。診察室で患者さんとお話ししていると、過去にこのような心ない言葉を投げ掛けられ、深く傷ついている方が少なくありません。中には、家族や職場の同僚から「自己管理ができていない」と責められ、医療機関への受診をためらってしまう方もいらっしゃいます。あるいは、ご自身でそのように思い込み、罪悪感と自己嫌悪を抱えながら孤独に悩んでいる方も多くおられるようです。

しかし、声を大にしてお伝えしたいことがあります。それは、こうした偏見や誤解は、現在の医学の知見とは異なるということです。近年の医学研究によって、肥満や糖尿病は「意志の弱さ」や「怠惰」の結果ではないことが科学的に証明されています。これらは、遺伝的な体質、脳内の食欲制御メカニズム、ホルモンバランス、そして現代社会特有のストレスなど、本人の意志を超えた複雑な生物学的・社会的要因が絡み合って発症する「疾患」なのです。

本記事では、糖尿病と肥満症に対する誤った偏見を科学的根拠に基づいて正し、最新の医学的理解を解説します。そして、治療のパラダイムシフト(劇的な変化)をもたらしている革新的な薬剤「GLP-1受容体作動薬」や「SGLT-2阻害薬」、さらに外科的手術の最新コンセプトについてご紹介します。正しい知識が、患者さんご本人とそのご家族、そして社会全体の理解を深める一助となれば幸いです。

糖尿病・肥満は「怠け」ではない! 遺伝・脳・環境が絡み合う病気の正体

まず何よりも強調しておきたいのは、体重の増減や血糖値のコントロールが、本人の意志だけで制御できるほど単純なものでは決してないという点です。「食べなければ痩せる」「運動すればいい」といった単純な精神論は、生理学的メカニズムを無視した考え方であり、患者さんを追い詰めるだけの有害な発想です。肥満や糖尿病の背景には、以下のような科学的に証明された複数の要因が存在します。

「倹約遺伝子」と日本人の体質……遺伝的宿命との戦い

私たち人類、特に日本人を含むアジア系民族の遺伝的背景には、かつての飢餓時代を生き抜くための「倹約遺伝子(thrifty gene)」が備わっています。これは、少ないカロリーで効率よくエネルギーを蓄え、飢餓に備えようとする生存戦略として進化してきた仕組みです。

ところが飽食の現代社会においては、この「生き残るための優れた能力」が、皮肉にも肥満や糖尿病のリスクを高める要因となっています。実際、欧米人と比較して日本人は、同じBMI(体格指数)でも内臓脂肪がつきやすく、糖尿病を発症しやすいことが研究で明らかになっています。つまり、太りやすい体質というのは、生物学的には「エネルギー効率が優れている」という長所でもあり、決して個人の怠慢や道徳的欠陥ではなく、遺伝的に決定された体質なのです。

脳のセットポイントとホメオスタシス……「意志」では越えられない壁

私たちの体には「ホメオスタシス(恒常性)」という生命維持機能があり、体温や血圧と同様に、体重も一定に保とうとする強力な働きがあります。脳の視床下部には体重の「セットポイント(設定値)」が存在し、無理なダイエットで体重を減らしても、脳はそれを「生命の危機=飢餓状態」と判断するのです。

すると、脳は生き延びるために食欲を増進させるホルモン「グレリン」を大量に分泌し、同時に基礎代謝を下げて消費カロリーを減らし、元の体重に戻そうと猛烈に抵抗します。ダイエット後のリバウンドは「意志が弱いから」ではなく、脳が生命を守るために発動する正常な生理反応です。これを「根性」や「我慢」だけで抑え込むことは、呼吸を止め続けるのと同じくらい生理学的に不可能だと理解してください。

ストレスとホルモンの悪循環……現代社会が生む見えない敵

現代社会特有のストレスも、肥満や糖尿病の重大な要因です。仕事のプレッシャー、人間関係の悩み、経済的不安、さらには「痩せなければ」というダイエットへの強迫観念そのものが、慢性的なストレスとなります。

慢性ストレスは「コルチゾール」というホルモンの過剰分泌を引き起こし、内臓脂肪を蓄積させやすくし、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の効きを悪くします。また、睡眠不足は食欲を増進させる「グレリン」を増やし、満腹感をもたらす「レプチン」を減少させることも忘れてはいけません。

「ストレスでつい食べ過ぎてしまう」「夜中に無性に甘いものが欲しくなる」といった欲求は、心の弱さではなく、ホルモンバランスの乱れによる生理的反応です。患者さんを責めるのではなく、その背景にあるストレス要因や生活環境こそを見直す必要があります。

体重減少が治療の鍵! GLP-1・SGLT-2が切り開いた糖尿病治療の新常識

これまでの糖尿病治療は、「血糖値を下げること」そのものが主眼でした。そのため、インスリン注射や、体重増加を招く可能性のある薬剤を使わざるを得ない場面もあり、患者さんは「血糖値は改善したが体重が増えた」というジレンマを抱えてきました。

しかし現在では、「体重管理こそが糖尿病治療の根幹である」という考え方が世界的に主流となり、治療戦略は大きく転換しています。その中心となっているのが、次の2つの革新的な薬剤群です。

GLP-1受容体作動薬:脳と腸に働く「痩せるホルモン」の応用

GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は、もともと私たちの体内で分泌されているホルモンです。食事に反応して小腸から分泌され、インスリン分泌を促進し、食欲を抑え、満腹感を持続させる働きを持ちます。

この作用を薬として応用したのがGLP-1受容体作動薬です。現在は注射薬だけでなく、経口薬も登場し、治療の選択肢が広がっています。

この薬の最大の特長は、「意志の力に頼らない」体重減少効果です。脳の食欲中枢に直接働きかけるため、自然と食欲が落ち着き、「我慢している」という苦痛を感じることなく食事量をコントロールできるようになります。これは精神論ではなく、生物学的に食欲をコントロールする画期的なアプローチです。また、最新の大規模臨床試験では、特定のGLP-1受容体作動薬が心血管疾患(心筋梗塞や脳卒中)のリスクを約20%低減させることも証明されており、「命を守る薬」としての位置付けが確立されています。

SGLT-2阻害薬:糖を尿から排出する逆転の発想

もう1つの革新的な薬が「SGLT-2阻害薬」です。通常、腎臓は血液中の老廃物をろ過する際、一度ろ過した糖(グルコース)を再吸収して血液中に戻してしまいます。この薬はその再吸収メカニズムをブロックし、余分な糖を尿として体外へ積極的に排出させるという、従来の発想を覆す作用機序を持っています。

薬剤や体質により変わりますが、体外へ排出される糖は1日当たり約200~300kcal分です。「運動しなくても自然にカロリーが消費される」効果があり、結果として体重減少や内臓脂肪の減少につながります。さらに驚くべきことに、この薬には心不全の予防効果、腎機能の保護効果、さらには心血管死のリスク低減効果も大規模臨床試験で証明されています。現在では糖尿病治療薬の枠を超えて、循環器内科や腎臓内科でも第一選択薬として広く使われるようになっているのです。

薬だけではない! 「肥満外科手術」という科学的に確立された選択肢

高度肥満(BMI 35以上、または32以上で糖尿病などの合併症がある場合)があり、内科的治療で十分な改善が得られない場合には、「減量・代謝改善手術(メタボリックサージェリー)」という外科的治療も有効な選択肢となります。

代表的な「スリーブ状胃切除術」は、胃の約80%を切除して小さくすることで物理的に食事摂取量を制限する手術法です。食欲増進ホルモンであるグレリンの分泌を大幅に減少させる効果もあります。結果として、「我慢する」のではなく、「自然に食欲が落ち着く」という生理学的変化が起こります。

日本では2014年から保険適用となっており(一定の基準を満たす場合)、糖尿病の寛解率は約60~80%と極めて高く、「薬なしで血糖値が正常範囲に保たれる状態」を目指せる治療法として国際的に確立されています。「手術なんて最終手段だ」「そこまでして痩せる必要があるのか」と偏見の目で見られがちですが、これは決して「楽をするための手段」ではなく、合併症の進行を食い止め、命を守り、その後の人生の質(QOL)を劇的に改善できる立派な医療行為です。

大きく進んだ糖尿病治療……古い偏見を捨て、最新科学に基づいた治療の選択を

糖尿病や肥満症の治療は、いま歴史的な転換期を迎えています。私が最も強く伝えたいメッセージは、「うまくいかないのは、決してあなたのせいではない」ということです。

体重コントロールの難しさは、遺伝的素因、脳の防御反応、ホルモンバランス、そして社会的ストレスといった、個人の意志や努力をはるかに超えた生理学的・生物学的メカニズムに起因しています。これを「努力不足」「自己管理の甘さ」という精神論や道徳論で片付ける時代は、科学的に完全に終わりました。肥満や糖尿病は「性格の問題」ではなく、治療が必要な「疾患」なのです。

GLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬といった革新的な薬剤は、患者さんが長年抱えてきた「食欲との孤独な戦い」を生物学的なレベルでサポートし、無理や我慢を強いることなく自然な体重減少と血糖管理を可能にしています。また、必要であれば外科手術という選択肢も、決して「恥ずかしいこと」でも「特別なこと」でもなく、科学的根拠に裏打ちされた正当な医療です。

もし、あなたやあなたの大切な家族が体重や血糖値の管理で悩み、自分を責めて苦しんでいるのであれば、どうか一人で抱え込まないでください。最新の知識を持ち、患者さんに寄り添う医療機関に相談してください。科学の進歩は、あなたの「意志」を否定するのではなく、それを支え、強化する強力な味方となってくれます。

そして何より、社会全体が「肥満=怠け者」「糖尿病=自業自得」という偏見を捨て、科学的な正しい理解に基づいた温かいまなざしで患者さんを支える環境をつくっていくことが求められています。正しい理解と適切な治療選択、そして偏見のない社会の実現が、全ての患者さんにとって健康的で豊かな未来への第一歩となるのです。

■参考文献
1. 日本糖尿病学会 編・著:糖尿病診療ガイドライン2024.
http://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=4

2. 日本肥満学会:肥満症診療ガイドライン2022.
http://www.jasso.or.jp/contents/magazine/journal.html

3. American Diabetes Association (ADA). Standards of Care in Diabetes2024.
https://diabetesjournals.org/care/issue/47/Supplement_1

武井 智昭プロフィール

0歳から100歳まで1世紀を診るプライマリケア医。小児科・内科の2つの専門医として、感染症、アレルギー、生活習慣病まで、幅広い診療と執筆活動を行っている。


執筆者:武井 智昭(医師)

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