呼び捨てを名字に戻したのは、彼女を守るためだった。でも本当は、僕が逃げただけかもしれない
自然と呼んでいた名前
彼女は同じ部署の後輩で、仕事を覚えるのも早く、一緒にいて気の楽な相手でした。外回りに出るようになってから、気づけば僕は彼女を下の名前で、呼び捨てで呼ぶようになっていました。
深い意味があったわけではありません。ただ、名字で「さん」とつけて呼ぶより、そのほうが自然に感じられたのです。今思えば、その時点で僕は、彼女のことを特別に思い始めていたのだと思います。
聞いてしまった噂
そんなある日、給湯室の前で同僚の声を耳にしました。
「下の名前で呼んでるなんて、怪しい」
冗談まじりの軽い口調でしたが、その言葉は妙に引っかかりました。噂が広がれば、困るのは僕より彼女のほうです。まだ部署に慣れたばかりの彼女に、おかしな詮索をされてほしくない。そう考えた僕は、呼び方を元に戻そうと決めました。
ただ、正直に言えば、それだけではありませんでした。自分の気持ちが呼び方からにじみ出てしまうのが、僕は怖かったのだと思います。
言えなかった本当の理由
呼び方を変えてしばらくして、彼女に聞かれました。
「呼び方、変わりましたよね」
まっすぐ目を見られないまま、僕は「ごめん、なんか馴れ馴れしかったよね」と返すのが精一杯でした。本当の理由を話せば、自分の気持ちまで打ち明けることになる。それが怖くて、僕は彼女を遠ざける言い方を選んでしまったのです。
表情が曇っていく彼女を前にして、自分の不器用さが情けなくなりました。彼女を守るためだと言いながら、結局いちばん守っていたのは、傷つきたくない自分だったのかもしれません。
そして...
彼女が下の名前で呼ばれて、どんな顔をしていたか、僕はちゃんと覚えています。あの距離を自分の手で遠ざけてしまったことを、今でも悔やんでいます。
いつかもう一度、まっすぐ彼女の名前を呼べる自分になれたら。そのときは逃げずに、本当の気持ちも一緒に伝えたいです。そう思えるようになっただけ、少しは前に進めたのかもしれません。
(20代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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