孫の絵を「下手だね」と言えた俺は、自分も絵を捨てた人間だった
嘘はつかない主義
孫が「おじいちゃん、描いたの」と画用紙を差し出してきました。家族の絵だそうですが、形も色もばらばらで、何を描いたのかすぐにはわかりませんでした。
「こんな絵、下手だね」。口をついて出た言葉に、嫁がこわばった顔をしたのは気づいていました。それでも、思ってもいないことを言うほうがよほど不誠実だと、俺はそう考えてきた人間です。上手くないものを上手いと言って、何になるのか。
開けられない箱
その後、息子から電話がありました。「娘が絵を描かなくなった。おやじのせいだよ」。俺は「本気で描きたいなら、あの程度で折れないだろう」と返しました。
電話を切ったあと、押し入れの奥にある箱のことが頭をよぎりました。中には、俺が中学の頃に描いた水彩画が入っています。美術部の顧問に「才能がない。趣味にとどめなさい」と言われた翌日から、二度と開けていない箱です。本気だったのに、たった一言で折れた俺が言えた台詞ではなかったのかもしれません。
美術展の会場で
息子から学校の美術展の日程を聞き、一人で会場に向かいました。嫁や孫には顔を合わせづらくて、少し離れた場所から展示を眺めていました。
審査員が孫の絵の前で足を止めました。隣の先生に「この色の使い方、とても豊かですね」と話す声が聞こえてきました。色の豊かさ。俺があの絵を見たとき、一度も目を向けなかったものです。
そして...
「下手だね」と言ったあの日、俺は技術しか見ていなかった。5歳の子が家族の絵を描いて、一番に見せに来てくれた。その気持ちには、目を向けることすらしなかったのです。
40年前、俺も絵を見てほしかっただけでした。「才能がない」の一言で筆を折られた痛みを、誰より知っていたはずなのに、同じことを孫にしていた。押し入れの箱を開けられない理由が、今ならわかります。あの中にあるのは水彩画じゃない。誰かに「いいね」と言ってほしかった、子どもの頃の俺です。
(50代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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