「あいつは俺が育てた」と自慢する元上司→懇親会で、現職の社長が口を開いた瞬間
ようやくここまで来た
業界団体のイベントで登壇者として声をかけてもらったのは、転職して4年目の秋のことでした。経歴と実績を紹介してもらい、短いスピーチをする機会です。今の会社で任せてもらった4年分の仕事を、自分の言葉で語る準備を、何週間もかけてきました。
前日の夜、何度も原稿を読み返しました。前職で悔しい思いをしてきた分、この機会が嬉しかった。前職では、企画書を出すたびに「まだ早い」と差し戻され、取引先への同行は一度もかなわなかったあの時期が報われたわけではありません。ただ、少しだけ前に進んだと思えました。
控室で聞いた話
スピーチを終えて控室に戻ると、同じ登壇者の方が少し困った顔で近づいてきました。 「さっき、客席の方が『あいつは俺が育てた』っておっしゃっていたのが聞こえて。なんとなくお伝えしておこうかと思って」 前職の元上司でした。来ているとは知りませんでした。スピーチの中で前職に触れた瞬間、隣の席の人に話しかけていたようです。
歯を食いしばって積み上げてきた実績が、今は彼のものとして語られている。けれど今の私には、それを受け流せるだけの場所があります。
懇親会で現職の社長が口を開いた
懇親会の会場で、元上司と目が合いました。「久しぶりだな、立派になったな」と声をかけてきます。周りには同業他社の方も数人いました。 「俺が育てたって、みんなに話してるんだ」と彼が続けたそのとき、現職の社長が私の横に並びました。「彼女を引き抜いた当時のお話ですか」と、穏やかな口調です。
「前職で通らなかったという企画書を、採用面接のときに全部拝見しました。うちではその九割を通しています」。社長は元上司の目を見て、続けました。「育てるというのは、機会を渡すことだと私は思っています。見抜けなかった側が、育てた側を名乗るのは、少し違うかもしれませんね」
元上司の顔から表情が消えていきました。周りの人たちは何も言わず、ただその場に立っていました。
そして...
元上司は小さく会釈をして、その場を離れていきました。声を荒らげた人もいなければ、誰かを辱めるために仕組んだわけでもありません。ただ、事実が事実として、穏やかに語られただけでした。
帰り道、不思議と胸が軽くなっていました。差し戻された企画書の一枚一枚が、ようやく正しい場所にたどり着いた気がしたのです。あの5年間を無駄だと思いたくはありません。ただ、今日ようやく、私の歩いてきた道は誰のものでもない、私自身のものだと、胸を張って言える気がしました。
(30代女性・広告企画)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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