男性はなぜ過去を引きずる？【ひとみしょうの男ってじつは】

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男は過去の恋愛を引きずります。その好例は「初恋の相手を忘れられない」でしょう。

男は初恋の相手に似た女性を好きになります。彼女を選ぶときも、風俗で遊ぶときも。

ではなぜ、男は過去を引きずるのでしょうか？

それは、男にとって初恋の相手とは、自分の世界を開いてくれた人だ、というところから説明できます。

性欲、神、丸くてやわらかなもの。

15歳、それまでまったく知らなかった「女というもの」が、ある日突然彼の前に現れることで、彼は混乱します。その頃はすでに性欲が彼のなかで目覚めていますから、彼は単に「そういうこと」をしたいだけなのか、それとも彼女に恋しているのか、なんなのか、まったくわかりません。性欲も、「好き」も、「愛」も、甘えたいという気持ちも、甘えられたいという気持ちも、もうすべての気持ちが彼の心の中で膨満します。

その結果、彼は混乱に陥ります。

そのとき、彼の世界が開くのです。それまで彼の世界になかった「女というもの」が彼の世界をいわば暴力的に開くのです。

新しく開かれた世界は、「女」込みの世界ですから、彼にとってそれはそれは魅惑的な世界です。しかし同時にそれは、不安と葛藤の世界でもあります。性欲が目覚めた時、神の言葉を理解した時、自意識が芽生えた時、善悪の区別がわかった時、悪とわかっていても悪へと走りたい時、それらの時のはじまりが（誰にとっても）世界の開け（開闢・かいびゃく）の時だからです。

自分の世界を開いてくれた人――リアルに言い換えると、自分の世界を暴力的に開いた人、まさにその人が初恋の人です。さらに言い換えるなら、彼を不安の世界へと陥れた張本人、それが初恋の相手です。

その初恋の相手は、彼に「最高のもの」を与えました。「あの丸くてやわらかなもの」を彼に教えました。それは「運がよかったから彼女の身体を触らせてくれた」ということではありません。精神的な「丸くてやわらかなもの」、かつ、あたたかいもの。それらを、初恋の相手は彼に教えたのです。

最高の瞬間

やがて初恋が終わり冬になると、彼は新たな彼女を求めて旅に出ます。しかし、そう簡単に次の「女神」は現れません。なぜなら、彼は不安の世界の住人になってしまったからです。

それまでは可能性を見たら即、彼はそれに向けて走り出していました。そう、不安と恐れ（性欲、神、善悪など）を知らない無邪気な子どもだったのです。

しかし今、彼は不安と恐れを知っています。初恋によって知ってしまったのです。

不安と恐れを持つ心はつねに、初恋の相手に帰ろうとします。なぜなら、先に書いたように、初恋の相手は彼に不安と恐れと同時に、「最高の瞬間」も教えたからです。簡単に言い換えるなら、初恋の相手は彼にとって女神だからです。

だから、彼は初恋の相手のことを忘れることができません。引きずります。いつまでもいつまでも引きずります。

新しい彼女ができても引きずります。なぜなら、彼の基準は「あの女神」になってしまっているからです。すなわち初恋の相手になってしまっているからです。人生で一番はじめに不安と恐れと最高のものを教えてくれた相手、その相手によって知った魅惑的な刺激。それが彼の世界を開けてしまい、彼の世界を「そういうもの」としてかたちづくってしまったからです。

一度開かれた世界というものは・・・

生きているというのは誰にとても、好むと好まざるとにかかわらず、自分の世界が刷新され続けることですから、初恋の人が開けた彼の世界は、少しずつ新しくなります。しかし、完全に別の世界にはなりません。ペンキを上塗りするように、初恋の相手がまずいて、その上に次の彼女がきて、さらにその上にその次の彼女がきて、という感じで、同じ世界がペンキの厚みの分だけ膨らむのみです。

なぜなら、一度開かれた世界というのは、誰にとっても開かれっぱなしだからです。「初恋のあの子のことを思うと胸が苦しくなるから、俺、この世界を閉じて、新たに別の世界を開き直すよ」こんなことは絶対にできないのです。なぜか知らねど、人間ってそうできているのです。

だから彼はいつまでも過去を引きずる

初恋の彼女は「強烈」に彼の世界を開けましたが、2番目の彼女も5番目の彼女も、彼にとってはそれなりに強烈に世界を開かれた相手です。なぜなら、恋をするたびに、彼のなかで性欲と神、自意識、善悪が芽生え、その結果、彼は死ぬほど不安にさいなまれ、葛藤したからです。それは彼にとって、トラウマレベルの「強烈すぎる」体験です。

だから彼はいつまでも過去を引きずるのです。

ところで、女性のみなさんはどうですか？「女性は彼氏と別れたら角を曲がる」なんて言われていますが、女性は「そこまで」葛藤しなかったのですか？そこまで強烈に、性欲や神、自意識、善悪に振りまわされることってないのですか？

※参考：拙著『自分を愛する方法』玄文社（2020）

（ひとみしょう／作家・キルケゴール協会会員）