「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」が6月6日に配信された

創造はいつも“名もなき者”から生まれる…ティモシー・シャラメが若き日のボブ・ディランに挑んだ「名もなき者」の普遍性

2025.06.10 11:10
「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」が6月6日に配信された

ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じ、2025年の「第97回アカデミー賞」で作品賞をはじめ計8部門でノミネートされた映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」が、6月4日に配信された。名匠ジェームズ・マンゴールド監督がメガホンをとり、若き日のディランを軸に1960年代の米国ポピュラー音楽の胎動を描いた同作は、当時のミュージシャンたちの情熱と聴衆の空気を現代によみがえらせた良作になった。(以下、ネタバレを含みます)

米国史上最も偉大なアーティストの一人

2016年にミュージシャンとして初めてノーベル文学賞を受賞し、米国史上最も偉大なアーティストの一人に数えられるディラン。彼の青年時代を演じたシャラメは2024年の全米公開当時28歳。5年の準備をかけて練習し、劇中の40曲にも及ぶディランのライブシーンを全て生歌唱・生演奏で挑み、高い評価を得た。

物語はディランがまだ無名ミュージシャンだった1960年から、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルでのパフォーマンスでフォーク界に“革命”を起こすまでを描いた。そしてタイトルが示すように、ディラン自身も含めたこの時代のポップス界の人々のうごめきを捉えた作品でもある。

ディランとて、最初から圧倒的な存在だったわけではない。序盤でミネソタからニューヨークにやってきたのは、憧れのフォークシンガーであるウディ・ガスリー(スクート・マクネイリー)に会うためだった。ところがガスリーはハンチントン病(神経変性疾患)を患っていてコミュニケーションがままならない。病院ではガスリーと彼の友人でやはりフォークシンガーのピート・シーガー(エドワード・ノートン)の前で「ウディに捧げる歌」を歌ってみせる。

ディランやシーガー、ジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)ら、劇中のシンガーたちの歌唱シーンを見ていくと、フォークという音楽の変遷をたどることができる。「folk:人々」の原義の通り、名もなき人々の素朴な感情を歌に託した音楽だったものが、ディランの登場により聴衆は熱狂、いつしか彼は無名のシンガーからスターになっていた。

ディランがジョニー・キャッシュ(ボイド・ホルブルック)に書いた手紙の中で「僕は有名になった(I'm now famous)」と語っているところは皮肉が効いている。「ボブ・ディランそっくり!」とファンをうならせたシャラメの役作りも、史実のディラン同様に中盤にはサングラスをかけ、野心的なボブ像を演出した。

ボブ・ディランと“もう一人のボブ”の邂逅

スターになったディランは昔のように思うままに歌うことはできなくなるし、業界のパーティーにも顔を出して、立ち回りにも気を使わないといけない。ストレスを感じるディランがたまたまエレベーターで乗り合わせたのが、同じファーストネームのボブ(ボビー)・ニューワース(ウィル・ハリソン)。「俺は馬じゃないから、人の荷は背負わない」と自由に歌っていくことを示唆するニューワースのライブにも足を運んでみるが、そこでもファンにボブ・ディランだとバレて騒ぎになってしまうところはさすがに同情したくなる。

このニューワースもディランはバンドメンバーに迎え入れて自分のやりたい音楽を模索していく。「ボブ」はボブ・ディラン一人ではないし、音楽もボブ・ディランだけのものではない――ボブ・ディランからまた名もなき誰かに音楽が継承されていく、ディランとニューワースとの邂逅にはそんな仕掛けが込められているようだ。

同様のシーンは終盤にも見ることができる。作中のクライマックスとなる1965年のニューポート・フォーク・フェスに向けて、革新を求めるディランと従来のフォークを歌わせたいシーガーたちの方向性の違いがあらわになる。この時ディランはエメラルド地で水玉模様のシャツを着ていることを覚えておこう。

するとフェス本番で、ブーイングもものともせず自分の意志を貫いて「ライク・ア・ローリング・ストーン」をパフォーマンスするディランのバックで、よく似た水玉模様のシャツを着た青年がキーボードを弾いている。偶然の一致かもしれないが、この場に居合わせた“名もなき者”から、また音楽の革命児が生まれるかもしれない。いつの時代も起こり得る創造の継承を連想させたシーンで、だからこの作品はボブ・ディランのサクセスストーリーにとどまらない普遍性を持っている。

ディランの周辺には個性豊かなミュージシャンがいるが、特にホルブルックが演じたキャッシュの格好良さは一見の価値あり。ディランと直接言葉を交わすシーンは終盤までないものの、オールバックのリーゼント・ヘアーとモノトーンのファッションを貫いていて、いかにもロックスターらしい色気がムンムンだ。ディランやキャッシュのみならず、ミュージシャンを演じた俳優たちはそれぞれ当時の本人たちのビジュアルに丹念に寄せていて、画面全体から1960年代の空気を味わえる。

1965年以降もディランの活躍は続き、本作で見られるディランの姿はその後の華麗な経歴から見たら「前日譚」になってしまうかもしれない。だが、そんなディランに影響を与えた同時代のアーティストにもあらためて光が当てられている。

歴史をベースにしたフィクションではあるが、今日に至るまでのポピュラー音楽を作ってきた「UNKNOWN」たちへのリスペクトもたっぷりと詰まった作品だ。

映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」は、ディズニープラスのスターで見放題独占配信中。

◆文=大宮高史

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