『流麻溝十五号』台湾の知られざる歴史を映画化、政治犯として投獄された女性たちの極限下の「意志」描く
近年台湾で話題になった選りすぐりの映像作品を、国内の劇場で鑑賞できる台湾映画ファン待望のイベント「TAIWAN MOVIE WEEK 2024」が今年も開催決定! 10月17日(木)〜10月26日(土)まで、東京ミッドタウン日比谷を中心に、TOHOシネマズ 六本木ヒルズ・池袋ほかのスクリーンで無料上映される。本記事では10月26日(土)にところざわサクラタウン ジャパンパビリオンホールBにて上映予定の『流麻溝十五号』を紹介する。
『悲情城市』『牯嶺街少年殺人事件』の系譜
「この歴史は、実は台湾人の間でもあまり知られていないんです」。映画『流麻溝十五号』の監督ゼロ・チョウは、以前、筆者によるインタビューでこう語った。「若い人たちにこの歴史を知ってもらいたいという思いで、この映画を撮りました」
1980~90年代から、台湾映画は自国の暗部を描くことを避けて通ろうとはしてこなかった。「台湾ニューシネマの名作」と呼ばれるホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』、エドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』などで題材として扱われてきた「白色テロ」とは、1949年、中国大陸から台湾に渡ってきた国民党政権が、恐怖政治によって民衆を激しく弾圧したことだ。
当時、政府に反抗した者や、その疑いがあるとみられた者は、「政治犯」とみなされて次々に投獄された。1987年に戒厳令が解除されるまでに逮捕された人数は約3万人、そのうち約4,500人が処刑されたが、そのなかには冤罪だった者も少なくなかったのである。
『流麻溝十五号』も、こうした白色テロ時代を描いてきた映画の系譜にある。物語の舞台は1953年、台湾南東にある離島・緑島(りょくとう)。政治犯の再教育と思想改造を目的とした施設「新生訓導処」に、ひょんなことから政治犯の疑いをかけられた高校生ユー・シンホェイが連行されてきた。彼女が獄中で出会ったのは、国民党政権に抵抗する強い意志をもつ看護師のイェン・シュェイシア、妹を守るべく自首して投獄されたダンサーのチェン・ピンだ。
彼女たちは台湾語と北京語、日本語などを駆使しながら、不条理な日々をなんとか乗り切ろうとする。毎日の厳しい労働に加え、政府当局は、囚人たちに国民党支持を表明させるためなら手段を選ばないのだ。しかも、刑務官たちに表立って抗議しようものなら重い処罰を受けることは免れない。
同じ「政治犯」として投獄された囚人たちだが、お互いの思想や信念、生き方は異なる。それでも過酷な生活のなか、少しずつ心の距離は縮まっていく。そこには友情だけでなく、異性との愛情や複雑な関係もあった――。そんなある日、政府要人の視察が決まったことから、刑務官は囚人たちに劇を上演するよう求める。
極限状態下の「意志」パワフルに提示
原作はノンフィクション作品『流麻溝十五號:綠島女子分隊及其他(原題)』。1950年代に政治犯として投獄された女性7人に取材した一冊で、ゼロ・チョウ監督は彼女たちの証言に基づきながら、綿密なリサーチを重ねて脚本を執筆した。また、本編の撮影も実際の緑島で実施されている。
当時の監獄では激しい暴力がおこなわれていたことで知られるが、監督は過激な表現をあえて採用せず、抑制の効いたトーンで全編を演出。その結果、本作は歴史の説明や教育ビデオ的な再現でも、また露悪的なエンターテインメント化でもなく、人間が極限状態で立ち上がろうとする強さや、さざ波のように静かな心の動きをくっきりと描き出す一作となった。
それはたとえば、刑務官の監視下でもひそかに新聞を回し読みし、島の外部や世界で起きていることを知ろうとする好奇心や、複数の言語を操ることで情報のやり取りやコミュニケーションを成立させていくしたたかさだ。あるいは、権力には絶対に屈しないという意志や、願いを叶えるためなら自分が犠牲になることも厭わない覚悟だ。そして、どんなに過酷な環境下であれ、大切な人を想い、愛することだ。
しかし監獄のなかで、囚人たちが美しい信念や情熱だけを持っていられるはずもない。さまざまなエピソードを通じて、人の裏切りや絶望を垣間見せるところも本作のポイントだろう。それらも含め、この映画は人が生き抜くこと/生き抜こうとすることと、そこにはあらゆる形の「意志」があることをパワフルに、豊かな情感をもって提示する。登場人物それぞれの物語を丁寧に積み上げていった末、大胆なやり方で劇中と現実世界を接続する手腕も鮮やかだ。
「語られざる彼女たちの物語/歴史」
製作総指揮のヤオ・ウェンチーは、政治家から映画プロデューサーに転身した異色のキャリアの持ち主。2018年に政界を引退したあと、台湾の歴史を描く映画を作りたいと考えて映画会社を設立し、この『流麻溝十五号』が第一弾作品となった。
近年の台湾では、同名ビデオゲームを映画化した『返校 言葉が消えた日』のほか、本作と同じく緑島を舞台としたテレビドラマ「緑島金魂」「星空下的黑潮島嶼(原題)」など、白色テロを題材とした作品がいくつも作られている。現在の台湾政府が、国民党の独裁政権下で起きた人権侵害や不正義に対処する“移行期正義”に積極的に取り組んでいることも重要な背景のひとつだ(観光名所である中正紀念堂にて、蒋介石の銅像前で行われてきた衛兵交代式が廃止されたのも同じ理由による)。
すなわち白色テロの歴史とは、台湾人の誰もが知っていることであり、今まさに見直されようとしているものだ。では、なぜゼロ・チョウ監督は「この歴史は台湾人の間でもあまり知られていない」と語ったのか――。
その“知られざる歴史”とは、当時、政治犯として逮捕・投獄された女性がたくさんいたことだ。緑島の新生訓導処に約100人の女性囚人が収容されていたこと、彼女たちが人生の時間を強制的に奪われたことは、これまでの「歴史」ではほとんど語られてこなかった。
本作の英題は『Untold Herstory』。「歴史」を意味する英語Historyに、「His(彼の)」という言葉が含まれていることを踏まえたものだから、日本語訳するならば「語られざる彼女の物語/歴史」だ。シビアな題材ながら台湾の観客に受け入れられたことを含め、本作は台湾映画史において、また台湾史においてエポックメイキングな一本である。
文/稲垣貴俊
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