映画『ガッデム阿修羅』より

台湾社会と「通り魔」の群像劇、奇妙なリンクを味わう。映画『ガッデム阿修羅』『青春弑恋』

2024.10.03 18:00
映画『ガッデム阿修羅』より

近年台湾で話題になった選りすぐりの映像作品を、国内の劇場で鑑賞できる台湾映画ファン待望のイベント「TAIWAN MOVIE WEEK 2024」が今年も開催決定! 10月17日(木)〜10月26日(土)まで、東京ミッドタウン日比谷を中心に、TOHOシネマズ 六本木ヒルズ・池袋ほかのスクリーンで無料上映される。本記事では10/17(木)TOHOシネマズ 六本木ヒルズで上映予定の『流麻溝十五号』と、10/25(金)TOHOシネマズ 池袋で上映予定の『青春弑恋』を紹介する。

台湾社会と「通り魔」映画

すべてはちょっとしたボタンの掛け違いで起こる。映画『ガッデム阿修羅』と『青春弑恋』は、同じ2021年11月に台湾で初上映された、「通り魔」を題材とする群像劇。偶然とは思えないほど奇妙な共通点をもつ2本の映画は、現代の都市で起こる悲劇のメカニズムをそれぞれのアプローチで解き明かそうとする――。

『ガッデム阿修羅』は、実在の連続無差別殺人事件にインスパイアされたロウ・イーアン監督のオリジナル脚本によるサスペンス。18歳の青年ジャン・ウェンが、夜市で銃乱射事件を起こして逮捕された。唯一の死亡者は、公務員でゲーム配信者の「シャイン」ことシャオセン。婚約者だったビータは仕事で忙しく、2人はほとんど顔を合わせない日々を送っていた。

両親の離婚後、厳格な父親と暮らしていたジャン・ウェンは、台湾を離れてアメリカに行くことが決まっていた。親友のアーシンとはウェブの人気マンガを執筆しており、一時は同じ大学に進もうと考えていたが、父の意向で挫折。犯行を起こしたのは18歳になったばかりだった。

同級生の女子高生リンリンは、酒浸りの母親と二人暮らしで、金を稼ぐための援助交際や薬物販売で裏社会とのつながりをもつ。被害者のシャオセンともネット上での交流があった。生前のシャオセンと面識があり、たまたま事件現場に居合わせた記者メイ・ジュンズは、事件の全容を解き明かすために関係者への取材を進めていく……。

事件はなぜ起きたのか、現代社会の苦しみに迫る

ロウ・イーアン監督は、無差別殺人事件のルポルタージュを読み、「凶行に及んだ人々にどんな背景があったのか」を掘り下げる姿勢に感銘を受けたという。映画は夜市での乱射事件をとらえたスマートフォンの映像から幕を開けるが、物語は時間をさかのぼり、事件が発生する少し前から始まるのだ。

もっとも本作は、一見するとバラバラに見える加害者と被害者たち6人の生きざまが、乱射事件をきっかけにひとつに結びつく……という趣向では「ない」。むしろ、事情を抱えた人びとの人間模様をモザイク状に描き出すことで、現代社会のよるべなさをぼんやりとあぶり出していく。

家族とのトラブルを他者に共有できず、夢を叶えることもままならず、もちろん他人に変身することもできず、隣に人がいるにもかかわらず寂しさを感じ、ゲームやマッチングアプリ、インターネットを通じてわずかなつながりを享受する――。阿修羅が住むという「阿修羅道」とは、争いのために苦痛と怒りが絶えない世界のこと。一見するとそれほどの激しさがない現代には、果たしてどんな苦しみが横たわっているのか?

特筆すべきは、絶妙にまとまりそうでまとまらない人々の動きを、予想もつかない切り口から収れんさせてみせる終盤の展開である。2022年の台北電影奨で最優秀脚本賞を受賞、2021年の「台湾版アカデミー賞」こと金馬奨でも最優秀オリジナル脚本賞にノミネートされたシナリオのうまさには思わず唸らされる。

演技のアンサンブルで「社会」を構築する本作は、俳優陣の名演も見どころのひとつ。ジャン・ウェン役は『先に愛した人』のホァン・シェンチョウ、記者メイ役は『親愛なる君へ』のモー・ズーイー、親友アーシン役は本作をきっかけに『WAVE MAKERS~選挙の人々~』や『次の被害者2』など話題作が続くパン・ガンダー。女子高生リンリン役を演じたワン・ユーシュエンは、本作で金馬奨の助演女優賞に輝いた。

ちなみにロウ・イーアン監督は、生々しいリアリティを追求するため、観光スポットとしても有名な「寧夏夜市」で乱射シーンのロケ撮影を敢行。台北市電影委員会と夜市自治会の連携により、入念な準備とリハーサルを経て、夜市の営業時間中に撮影を実施した。うつろな目で歩き回りながら人を撃つジャン・ウェンの姿と、逃げ惑う人々やカメラのリアリズムに冒頭から引き込まれることだろう。ひりひりとした演出力にもぜひ注目してほしい。

台湾ニューシネマへのオマージュ『青春弑恋』

『ガッデム阿修羅』とともにTAIWAN FILM WEEKで上映される『青春弑恋』は、同じく台北を舞台に6人の男女を描いた群像劇だ。主人公の舞台女優ユーファンが、恋人の料理人シャオジャンと旅行に向かう途中、台北駅で刀を持った男に斬りかかられる。犯人として出頭した同居人のミンリャンは、ユーファンを「昔の恋人だ」と語りはじめ……。

ここに、アダルトライブ配信で人気者だった女優仲間のモニカ、ミンリャンに恋するコスプレイヤーの女子高生キキ、マッサージ屋の女性シャオを交え、物語は事件をめぐる6人の人間関係をひもといていく。

事件の背景にある家族の問題、性愛、ライブ配信、うまくつながれない人間関係――時系列を行き来しながら全体像を明らかにしてゆく構造も含め、本作と『ガッデム阿修羅』にはいくつもの共通点がある。両方を見比べるとより味わい深く、映画の核心や語り口の違いを楽しむことができるだろう。

ミンリャン役は『僕と幽霊が家族になった件』のリン・ボーホン、ユーファン役は『夏日的檸檬草(原題)』のムーン・リー。シャオジャン役には『呪われの橋2 怨霊館』や『セックスを語るなら』のリン・ジェーシー、モニカ役には『本日公休』のアニー・チェンと、現在の台湾映画・ドラマを牽引するニュースターが集結しているのも見どころだ。

なお『青春弑恋』の英題は『テロライザーズ(Terrorizers)』で、台湾ニューシネマの旗手、エドワード・ヤン監督の名作『恐怖分子』と同じ。監督のホー・ウィディンは「都市での生活がオーバーラップする人たちの物語」という共通点を挙げているが、よく見ると同作との共通点も多く、台湾ニューシネマへのオマージュを感じられる作品でもある。

ドライで現代的なストーリーテリングの『ガッデム阿修羅』と、比較的ウェットでどこかノスタルジックさもある『青春弑恋』、ぜひあわせて堪能してほしい。

文/稲垣貴俊

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